来年10月から受信料を引き下げるNHKだが、それでも「高すぎる」「払いたくない」との声は多い。また、ネットでのコンテンツ配信が増えるにつれ、「そもそもテレビ所有者だけから受信料を取るのは正しいのか?」という議論も。実は超重要な「みなさまのNHK」の受信料問題、論点をいったん整理します!

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■NHKのネット配信は〝おまけ〟扱い

NHK総合テレビで生中継されたカタールW杯開幕直前の強化試合、日本対カナダ戦。ハーフタイムのニュースコーナーが終わると、動画配信サービス『NHKプラス』の宣伝VTRが流れた。

そして後半戦が始まる直前にも、実況アナウンサーが「簡単に登録できます」「いつでも見逃し配信が見られます」などと、かなり念入りに同サービスを告知していた。

『NHKプラス』はサービス開始から2年半がたち、今年9月に登録者数300万人を突破。また、それ以外にも文字ベースの配信記事『取材ノート』、ツイッターやインスタグラムに毎日アップされる『ニュースウオッチ9』のショート動画など、ネット上でNHKのコンテンツを目にする機会は明らかに増えている。

公共政策やメディア論に詳しい東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の西田亮介氏はこう語る。

「テレビというメディアは高齢層を中心に相変わらずよく見られていますが、NHKの『国民生活時間調査』や総務省の『情報通信白書』の調査を見ると、30代から40代を境にテレビよりもインターネットへの接触時間が長くなり、若年層のテレビ離れは顕著です。

ネットに慣れ親しんだ人からすれば、NHKのコンテンツも『全部ネットに上げてほしい、しかもできれば専用アプリじゃなくてYouTubeなどにドンと置いてほしい』というのが本音ではないでしょうか」

しかし実は、ネット上でNHKの存在感が強まれば強まるほど、現行の放送法の規定や受信料制度との食い合わせは悪くなる。

まず、そもそも国民の支払う受信料で運営される公共放送であるNHKには「本来業務」と「任意業務」という区分けがあり、現状ネット関連の業務は任意業務、つまり〝おまけ〟の位置づけ。そのため予算にも、年間200億円までという縛りがある。

時代の変化に伴ってこの位置づけを本来業務へと〝昇格〟させるのはユーザーの側からすれば自然なことのように思えるが、これには民間メディアからの反発があるという。

「日本民間放送連盟(民放連)や日本新聞協会は長年、NHKの肥大化を批判し続けており、ネット進出に関しても民業圧迫につながるとして否定的です。ただ、両者にはやや温度差があり、より強硬に反発しているのは明確に事業が行き詰まりを見せている新聞協会のほうです。

一方、民放各局は〝テレビ離れ〟への危機感という意味ではNHKと運命共同体ですし、NHKの業務の多様化を認める代わりに補助金や設備関連のコスト削減などの実利を得たいといった皮算用もあるわけです」(西田氏)

そんな背景もあって、今年9月に立ち上がった総務省の有識者会議「公共放送ワーキンググループ」では、NHKのネット事業を本来業務とするべきかどうかが議論の中心テーマになっている。

ただ、ここでもうひとつ大きな問題がある。NHKの運営予算の原資である受信料は現状、あくまでもテレビなどの電波受信体を持つ世帯から徴収しているのだ。

『NHKプラス』をフル視聴するには受信料を支払っていることが必須だが、テレビを持っていない人にはそもそもその権利がない。

また別の角度から見れば、テレビを持っていないか、あるいは持っていても受信料を払っておらず、NHKのコンテンツをネット上だけで利用している人は〝フリーライダー〟ということにもなる。

民間のウェブサービスならライトユーザー無料、ヘビーユーザー有料という設定はごく普通だが、これが〝ほぼ強制徴収〟の公共放送となると微妙な話になってくるわけだ。

しかも、昔なら当然のように払っていた人も多かったNHK受信料だが、今の若い世代にとってはものすごく割高感がある。現在、地上波とBSがセットの「衛星契約」は月額2170円(口座振替・クレジットカード払いの場合)。

この金額に対する忌避感もあって、昨年から地上波・BS放送が映らない(=受信料徴収の対象にならない)アンドロイドTV搭載のチューナーレステレビが大ヒット商品となっており、各メーカーがこぞって発売する事態になっている。

「NHKのコンテンツや情報に対する信頼感はどの世代も非常に高い。しかし日本人が通信・放送関係のサブスクリプションに支払う総額はだいたい月に1万円くらいだそうです。

アマゾンのプライムビデオは実質タダ、ネットフリックスのベーシックプランは990円......などと並べてみたときに、そんなに見るわけでもないNHKに2000円以上というのはかなりの負担感ではあると思います。

ただ、NHKの高コスト部門は報道です。47都道府県の支局で24時間・365日、人を張りつけ、情報を吸い上げ、それを精査する仕組みを維持するにはものすごいコストがかかる。

災害報道もそう。そんなことはアマゾンもネットフリックスもやりませんし、民放も新聞もどんどん厳しくなっていく。それを受信料で回しているNHKが続けていることの意味は、きちんと考えるべきでしょう。

すでにアメリカでは地域に新聞が1社だけ、あるいはそれすらない〝ニュース砂漠〟の問題が生じており、公権力の腐敗や進学率の低下といった影響が指摘されています」(西田氏)

NHKは来年度いっぱいで衛星1波を停止してチャンネル数を削減し、それに伴って来年10月から受信料を値下げすることを発表している(値下げ幅は衛星契約が220円、地上契約が125円)。

ただし、ネット進出がさらに本格化すれば当然、議論になるであろう新たな受信料制度――例えば、テレビを持っていないPC・スマホ所有者からも利用料を徴収するかどうかなどについては、放送法の改正が絡むため、NHK内だけで決まる話ではない。

■NHK自身はどうなりたいのか?

