近年、増加の一途をたどる在日ベトナム人。その中には日本人男性と結婚した女性も多く含まれる。そんな中で、ルポライター・安田峰俊(やすだ・みねとし)氏が注目しているのが、ベトナムに散在しているという、娘を韓国・台湾など近隣諸国に嫁がせることで潤う「花嫁村」とでも呼ぶべき集落だ。その実態を調査すべく安田氏がベトナムを縦断取材した!
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■ベトナム南部の安宿にて
「はじめまして。ベトナム人妻をお探しですか?」
ここはベトナム南部、メコンデルタ地方で最大の都市・カントーの安宿である。私のスマホのZalo(LINEに似たベトナム製のメッセンジャーアプリ)の画面に、現地の結婚エージェントからの日本語の文章が表示された。
私が「はい」と打ち込むと、連続して受信音が鳴り、同じ女性の写真が一気に10枚も送られてきた。どれも写りが異常にいい。画像修正ソフトで美化しているようだ。
「この女の子は25歳、日本人N4、結婚歴なし、学歴:大卒」
「身長:1m58、体重49㎏」
「タトゥーのない女の子」
メッセージの「日本人N4」は機械翻訳のミスで、実際は「日本語能力試験のN4」という意味だろう。一般的なベトナム人技能実習生の日本語力とほぼ同じである。
私は結婚希望者のフリをして、直接会って話を聞けないかと持ちかけてみた。
「あなたが好きな女を選ぶ」
「私たちは明日会います」
話が早い。本来は長く滞在しないと、花嫁希望者の女性に面接したり家族と交流したりはできないそうだが、とにかく業者から事情を聞くことはできそうだった――。
■日本で働くための有力なルート
近年、日本で存在感を増しているのが、約47万6000人(2022年6月末)いる在日ベトナム人たちだ。過去10年間で約9倍増というペースであり、このまま増加すれば、近い将来に国籍別人数で1位の中国人(約74万5000人)を上回りうる。彼らの大部分は技能実習生と就労目的の留学生たちである。
こうした出稼ぎベトナム人たちの悩みの種が、技能実習や留学の在留資格に期限があり、数年で国に帰らなくてはならないことだ。近年はより長く働ける「特定技能」という在留資格も作られたが、取得には一定のハードルがある。
そこで、「結婚」という荒業を選ぶ人がいる。日本人との配偶者ビザを取得すれば、就労時間や職種の制限がいっさいなくなるからだ。
念のため言っておけば、日越間の国際結婚カップルには、普通に恋愛して結婚する人たちのほうがずっと多い。ただ、お金や在留資格が目的の結婚も、それを仲介する市場が形成される程度には盛んである(なお、現時点で日越間の国際結婚数の統計はとられておらず、明確な数字は不明だ)。
ビザ目的の結婚のパターンはふたつある。ひとつは、書類上の「配偶者」とはほとんど顔も合わせず籍だけを入れる、文字どおりの偽装結婚だ。
ベトナム人女性が行なう場合は相手の日本人男性に50万円程度、ベトナム人男性の場合は相手の日本人女性に数百万円の支払いが必要になるというが、入管からの警戒も厳しく、簡単にはできない。
もうひとつは、お金や在留資格を目的にしつつも、冒頭のようなお見合いサービスで日本人と結婚し、実際の夫婦関係も持つパターンだ。いわば、恋愛結婚と偽装結婚の中間形態である(なので、結婚後に夫婦として幸せに暮らしていくケースもありうる)。
ベトナム人女性が日本に働きに行く場合、技能実習生や留学生だと、出国前にさまざまな名目で60万~100万円程度の費用がかかる。
だが、「自分が嫁(とつ)ぐ」リスクは大きいものの、お見合いサービス経由の結婚ならば金銭的な負担がゼロで、この点はやはりメリットだ。業者に手数料を払い、女性の来日費用ほか諸費用を負担するのは、基本的に相手の男性側だからである。
もっとも、ビザ目的の結婚は、近年数多くの問題が報じられている技能実習制度以上に怪しげな世界である。
例えば、私たち日本人男性がベトナム系の結婚エージェントに連絡すると、「この人と結婚できる」と美女や巨乳の女性の写真が大量に送られてくる。一方、日本人男性との結婚を望むベトナム人女性にもこんな〝夢〟が示される。
「青森県(在住)、41歳、169㎝、53㎏、初婚、大卒、会社員、年収1600万円」
「愛知県、36歳、172㎝、76㎏、初婚、院卒、会社役員、年収1025万円」
ベトナム人女性に向けた、ある結婚エージェントのフェイスブックの投稿だ。
