米アマゾン・ドット・コムが日本で処方薬のネット販売開始を検討している? 米アマゾン・ドット・コムが日本で処方薬のネット販売開始を検討している?

「アマゾンが処方薬のネット販売に本格参入する」というニュースが流れたのは昨年9月のことだが、今年はその全貌が見えてくるかも。キーワードは「電子処方箋」「調剤の外部委託の解禁」。診察から薬の受け取りまでを全部オンラインで――そんな時代が間近に来ている!

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■「電子処方箋」の運用開始がカギに

昨年9月、日本経済新聞は米アマゾン・ドット・コムが2023年に日本で処方薬のネット販売を開始することを検討していると報じた。それから現在に至るまでアマゾンからの公式発表がなく、その全容は明らかになっていないが、多くのメディアは「既存の調剤薬局に大打撃」などと悲観的にとらえている。

業界誌の記者はこう話す。

「19年度の処方箋枚数は日本全体で約8億2000万枚、その市場規模(調剤医療費)は約7兆8000億円に上ります。業界内では〝アマゾン薬局〟が日本を席巻すれば、その市場の多くを奪われ、全国に6万6000局ある調剤薬局の多くが姿を消すことになるかも......とネガティブにとらえられる傾向が強い」

では実際、町の薬局の反応は? 関西地方で11軒の調剤薬局を営むメディカルユアーズの社長、渡部正之氏がこう話す。

「危機感を持っている人は少数派ですよ。薬局や薬剤師は厳しい規制に守られているから、『アマゾン薬局は日本では成功できない』と考えている人が多い印象です」

日本では処方薬の取り扱いに関する法的な規制が厳しい。

「遮光や温度管理の面で細かな規則があり、薬品には使用期限があるのでロットの管理も厳格。薬局に勤める薬剤師の処方箋処理枚数の上限は〝一日40枚まで〟という法規制もあり、それ以上の薬を出そうと思えば薬剤師を新たに雇用しなければならない。

薬局の調剤業務を外部委託することも禁じられており、新規参入のハードルが極めて高い。こうしたガチガチのルールに、日本の薬局は守られています」(前出・業界誌の記者)

ただ、今月から全国で運用が開始される「電子処方箋」が、この状況を変えるかもしれない。医院や薬局の開業支援を行なう医歯薬ネットの森田健一会長は「アマゾン薬局の日本進出は、このタイミングを見計らったもの」と話す。

「日本の医療のオンライン化はコロナ禍で大きく進展しました。20年9月に薬剤師によるオンライン服薬指導が始まり、昨年4月には初診のオンライン診療が解禁。最後に残ったのが処方箋でした。

これまでは紙での発行が原則だったため、患者はオンラインで服薬指導を受けても結局は紙の処方箋を薬局に持参して薬をもらう必要があったのですが、今月からこれらの過程をすべてオンラインで処理できるようになります。

流れとしては、電子処方箋をスマホやPCで受け取り、患者はそこに記載された引き換え番号を薬局にメールなどで伝えて、オンラインの服薬指導を受け、その後、宅配便などで薬を受け取るといったもの。アマゾンにとっては、強力な追い風となる規制緩和です」

■中小の薬局と患者のマッチング

では、アマゾンが始めようとしている処方薬のネット販売とはどういうものか?

森田氏がこう解説する。

「アマゾンは既存の中小規模の薬局と連携し、町の薬局と利用者をマッチングするプラットフォームを構築しようとしています。

そのサービス内容は、例えば患者さんがスマホで医師の診察を受け、電子処方箋を受け取った後、アマゾン薬局の専用サイトでどの薬局にオンライン服薬指導をしてもらうか選ぶ。

もしくは、ユーザーの登録情報や症状、薬歴などから最適な薬局や薬剤師をオススメしてくれる、といった利用イメージです」

とりわけ、患者にとって利便性が高そうなのが次の点だ。

「すでにサービス展開されている米国のアマゾン薬局と同様なら、『24時間・年中無休』で薬剤師が対応、スマホなどを活用し、いつでもどこでも服薬指導が受けられるようになります。すべてがオンラインで完結するので、コロナ流行期にも2次感染の心配なく薬を受け取れます」

薬局から患者の自宅までの薬の配送はどうなるか。前出の業界誌記者がこう話す。

「全国に張り巡らされたアマゾンの配送網が生かされます。すでに一部の物流業者が処方薬の宅配を始めていますが、注文から2~3日後に届き、送料も一回数百円というケースが多い。