旧郵政省(現総務省)で通信・放送行政に携わり、退官後も同分野の専門家委員などを歴任しているiU(情報経営イノベーション専門職大学)学長の中村伊知哉(なかむら・いちや)氏はこう語る。

「放送というのは放送法や電波法に縛られた世界で、それゆえに国の政策課題となっているわけですが、その中で『通信と放送の融合』ということが言われ始めてから30年になります。電波そのもののデジタル化、つまり地デジ化は10年ほど前に完了し、最後に残った〝本丸〟が放送とネットの連携・融合です。

ヨーロッパではずいぶん前から制作した番組をIP(インターネット伝送)化してクラウドに乗せ、データビジネスにしています。一方、日本ではNHKが昨年ようやく放送とネットの常時同時配信を始め、民放も『TVer』で追随しているところで、かなり遅れています。

日本の放送市場は約4兆円ですが、そのすぐ横には約15兆円の電気通信事業がある。これを分けて考えるのではなく、合わせて20兆円の市場をどう伸ばしていくか、放送と通信がいかに連携していくかが次のテーマだといえるでしょう」

例えばイギリスでは、公共放送局BBCの受信料制度の見直しが始まっている。現行制度は日本と似た形の一律徴収(一部減免措置あり)だが、広告の導入やネット視聴への課金といった案も浮上しているようだ。

「僕が知りたいのは、NHK自身がどうなりたいのかです。NHKの『H(放送)』を『M(メディア)』や『D(デジタル)』に変えるくらいのビジョンがあるのか、それともなんとなく今のままでいいのか。

例えば英BBCは、テレビ10チャンネルと海外向けの会社を3社ほど持っていますし、中国のCCTV(中国中央電視台)はテレビが約20チャンネルあり、これを5つの言語で海外にも配信しています。

個人的な意見を言えば、僕はNHKにはコンテンツ制作力にしろ、先端技術の研究開発にしろ、ものすごくポテンシャルがあると思っています。もし自分が経営者なら、それを生かしてBBCやCCTVとはまた違う日本モデルをつくってみたい。

しかし、今のNHKがどう考えているのかが見えてこない。それがないまま『受信料を○○円下げます』とか、『ネット受信料は現行制度では難しい』というような話をしても、納得感のあるゴールにはたどり着かないでしょう。

総務省のワーキンググループのメンバーもそのことがよくわかっているので、そもそも公共放送とは何か、どんな役割を果たすべきなのかというところから議論を詰めていくはずです」(中村氏)

NHKの予算は毎年総務省に提出され国会で承認を受ける。ただ受信料はNHK自身が徴収しているため経営の独立性はそれなりに高い(写真は2007年、左は当時の菅義偉総務大臣)NHKの予算は毎年総務省に提出され国会で承認を受ける。ただ受信料はNHK自身が徴収しているため経営の独立性はそれなりに高い(写真は2007年、左は当時の菅義偉総務大臣)

ただし、BBCと比べても、NHKを巡る環境はものすごくややこしいようだ。イギリスではほぼ税金のような形で国が受信料の徴収に関与しているのに対し、NHKはあくまでも自身で受信料を集めており、経営の独立性が高い(そしてNHKはそれを失いたくない)。

また、イギリスに比べて日本は民放の存在感が大きく、NHKの事業が広がっていくことへの忌避感も大きいため、事業拡大の際には水面下で〝落としどころ〟の調整が必要になる。

NHK・前田現会長は経営の効率化に着手。来年1月末に任期満了を迎えるが、次の会長人事にも注目NHK・前田現会長は経営の効率化に着手。来年1月末に任期満了を迎えるが、次の会長人事にも注目

「うがった見方をすれば、NHKはこのままでいるのが一番いいという立場なのかもしれません。安定した受信料収入を得て、大きな変化もせず......。

また、みずほフィナンシャルグループ出身の前田晃伸(まえだ・てるのぶ)現会長は、あくまでも経営の無駄をそぎ落として筋肉質にすることが仕事だったのかもしれません。その意味では、次の会長がどんな方向性を打ち出すのか、また総務省のワーキンググループがどんな提言をまとめるかが、来年の注目点です」(中村氏)

現会長の任期は来年1月末、そしてワーキンググループの提言取りまとめは6月頃の予定。そこから何が飛び出すのか、はたまた何も飛び出さないのか?