常識的に考えて、日本国内の婚活市場でも引く手あまたの若いエリート男性が、成婚に多額の費用が必要なベトナム向けの国際結婚業者に登録するとは考えにくい。投稿になんらかの〝騙(だま)し〟があると考えたほうが自然だろう。
美女とカネとウソ。ベトナムの国際結婚市場は、男女双方の幻想で支えられている。
■「技能実習生は美女が少ない」理由
10月27日午後、カントー市内の喫茶店に現れた結婚エージェントA社の社員はアン(仮名、25歳)といった。顧客に結婚相手への期待を持たせるためか、彼女自身も美しい外見の女性だった。
アンは私を見て「日本人男性なのに若い!」と声を上げた。通訳の女性が後で理由を尋ねると、お世辞で驚いてみせたのではなかったらしい。
「うちのお客さんになる各国の外国人男性は、基本的には3パターンです。①貧しい人、②高齢者、③お金はあるけれど中高年で、若くてピチピチした奥さんが欲しい人。日本人の場合は、ほとんどが②です。60歳以上のおじいちゃんが普通」
A社は日本にも代理店がある。日本国内から申し込んだ場合、ベトナムへの渡航費や滞在費も含めて90万~190万円が必要だという。
ただ、ベトナム国内で直接申し込めば、わずか7000万ベトナム・ドン(約41万円)で、公的手続きを含めてすべて代行してくれるそうだ。アンは続ける。
「ほかに『気持ち』として女性の家族に45万円くらいのお金を払ってください。他社が登録する女性には、このお金を目当てに国際結婚と離婚を繰り返す人もいますが、ウチにそういう女性はいません」
花嫁が嫁ぐ前に日本語を覚えてほしいなら、男性側が3ヵ月から1年ほど毎月、学費と生活費を合わせて1000万~1400万ベトナム・ドン(約5.9万~8.2万円)を送金し、現地でトレーニングしてもらう。かつてはカントー市内に、こうした需要に応える「花嫁日本語塾」が複数あったが、コロナ禍で閉じた。
「学費を負担することなく、日本語ができる女性と結婚したい場合は、日本国内で在留期限が迫った技能実習生を選ぶといいです。ただ、彼女たちは薄給激務で働かされていて、外見をケアする余裕がない。だから美人は少なく、年齢もちょっと高めなんです」
実際に女性らの写真を見せてもらうと、アンの説明はなんとなく腑(ふ)に落ちた。つまり、若くてきれいな女性と結婚したいならば、ベトナム国内にいる人を選ぶほうがいい。
もっとも、美しい花嫁を求めるとなると、台湾、韓国、中国など他国の男性たちとの熾烈(しれつ)な花嫁争奪戦が待ちかまえている。
■「外国人との結婚」で豊かになった村
「娘が台湾に嫁いだのは05年。相手は建設労働者で、娘より12歳年上のすごく太ってる男性だったけど......。仲良くやってるよ。子供もふたり生まれた」
北部ハイフォン市郊外のダイホップ村、2階建ての豪奢(ごうしゃ)な自宅の広いロビーで、住民のガン(女性、65歳)はそう語る。23歳で台湾人と結婚した次女の写真を見せてもらうと、若い頃の天海祐希に似た、素晴らしい美貌だった。
ダイホップ村は、ベトナムにいくつかある海外向けの「花嫁村」のひとつだ。
儒教圏である台湾や韓国は家族意識が濃厚で、男性が結婚することへのこだわりが根強い。故に、ベトナムの田舎から妻をもらう体制が、半ばシステム化されている。
このニーズに合わせて、一部のベトナムの農村では、集落の娘が数多く外国人に嫁ぎ、その経済的利益で潤った娘たちの実家が軒を並べるようになった。今回「花嫁村」と呼んでいるのは、そういったエリアである。
この集落は、もとは海辺の貧しい村だったが、05年頃から台湾や韓国へ嫁ぐ女性が急増した。現地紙『ファプラット・ベトナム』(ベトナム法律新聞)によると、結婚適齢期の女性の約3分の1が外国人と結婚し、10年間で村の貧困率は13%から5%以下に激減したという(15年8月22日の報道当時)。
現地を歩くと、都市部から離れた村にもかかわらず、ガンの家をはじめ瀟洒(しょうしゃ)な家屋が立ち並ぶ高級住宅街が広がる。村人からの寄付が多いのか、集落の中心には、5階建てビルくらいの高さがある真新しい教会がそびえ立っていた。
もっとも、20歳前後の女性が、数回も会っていない異国の男性に嫁ぐことには、ベトナム国内でも批判がある。10年ほど前までは、花嫁候補者の女性数十人を全裸でズラッと並ばせ、韓国人や台湾人の男性に選ばせるような悪質な仲介業者が存在しており、ときおり逮捕者も出た。
また、女性が嫁ぎ先でDVに遭うなどして、離婚して子連れで村に戻ったものの、子供はベトナム語ができずに孤立し――といった悲劇も多く聞かれる。
