新型コロナウイルスの研究で熱い視線を浴びる、日本の若手研究者集団「G2P-Japan」の佐藤教授新型コロナウイルスの研究で熱い視線を浴びる、日本の若手研究者集団「G2P-Japan」の佐藤教授

新型コロナの流行が始まってからもうすぐ3年。最初の武漢株の出現から現在流行中のオミクロン株までウイルスは次々と変異を重ね、世界各地で感染爆発と収束を幾度となく繰り返してきた。

これまでのウイルスとは次元の違う進化を遂げるという新型コロナウイルスの特徴とは......? 注目のウイルス学者に今わかっていることを聞く!

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■着実にケルベロスは増えている

新型コロナウイルスの研究で熱い視線を浴びる日本の若手研究者集団がある。その名は「G2P-Japan」。ウイルス学者で東京大学医科学研究所の佐藤 佳(さとう・けい)教授の呼びかけに応えた30~40代が中心の研究者が集まり、昨年1月に活動を開始。

ともすれば閉鎖的になりがちな大学や研究室の枠を超え、参加メンバーが自由に連携する新しい研究スタイルで、新型コロナの変異株に関する最新の研究成果を、次々と社会に発信している。

結成から2年足らずで『ネイチャー』『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』『セル』といった権威ある学術誌に論文が数多く掲載されるなど、その成果と独自の研究スタイルで世界からも大きな注目を集めているという。

今、感染が広がっている「コロナ第8波」や、次々と変異を繰り返す新型コロナの現状をどう見ているのか? 「G2P-Japan」を主宰する佐藤教授に聞いた。

――11月下旬には全国の一日当たりの新規感染者数が10万人を上回り、東京都でも1万人を超えるなど、新型コロナの「第8波」が国内で急激な広がりを見せています。

BQ.1.1(通称/ケルベロス)やXBB(通称/グリフォン)など、オミクロン株の新たな変異株も注目されていますが、「第8波」でも変異株への入れ替わりが進んでいるのでしょうか?

佐藤 11月の時点では、まだ夏の「第7波」でも大流行したオミクロン株のBA.5がメインだと思います。

国立感染症研究所がまとめる新型コロナのゲノム解析データが月に1度くらいしか更新されないので、現状とのタイムラグがあるのですが、東京都のモニタリング会議が12月1日に発表した都内のゲノム解析の週別データを見ると、11月8~14日の時点ではBA.5が77%と、依然、流行の主体になっています。

――これまでと同じくBA.5が流行の主体だとすると、何が「第8波」を引き起こしているのでしょうか?

佐藤 想定外だったのは「第8波」の立ち上がりが思っていた以上に早いことでした。BA.5が主体のままで、感染がこれほど急拡大した理由のひとつとして考えられるのは「季節的な要因」です。

実は韓国でも感染の波に日本と同じような動きが見られるのですが、日本と韓国は気候も比較的近いですし、秋から冬にかけて空気が乾燥してくれば、空気中を漂うウイルスが伝播(でんぱ)しやすくなります。

――新型コロナは冬場に流行するインフルエンザなどと違い「季節性」はないといわれていたような気もしますが。

佐藤 空気中を漂うウイルスが感染を広めるという点では新型コロナも風邪やインフルエンザと同じですから、当然、空気が乾燥していれば感染しやすくなります。また寒くなると、どうしても窓を閉めがちになりますから室内の換気が悪くなる可能性もある。

仮にそうした要因が感染拡大に影響したと考えると、「第8波」が当初は、東京など人口が多く人の流れも多い大都市圏ではなく、北海道や東北のほうから広がったことが説明できるかもしれません。

ただし、先ほど触れた東京都のゲノム解析データを見ると、ここにきてケルベロスが2番目に多い7%と着実に増えているだけでなく、通称、ケンタウロスと呼ばれるBA.2・75が2.2%、BF.7が4.9%、グリフォンが0.5%など、10月以降、オミクロン系統のさまざまな変異株がジワジワと増えているので、今後も年明けに向けてBA.5からの置き換わりが少しずつ進むのではないかと思います。

コロナは必ずしも弱毒化するわけではない? 写真提供/国立感染症研究所コロナは必ずしも弱毒化するわけではない? 写真提供/国立感染症研究所

変異株が出てくるのはワクチンのせい?変異株が出てくるのはワクチンのせい?