電子処方箋の解禁で処方薬の宅配市場が急拡大することが見込まれる中、アマゾンは『早く薬が欲しい!』という患者のニーズに応える〝即日配送〟を実現させ、一気にシェア奪取を狙ってくるはず。プライム会員限定で〝送料無料〟にしてくる可能性もあるでしょう」

ただ、すべての処方薬を扱えるというわけではなさそう。

「医薬品の輸送では温度管理が重要です。常温(20℃)や冷温(1~15℃)、中には冷凍保存が必須の薬もあり、すべてに対応できる車両を確保するのは難しい。

なので、アマゾン薬局で個配可能な処方薬は限られ、常温で運べる薬が中心になるでしょう。ただ、ヤマト運輸から、クール宅急便の車両がたくさん出動するようなら宅配できる薬の幅が広がるかもしれません」

■救済者か、破壊者か

アマゾン薬局が誕生すれば、日本の調剤薬局のあり方が大きく変わるのは間違いない。淘汰されるのか、生き残り策を見いだすのか。注目したい アマゾン薬局が誕生すれば、日本の調剤薬局のあり方が大きく変わるのは間違いない。淘汰されるのか、生き残り策を見いだすのか。注目したい

患者目線では利便性が高そうなアマゾン薬局だが、薬局側にとってはどうだろうか。

東京都内で数軒の薬局を営む会社の社長は、アマゾン薬局の誕生を熱望する。

「これまでは処方薬を患者さんの家に届けたくても、目の前の調剤業務で手いっぱいというのが中小薬局の実情でした。薬を配送する手段も資金的な余力もなく、診察も処方もオンライン化が一気に進もうとしているのに、『薬をどうやって運ぶ?』という点が課題でした。

アマゾン薬局が誕生すれば、配達員が定期的に薬局まで来てくれて、必要な処方薬をピックアップし、患者の家まで届けてくれるようになる。私は大歓迎ですよ」

患者と薬局をマッチングするプラットフォームに期待を寄せる声も少なくない。

「大病院の目前にある〝門前薬局〟は放っておいても来客数は減りませんが、そうではない薬局はどれだけサービス向上に努めても集客には限界がある。しかも、新規出店の際に好立地を取れるかどうかは資本力で決まるので、大手チェーンが病院の門前に林立する状況となっているんです。

しかし、アマゾン薬局のプラットフォームが実現すれば、距離の制約はなくなり、薬剤師の服薬指導が丁寧だったとか、親身になって健康相談に応じてくれたとか、美人な薬剤師がいるとか(笑)、要は対人サービスの質によって薬局が選ばれる時代になる。この国の旧態依然とした薬局ビジネスを良い方向に変えてくれるとひそかに期待しています」

だが、前出の渡部氏は真逆の見方で、「アマゾン薬局は日本の薬局業界を危機に陥れる脅威になる」と警戒する。

「アマゾンが患者さんと薬局をつなぐプラットフォームをつくり、処方薬の宅配を担ってくれる。ここまでならいいのですが、アマゾンの本当の狙いはその先にあります。まさに今、規制改革推進会議を中心に国で議論が進められている〝調剤の外部委託〟の解禁がその転機になるはず」

どういうことか?

「処方箋に従い薬剤を調合する調剤業務は薬局内での実施が法律で定められていますが、来年(24年)の法改正で外部委託が解禁される可能性が高い。そうなれば、薬局は服薬指導など患者への対人業務に特化し、調剤は外部機関に任せる動きが加速します。

アマゾンはそこに入り込もうとしている。郊外の各拠点に巨大な調剤センターを構え、そこであらゆる処方薬の在庫を持ち、調剤センターから直接、患者の自宅に薬を配送するネットワークを構築することを考えているはず。薬局に薬を取りに行って患者の自宅に個配するより、そのほうが圧倒的に配送の効率とスピードが向上するからです」

渡部氏によるとアマゾンは水面下で薬剤師の採用を着々と進めているという。 

「それが意味するのは、アマゾンは薬局が担っているオンライン服薬指導の分野への参入を狙っているということ。処方薬の調剤、服薬指導、配送までを一気通貫で行なうことで、日本の薬局市場から根こそぎ患者を奪おうとしている、と私はみています」

2023年は、アマゾン薬局という外圧により、日本の医療と薬局業界が大変革を迎える年になるかもしれない。