「でも、うちはひどいことはなかった。韓国は寒くて、料理が口に合わないし、夫のDVが多いって噂もある。それに比べて、台湾は気候や食べ物がベトナムと近くて、人も優しい。私も長く暮らしたからわかるよ」
ガンは明るく話す。彼女やほかの村人によると、外国人との結婚は男性側の持参金などよりも、一族揃って出稼ぎに行く道が開けることが魅力だという。
ガン夫妻は、次女の結婚後に親族訪問ビザで台湾に渡航し、そのまま10年間も不法就労を続けた。さらに息子や親戚の男の子たちも労働者として台湾に渡航して、一族でがっつりと稼いだ。
その結果、彼女らが、ベトナムの平均年収の14倍以上の金額である11億ドン(約650万円)を投じて、ダイホップ村に〝豪邸〟を建てたのは、今から2年前のことであった。
■中国人男性による熱烈な〝嫁〟需要の陰で
一方、近年になりベトナムの国際結婚市場で存在感を増しているのが中国だ。
「中国人は若い人も多く、日本人の倍の費用を払うんですよ。今日の午前中も、中国人の結婚希望者ふたりを案内したところなんです」
カントー市内で、結婚エージェントのアンはそう話した。彼女のスマホの画面に、短髪のがっしりした中国人青年と、やや幼い印象のかわいいベトナム人女性が映っている。
彼は湖南省出身の34歳のコックらしい。結婚相手について、20代の初婚女性のみという条件をつけていたが、本人も若いだけに相手があっさり見つかったという。
「現在、中国は母国のゼロコロナ政策の影響で、出入国が非常に大変。それでも奥さんを探して、田舎からベトナムまでやって来るんです」
中国では過去の一人っ子政策の影響から、親世代が妊娠した際に、やがて家を継がせる男児を選択的に産む(=女児を中絶する)傾向が強かった。結果、現代の中国では男性が女性より約3490万人も多い(20年時点)。社会に極端な男女不均衡が生じているのだ。
故に、中国人男性の婚活の競争の激しさは日本の比ではない。貧困層や農村出身者、学歴を持たない人などが、国内で伴侶を見つけることは非常に困難だ。だが、一族の伝統も色濃く残っており、韓国や台湾以上に、周囲からの結婚へのプレッシャーは極めて強い。
その結果、農村部を中心に、隣国から花嫁を迎えて子供を産ませる例が増えた。中でもベトナム人は、外見や生活習慣が中国人と近いので人気である。オーストラリアの公共ニュースチャンネル「ABC」の中国語版によると、これまでに約10万人のベトナム人女性が中国に嫁ぎ、定住したとみられるという。
「ただ、トラブルも多い。ベトナム人女性は嫁ぎ先で働いて実家に仕送りしたいと考えている。ところが、いざ中国に行ってから夫の地元がベトナムよりも貧しいと知って逃げ出す例がしばしばあります。ある村から中国に10人嫁いだのに、全員が逃げ帰ったこともありました」(アン)
だが、条件が違って逃げるのは「まだマシ」である。ベトナム花嫁の国際結婚市場が形成されるのは、周辺国の男性から、彼女たちが「商品」としてとらえられているからだ。そのため「商品」を盗んだり転売したりする犯罪グループも数多く存在する。
「17歳のとき、友人の結婚式に出席した帰り道で失神させられ、人さらいに誘拐されました」
北部のハイフォン市郊外の果物店で働くスン(42歳)は取材にそう話す。
彼女は誘拐された後、目が覚めると「寒い場所」にいた。おそらく中国の湖南省と思われる場所で、やがて年配の中国人の男性をあてがわれ、子供を産まされた。
「数年後、その子供を置いて逃げ、途中で助けてくれた別の中国人の男性と結婚しました。中国で20年以上暮らしてから、数年前にベトナムの実家と連絡が取れて、ようやく帰ってきたんです」
ベトナムは、一般に「美人が多い」イメージを持たれがちな国だ。しかし、まだ経済力が弱いことで、ベトナム人自身の金銭的な欲求と、「美しき花嫁」を求める各国の独身男性の欲望が交錯する。実に業深き土地でもあるのだ。
●安田峰俊(やすだ・みねとし)
1982年生まれ、滋賀県出身。ルポライター。中国の闇から日本の外国人問題、恐竜まで幅広く取材・執筆。第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞した『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』、第5回及川眠子賞を受賞した『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(共にKADOKAWA)など著書多数