秩父宮ラグビー場、神宮球場などが位置する緑豊かな神宮外苑。イチョウ並木などの「100年の森」も都心のオアシスになっている。ここが再開発によって高層ビルが建ち並ぶエリアに変わろうとしている。しかし、この再開発は誰にとってメリットがあるのか?
問題だらけだと指摘するのは、45万部のベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)の著者・斎藤幸平氏だ。実業家でありながら、「100年の森」を守ろうと市民運動を展開するロッシェル・カップ氏と打開策を語り合った。
■東京五輪から始まった神宮外苑の破壊
斎藤 この対談を始める前に明治神宮外苑のイチョウ並木を通ってきましたが、とても綺麗で、多くの人が散策を楽しんでいました。都心には珍しく高いビルがなく、空が広がる貴重な空間です。その明治神宮外苑の再開発が問題になっています。
計画どおりにいけば、1000本もの樹木が伐採され、周囲には高層ビルが立ち並ぶようになるわけです。ロッシェルさんはこの再開発に反対の立場で市民運動をはじめ、樹木伐採の反対署名活動も展開なさっています。
ロッシェル 樹木伐採の署名活動はすでに11万人をこえる署名をしていただいて、さらにもっと増えていく感触です。というのも、まだほとんどの皆さんが、この再開発によって何が行われるのか、どんなことが起こるのか、よくご存じないんですよ。
明治神宮も関連事業者も東京都も、情報を出すことに積極的ではないし、意図してかどうかはわかりませんが、問題を矮小化するような情報も出しています。この再開発は無茶苦茶ですから、詳しく知ったら、もっと多くの人が反対するはずです。
斎藤 私自身も再開発の内容をこと細かに把握しているわけではないので、今日はその詳細をぜひ教えていただきたいのですが、大前提として気候変動がこれだけ世界的に問題になっているいま、樹木伐採も高層ビルの建設もやってはいけないこと。そんな愚行に私も大反対です。
また拙著『人新世の「資本論」』(集英社新書)で論じたように、公共の財産(<コモン>)を資本の利潤獲得の道具にさせず、人々の議論のもとで管理するということが重要だと私は考えています。
その意味でも、ロッシェルさんたち市民が神宮外苑という<コモン>の在り方に積極的にかかわろうとしているという話も、今日はぜひ聞きたいです。ところで、そもそもこの再開発のスタートは東京五輪の誘致と関連しているわけですよね?
ロッシェル そうです。
斎藤 2016年五輪の招致計画ではメイン会場は湾岸エリアに設定されていた。それがなぜか4年後の計画では、外苑エリアがメイン会場として設定され、建築家ザハ・ハディドによる巨大な新国立競技場が採用された。
ザハ案は巨額の費用がかかると撤回となったものの、ザハ案にあわせるかのように外苑エリアの建築物の高さ制限が緩和された。この経緯から規制緩和のための五輪招致だったと言われています。
ロッシェル 神宮外苑は風致地区に指定されていて、規制緩和前は高さ15メートルという厳しい制限が課されていましたが、空の広がる神宮外苑が、規制緩和によって新宿や渋谷と変わらない、息苦しい空間になってしまいます。
斎藤 五輪のため、という錦の御旗を立てて規制緩和をする。これは典型的な祝賀資本主義です。政治学者ジュールズ・ボイコフという人が使い始めた用語なのですが、五輪であれ、万博であれ、メガイベントのお祭り気分に人々を酔わせ、その裏で問題の多い再開発を進めるわけです。
そのせいで犠牲になるのは、結局はふつうの人の暮らしと自然環境です。そして五輪開催前から噂されていたとおり、神宮外苑エリアの再開発計画が発表になった。そういう経緯ですよね。
■屋根の開かない新・秩父宮ラグビー場
ロッシェル はい。問題だらけの外苑再開発の計画が始まったら、何が起こるかをお話しましょう。まず、外苑の西側にある「建国記念文庫の森」のほとんどの樹木を伐採し、神宮第二球場(ゴルフ練習場)も壊して秩父宮ラグビー場をそのエリアに新築します。
新しいラグビー場ができて嬉しいと思う人もいるかもしれません。でも、喜んでいる場合じゃないんです。今度のラグビー場は、屋根付きのイベント会場に人工芝を敷き詰めたような建物で、しかも屋根は開閉式ではないのです。
斎藤 えっ、屋根は開かないのですか。それじゃあ、屋内競技みたいじゃないですか。
ロッシェル どんな厳しい天候のもとでも試合をするのがラグビーの醍醐味。雨や雪に選手がどう対応するのか、それを見るのも楽しみのひとつです。歴史的な名勝負もそのときの天候と一緒に語られ、ファンの記憶に刻まれていきます。だから、屋根付きの計画に気づいたラグビー・ファンの間では、とんでもない競技場だと不評です。
斎藤 「ラグビーの聖地」と言われる競技場なのに。
ロッシェル 人工芝も選手の怪我につながりやすくて、危険です。マイクロ・プラスティックの問題もありますよね。人工芝でラグビーのような激しいスポーツをすれば、マイクロ・プラスティックが発生します。