ウイルスのアウトブレイクはまた起きる?ウイルスのアウトブレイクはまた起きる?

■毒性が上がっている変異株もある

――BA.5は「免疫をすり抜ける性質」が強まっていて、感染性が高いといわれています。「第8波」にはこうしたBA.5の特徴も影響しているのでしょうか? また、この先、新たな変異株への置き換わりが進むことで、感染がさらに拡大する可能性は?

佐藤 BA.5の免疫回避性が高まっているのは事実ですし、最初のオミクロン株のBA.1が現れたときがそうだったように、新たに現れる変異株の免疫回避性が高まっていれば、感染をさらに拡大させる要因になる可能性はあるでしょう。

ウイルスの感染力の強さは免疫回避性だけでなく、膜融合活性といって「ウイルスの細胞への取りつきやすさ」も大きく関係しています。

また、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質に複数の変異が入ると免疫回避性が強まるだけでなく、細胞への取りつきやすさが強まる場合もあることがわかっています。

ただし、今注目されているケルベロスやグリフォンなど、BA.5との置き換わりが少しずつ進んでいる変異株でも、そうした変異が起きているのかについては、研究に取り組んでいる最中なので、まだなんともいえません。

ちなみに、僕たちがこの1年余り続けてきた実験動物のハムスターを使った研究では、こうした「ウイルスが細胞に結合する力」が強まると、感染したハムスターの体内でウイルスがより増殖しやすくなり、その結果、ウイルスの毒性が強まる可能性があることもわかってきました。

――すると、ウイルスは変異によって弱毒化しているわけではないのですか?

佐藤 よく「ウイルスが免疫から逃れやすくなれば毒性が下がって、そこにはトレードオフの関係がある」みたいなことを言う人がいるんですけど、必ずしもそうではなくて、ハムスターの実験では同じオミクロン株でもBA.2に比べて、BA.5やケンタウロスは感染性だけでなく、毒性も高まっていることがわかっています。

――同じオミクロン株でも変異によって、一部ではむしろ毒性が強まっている可能性があるということですか?

佐藤 はい。ただし、これは「新型コロナに対する免疫をまったく持っていないハムスターを感染させた場合」の話です。現実の社会ではワクチン接種や実際の感染によって多くの人が、なんらかの形で新型コロナに対する免疫を持っています。

しかも、接種したワクチンの種類や回数、ワクチン接種や感染した時期などによって、その人が持つ免疫の状態は多種多様なため、単純に感染者数や重症者数、死亡者数などを比較しただけでは、ウイルスそのものの「感染力」や「毒性」を判断するのが難しくなっているんですね。

一方で、ワクチン未接種かつまだ感染していない人や、体質や病気などの理由でワクチンを打てない人が毒性の高まったウイルスに感染すれば、重症化のリスクも上がる可能性がありますから、十分な注意が必要です。

■想定外の進化を繰り返すコロナ

最初の武漢株に始まってアルファ株、ベータ株、ガンマ株、デルタ株、オミクロン株と変異してきた新型コロナ。数十年に一回ともいわれる大進化をわずか3年の間に5回も繰り返した最初の武漢株に始まってアルファ株、ベータ株、ガンマ株、デルタ株、オミクロン株と変異してきた新型コロナ。数十年に一回ともいわれる大進化をわずか3年の間に5回も繰り返した

――新型コロナでは、次から次へと新たな変異株が出現しています。これは多くの人がワクチン接種によって免疫を得たことで、そこからウイルスが逃れようとして変異が起きるからなのでしょうか? ケルベロスやグリフォンの出現は、ワクチンが原因?

佐藤 その質問に答える前に、まず新型コロナのワクチンとウイルスの変異について、少し説明させてください。

新型コロナの流行が始まってからもうすぐ3年になりますが、その間にゲームチェンジャーとなる、ふたつの大きな要素がありました。

ひとつ目はワクチンで、少なくとも5年から10年はかかると考えられていたワクチンがファイザー/ビオンテックとモデルナによって非常に短期間で実用化されました。これは、いい意味で予想外の出来事でした。

そして、もうひとつが変異株の存在で、素早いワクチンの実用化で「これでコロナに勝てたかも」と思ったら、突然、デルタ株が現れて世界中に広がり、そのデルタ株で終わりかと思ったら今度はオミクロン株と、想定外の進化を繰り返してくるというのが、このウイルスのすごいところなんですね。

――そういう進化を繰り返すウイルスは珍しいんですか?

