電気自動車メーカーのテスラや宇宙開発企業スペースXのCEOとして知られる、イーロン・マスク氏による買収完了以降、ツイッター社の混迷が極まっている。情け容赦ないリストラはどのように断行されたのか? そして、「言論の自由を取り戻す」と息巻くマスク氏の下、ツイッターはどう変わっていくのか?
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■突如解雇された日本人社員の告白
「マスク氏がCEOに就任して以降、『明日は自分に解雇通知メールが届くかもしれない』と、多くの社員が戦々恐々としていました」
そう打ち明けるのは、11月中旬まで米サンフランシスコのツイッター本社に勤めていた日本人エンジニアのⅠさん。11月24日夜8時頃、突然メールで〝レイオフ〟を通告されたという。
「残念ながら、ツイッターにおける貴殿の雇用は直ちに終了することをお知らせします」
「やはり来たか......」
Ⅰさんにとっては、「想定内」の解雇通知だったという。
「社員の多くはその時点でもう、誰がいつ、どうクビを切られても不思議じゃないという感覚でしたので(苦笑)」
その約1ヵ月前(10月27日)、イーロン・マスク氏が総額約6兆4000億円でツイッター社の買収を完了。〝独裁者〟とも揶揄(やゆ)されるマスク氏のCEO就任には拒否反応を示す社員も多かったが、Ⅰさんはこの一報を好意的に受け止めた。
「ツイッターは近年、仕様を少し変更するにも1年以上かかるなど、〝大企業病〟の感が否めなかった。変革に向け、マスク氏の就任は最良の選択肢だと思っていました」
だが、マスク流経営改革は予想以上の〝劇薬〟だった。
「彼は社員に一斉メールで頻繁に指示を出してくる。それも思いついたことを夜中に平気でメールしてくるので、起床後にギョッとするなんてことは日常茶飯事でした」
メールの内容はむちゃ振りが多かったという。
「『俺ひとりでコードレビューしてやるから全員コードを持ってこい!』とか(※コード=プログラミング作業の一部)、ツイッター社はそれまでリモートワークが基本だったのですが、『明日から全員オフィスに来い!』と招集がかかり、急遽(きゅうきょ)飛行機で出社した人もいました」
そのマスク氏が最初の大量解雇に踏み切ったのは11月4日のことだった。
「社内ではグループや仲のいい同僚ごとにSNSでつながっていたのですが、11月4日を境に、『解雇メールが急に来たんだけど』といった投稿が目立つようになっていきました。
11月下旬、マスク氏がさらなる解雇対象者をあぶり出すために送った『過去10日間に何を成し遂げたのか示せ!』とのメールには多くの社員が青ざめたはず。その時期、米国は感謝祭の連休中で、稼働日が3日しかなかったからです」
11月17日頃には、マスク氏は社員に〝究極の2択〟を迫るメールを送っている。Ⅰさんによると、『君たちはこの会社でハードワークする覚悟はあるか?』といった文面の下にURLが張られ、クリックすると画面が遷移。その先には「YES」と書かれたボタンだけが表示されていた。
「要は、『ボタンを押さなければ会社を辞めたものとみなす』と......。あまりに一方的な通告に憤慨し、自ら退職を選ぶ社員も多かった」
だが、Ⅰさんはボタンをクリックしたという。
「マスク氏がツイッターをどう生まれ変わらせるか? 歴史的転換点を現場で見ておきたいと思ったからです」
英語版ツイッターは2017年に文字数制限を140字から280字に拡張したが、そのプロジェクトを単独で立ち上げたのがⅠさんだった。
社内では反発も大きかったが、最終的に当時のジャック・ドーシーCEOを〝1オン1〟のプレゼンでうなずかせたという。その功績からⅠさんは社内でも一目置かれていたが、11月24日に解雇通知メールを受け取ることになる。
「そのメールには、『直近のコードレビューの結果、貴殿のコードは満足のいくものではないと判断された』と記されていましたが、それが何を意味しているのかわかりませんでした。マスク氏は各エンジニアと一対一でコードレビューを行なうとメールで言っていましたが、結局、それは実行されなかったからです。
解雇対象者の中には公の場でマスク氏を批判していた人が多く含まれていましたが、私は彼をディスったことは一度もない。解雇対象者は、すべてがランダムに決定されたという印象です」
■広告主トップ100社のうち50社が撤退
米通信社「ブルームバーグ」によると、ツイッター本社の従業員約7500人のうち、6割以上に当たる約5000人がすでに解雇されたという。
「わずか数週間で数千人を解雇したわけですから、マトモな選別ができているはずはなく、今後の運営に大きな影響を及ぼす恐れがあります」
そう語るのは、ITジャーナリストの星 暁雄(ほし・あきお)氏だ。
「キュレーションチームといって、トレンドのツイートやニュースソースの選定、誤情報の訂正、ヘイト表現やフェイクニュースの削除を担う専門部隊があるのですが、このチームの全員が解雇されたという報道もあります。
11月23日には、新型コロナ関連の疑わしい情報に対して『要注意』とタグづけする措置を停止しましたが、おそらく人員削減により、その措置を維持できなくなったのでしょう」
赤字体質から脱却するため、大規模リストラを断行したマスク氏だが、新事業の構想も続々と打ち出している。
「『Twitter2.0』と銘打ち、有料の認証サービスや、ツイッターに決済機能を持たせる〝スーパーアプリ化〟などを掲げていますが、これらが軌道に乗る前に経営危機に陥るリスクもある」(星氏)
どういうことか?