斎藤 新しくなって競技場が良くなるというよりは、問題だらけ。高層ビルを建てる場所をあけるために移転させられるような印象です。
ロッシェル ええ、観客席も大幅に減らされますから。
■脱炭素を目指すなら競技場のリノベを
ロッシェル そして秩父宮ラグビー場の跡地には、新しい神宮球場が建設されますが、野球場のまわりには高さ190メートル、185メートル、80メートルの高層ビル計3棟が建ち並びます。
斎藤 ビルの谷間で野球の試合を見ても楽しくない。広がる青空の下で野球は見たいでしょう。
ロッシェル さらに致命的なのがビル風です。高層ビルが隣接していれば、強烈なビル風が吹くでしょう。そんな強風のもと、まともな野球の試合ができるでしょうか。しかもライト側の外野スタンドが大幅に縮小されます。
斎藤 ライト側で応援する、ヤクルト・ファンはそのことを知っているんでしょうか。
ロッシェル いえ、あまりニュースにもなっていないし、知らないと思いますよ。歴史のある六大学野球の、たとえば早慶戦でライト側で応援していた早稲田の人たちも愕然とするでしょうね。
斎藤 そもそも論として、リノベすればまだ使えるスタジアムをふたつも建て直すというのは、脱炭素の目標からも大きくかけ離れています。この環境危機の時代に何をやっているのか...。
ロッシェル ラグビーのワールド杯を主催する団体は、W杯を目的にした競技場の新設を昨年、禁止しました。「ラグビーは脱炭素を目指す社会の模範でありたい」という趣旨だそうです。そのルールの精神から言えば、今回の移転・新設を認めちゃいけないのです。
斎藤 自然環境を人の手が破壊しつくす時代という意味の、「人新世」という用語が注目されていますが、この神宮外苑の再開発もまさに「人新世」を象徴するような問題です。
■金儲けのためにイチョウ並木が枯れる
ロッシェル 新・神宮球場の外野スタンドの外壁は、イチョウ並木すれすれに建ちます。新球場の建設の際、地中に深い杭を打つはずですから、イチョウの木の根がずたずたに痛めつけられるでしょう。そして高層ビルや球場の日陰も悪影響を及ぼします。
樹木の専門家は、多くのイチョウが枯れると警鐘を鳴らしています。たくさんの映画やドラマやアニメの名シーンで使われたあの風景がなくなってしまうんですよね。イチョウ並木の脇にあるカフェやレストランも素敵なのに、再開発でなくなります。
それだけでなく、今あるバッティング・センター、軟式野球場、フットサル・コートなど、一般市民が気軽に安い料金で利用できるスポーツ施設はすべて廃止されることになっています。すでにゴルフ練習場は閉鎖されました。ひとつだけ残るスポーツ施設が高級会員制テニスクラブ。会費、とても高いんですよ。
斎藤 そんなにわかりやすい話なのですか。うすうすそうだろうとは思っていましたが、まさに1%の資本・金持ちVS99%の一般市民の戦いという構図ですね。公共性の高い空間を資本の金儲けの道具になるように再開発する、ということがよくわかりました。
■神宮外苑は誰のものなのか?
斎藤 外苑再開発に私が反対しているのは、単に東京の住民だからというわけではありません。全国各地で同じような事例が進行中で、この神宮外苑が象徴的だからこそ、止めたいし、強く反対していきたいと思っています。
ロッシェル 京都の京都府立植物園に商業施設とアリーナ、横浜・上瀬谷の花万博招致、筑波・洞峰公園に有料のグランピング施設とビール工場...。市民の公の財産を資本に売り渡すことばかり続いています。
ビジネス・パーソンとしての立場から言えば、公園はもともと開けた土地ですし、交渉相手はその公園を管轄する自治体だけですから、再開発がやりやすいのです。それが公園が狙われる理由だと思います。
斎藤 目先の金儲けをすることしか考えていない。資本家たちからすると、一番手っ取り早く金儲けをする方法は、これまで十分に商品化されてこなかったものを商品にすることです。最近の日本で言えば、水道の民営化もそうですし、公園の民営化・有料化もそうですが、やはりそうした流れの一環として神宮外苑再開発も行われているという印象を受けます。
その一方で、「神宮外苑は明治神宮が地権者だから、どう使おうか、明治神宮の自由じゃないか」という声もあるのですが、それもちょっと違うと思うんですよね。
明治神宮外苑の創建の歴史には「日本資本主義の父」と言われる渋沢栄一が関わっています。明治天皇をたたえるという趣旨もありつつ、渋沢らが近代国家にふさわしいランド・スケープを作りたいという熱意をもって、国民に献金・献木を呼びかけました。今日で言うならクラウド・ファンディングです。これによって全国から多くの寄付が集まり、ボランティアもたくさん集まって働きました。
そういう意味では、市民たちが自分たちの手で外苑を造ったとも言えます。その「明治神宮奉賛会」という組織は、その土地を明治神宮に献上したときに、「美観を永久に保全すること」を要請したという話もあります。