佐藤 そう思います。一般にウイルスの変異はウイルスが少しずつ変異してゆく「小進化」と、突然、遺伝的に大きな変化を起こす「大進化」に大きく分けられます。

例えば、インフルエンザウイルスの場合だと、小進化は毎年起きていて、「スペイン風邪」や「ロシア風邪」の出現のような大進化が起きるのは数十年に一回あるかないかのイベントです。

しかし新型コロナでは、武漢株から始まって、アルファ株、ベータ株、ガンマ株、デルタ株、オミクロン株と、わずか3年足らずの間に大進化のイベントが5回も起きている。これほど短期間に大進化を繰り返す理由は、今のところわかっていません。

ここで最初の質問に戻ると、確かに、同じウイルスの変異でも、前者の「小進化」に関しては、ワクチン接種や感染した人間の免疫をすり抜けて生き延びたウイルスの子孫が変異によって免疫回避性を高めている可能性はありますし、実際にそうしたことが起きているのだと思います。

――やはり新型コロナが変異した原因は大規模なワクチン接種だったと?

佐藤 でも、それを「ワクチン接種のせい」と言うべきではないと思います。仮にワクチンがなかったら「感染する人」が増えますよね?

その場合には、ワクチン接種によってではなく、感染によって免疫を持つ人が増えます。そうなるとウイルスは、感染によって獲得した免疫をすり抜けて小進化を繰り返すことになるはずで、そう考えると結局、「ウイルスの小進化への影響」という意味では、ワクチン接種でも自然感染でもどちらも同じといえるのかもしれません。

ですが、ワクチンの場合には、自然感染によるリスクを減らす効果がある。それに対して、自然感染の場合には、重症化や死亡のリスクを伴う。どちらが合理的かは、言うまでもないと思います。

ただし、先ほども述べた新型コロナの大進化については、少なくともこうした仕組みでは説明ができません。つまり、デルタ株やオミクロン株の出現が、ワクチン接種のせいではないということはいえると思います。

ひとつ有力視されているのは、エイズなどの免疫不全を抱える人の体内で持続的に感染したウイルスが大きく変異するという説です。ちょうど先月、南アフリカに出張する機会があったのですが、われわれもこのテーマについて、HIV感染者が多い南アフリカの研究者との共同研究を始めようとしているところです。

■「コロナで終わり」は100%ない

この20年を振り返っても、SARSや新型インフルエンザ、今年のサル痘ウイルス(写真)など、コロナに限らずウイルスのアウトブレイクは何度も起きているこの20年を振り返っても、SARSや新型インフルエンザ、今年のサル痘ウイルス(写真)など、コロナに限らずウイルスのアウトブレイクは何度も起きている

――コロナとの闘いはまだ続いてますが、近い将来、新型コロナとは別の「未知のウイルス」が現れて、人類を危機に陥れるという可能性は?

佐藤 新型コロナウイルスのもともとの宿主が野生のコウモリだったというのは、ほぼ間違いないと思いますが、人間がどんどんと自然に入り込んで「人間と自然の境界線」が薄くなり、それと同時にグローバル化で国と国との国境も薄くなれば、当然、自然界にあったウイルスに人が感染して大規模なアウトブレイクを起こすリスクも高まります。

――いつまた、新たなウイルスの脅威が生まれてもおかしくないと?

佐藤 この20年間を振り返っても、SARS(重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザ、MERS(中東呼吸器症候群)、エボラ出血熱、ジカウイルス感染症が流行し、今年はサル痘の大規模な流行が起きている。

そう考えると、今後もウイルスのアウトブレイクは確実に起きます。「もうコロナで終わり」ということは100%ありません。

だからこそ、私たちがこのコロナの経験から何を学ぶのかというのが重要で、「G2P-Japan」の取り組みが、今後の感染症対策に生かされることを期待しています。

●佐藤 佳(さとう・けい) 
東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科医学専攻博士後期課程修了(短期)。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、22年に同教授。
公式Twitter【@systemsvirology】