「ツイッター社は売り上げの約9割を広告収入に依存していますが、マスク氏による買収以降、米アップルや独アウディなど名だたる企業が広告出稿を止めました。
米国の非営利団体『メディア・マターズ・フォー・アメリカ』のリポートでは、10月に広告主トップ約100社のうち約50社がツイッターから撤退。同社の広告収入は大きく落ち込んでいるはずです」
12月2日には、ヘイト表現や名誉毀損(めいよきそん)に関する投稿を監視する米国の2団体が、マスク氏による買収以降、「ツイッター上でヘイトに関する投稿が激増した」とする報告書を発表。
一日当たりの黒人差別用語が22年平均の3倍、同性愛の男性を中傷する用語は58%増加し、反ユダヤ的な投稿に対するツイッター社の「介入が減った」とも指摘している。
「広告主が撤退した理由は、ヘイトや誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)が増えるなど、ツイッターが媒体として劣化したと受け止められていることがひとつ。
そして、今ツイッターに広告を出せば、マスク氏を応援するメッセージにもなりかねず、企業イメージの毀損につながるリスクが高いととらえられていること。マスク氏は広告チームの人員も大幅に削減したので、単純に広告業務を回せなくなっている可能性もあります。
広告出稿を止めた企業のCEOにマスク氏が電話で抗議しようとして、ますます企業から敬遠されることになったという報道もある。広告ビジネスの基本は〝信頼〟ですが、マスク氏は人に頭を下げることが上手ではなさそうなので、高単価なブランド広告を呼び戻すことは困難でしょう」
新事業が当たるのが先か、広告収入の激減で経営危機に陥るのが先か。ツイッター社は瀬戸際に立たされている。
■「民の声は神の声」でトランプ復活
世界中に2億人超のアクティブユーザーを持つツイッターは今後、言論空間としてどう変わっていくのか?
「マスク氏は思想的に保守、右寄りの人物で、11月中旬にはドナルド・トランプ前大統領の永久凍結されていたツイッターアカウントを復活させました。
マスク氏は当初、協議会を立ち上げて外部の有識者の意見も取り入れた上で決めると発言していたのですが、いつの間にかうやむやになり、突如、自身のツイッター上でユーザーに向けてアンケートを断行。結果、復活に賛成した人が約52%に達し、マスク氏は『民の声は神の声』と言ってトランプ氏のアカウント停止を解除しました」
さらに、過激な陰謀論を唱える共和党の連邦下院議員ら、過去に虚偽情報を拡散してきた人物のアカウントを続々と復活させている。
前出のⅠさんは、「米国内では右派が『イーロン万歳! 言論の自由万歳!』と喜ぶ一方、『もう耐えられない』とツイッターから離れる左派が増えている印象」だという。
星氏はこう警鐘を鳴らす。
「監視機能が弱まったツイッターは、今後ますます荒れて〝2ちゃんねる化〟する懸念があります。マスク氏は『言論の自由を取り戻す』と主張していますが、国際人権法の定める表現の自由には暴力扇動やヘイトスピーチは含まれません。
4700万人ものユーザーがいる日本の場合、誹謗中傷をした加害者の身元を特定して罰する方向に動いていますが、それだけでなく、SNSのプラットフォーマー側の責任を問う法整備が必要ですし、ユーザーも『こんなツイッターはおかしい』と思ったら声を上げていくべきです。今やツイッターは世論形成に影響を及ぼす、民主主義の一部なのですから」