私は渋沢とは立場は違いますし、明治天皇に対する評価も異なりますが、なぜ天皇や日本の歴史に思いを持つ保守派の人たちから、歴史あるこの外苑の再開発にもっと強い反対の声があがらないのでしょうか。そこは保守派に問いかけたい。100年前の国民が、100年後の未来を考えて作った外苑が、やっと森として成熟してきたのに、なぜ破壊しようとするのか、理解できません。
ロッシェル そうなんですよ。いまは、明治神宮外苑の維持管理は明治神宮が行っていますが、本来、外苑は市民が作ったものであり、明治神宮が勝手にしていいわけではないのです。
長い間、明治神宮が外苑を維持管理したりしてくださったのはありがたいことですし、東京都と私たち市民が明治神宮にその意味で頼り切りだったわけですね。そこは私たちが反省するところです。でも、もし本当に明治神宮が財政難で外苑が維持できないなら、大資本とではなく、市民と議論すべきです。
■<コモン>の管理から始める民主主義
斎藤 それを私の言葉でいえば、神宮外苑は市民の共有財産<コモン>です。<コモン>をどうしたいのか、みんなの声を聴くべきだし、聞いてくれないなら、声をあげて抵抗するしかない。
『人新世の「資本論」』でも書いたことですが、これ以上の気候変動を防ぐためには、環境という<コモン>を市民みんなの手で大事にし、その管理をどうすべきかをみんなで考えなくてはなりません。この神宮外苑の再開発がその典型であるように、行政や資本に任せっきりでは、環境危機は止まらないのです。今回の事業者である企業も、やたらにSDGsを掲げて、環境に配慮するふりをしていますが、その片手で神宮外苑の緑を壊し、環境負荷の高い再開発をやりたがっている。
だから、その意味でも、ロッシェルさんたち市民の活動に注目をしているのです。先ほどお話をいただいた再開発の計画を知ったら、東京都など行政に任せているだけでは、とんでもないことになるんだというのがわかると思うんですよね。だから、街という<コモン>については、市民が積極的に参加をして、市民の声が反映されるようにしていかなきゃいけない。
ロッシェル 理想をいえば、ほかの先進国のようにアセスメントの制度をきちんと作ってほしいです。
斎藤 ただ、日本の制度はうんと遅れたところにいる。
ロッシェル 時間がないこの外苑再開発問題に関しては、まずは、署名運動に参加してくださることが第一歩です。そして、さらにアクションを起こしたい人が集まるワーキング・グループを複数作り、フェイスブックで誰でも参加できるように整えました。
チラシを作って配布する、議員に働きかけるグループ、神宮外苑のすばらしさを伝える美術展を企画するなど、テーマはいろいろですが、各グループが自律的に活動し始めました。
斎藤 個人個人が自主的に自分のできることをやりつつ、ゆるやかにつながるというモデルは素晴らしいですね。民主主義の実現を誰かが上のほうでやってくれるのを待っていても仕方ない。私たちが<コモン>を守るために行動しないといけないわけです。その際、ロッシェルさんたちがやろうとしている自律分散型の組織には未来を感じます。
ロッシェル こうした方法論が、日本各地に広まっていくことを願っています。
■世界のトレンドから逆走する外苑再開発
斎藤 ロッシェルさんは五輪開催時に、代々木公園であった樹木伐採についても反対の運動をなさってましたよね。
ロッシェル はい。ですが、私自身はべつに環境活動家でもなく、NGOで働いているわけでもなく、普通のビジネス・パーソンです。でも、そんな普通の市民でも、社会運動はやればできるのです。
実は、シカゴに住んでいたときも、似たようなことがありました。家の近隣で、その地域に見合わないほど大きな映画館が造られることになったのです。シカゴ市には東京と同じく区という行政単位がありますが、その地域の区長と開発者の間で汚職も噂されていました。
それで私たちは市民グループを作って反対運動を行い、開発をストップさせました。私がリーダーだったわけではありませんが、区長から電話がかかってきて「お前は勝った」と言われました。いまから20年前の話です。
みんなで力を合わせれば、不適切な開発計画を止めることができる。これが私の成功体験です。だから神宮外苑再開発にも反対の声をあげようと思ったのです。
斎藤 神宮外苑をはじめとする都市の緑地を減らして、商業施設や箱物を増やそうという日本の再開発は、世界のトレンドからは全く逆の方向です。ほかの大都市では、公園や広場、街路樹などを増やしていく流れになっています。
これは当然、気候変動への危機意識があってのことです。『人新世の「資本論」』(集英社新書)では、「気候非常事態宣言」を掲げるスペインのバルセロナ市の取り組みを詳しく紹介しましたが、世界の大都市は気候変動対策を真剣に取り組みを始めています。
ロッシェル ニューヨークでも100万本の木が植えられました。
斎藤 パリの試みも注目に値します。パリの凱旋門の周りは車が多すぎることが問題になっていました。そこで、再開発によって凱旋門からコンコルド広場までを4車線から2車線に減らし、自転車や歩行者に優しいモデルに変えていこうとしています。もちろん緑も増やすことになっています。
これは自動車に奪われていた空間を市民の手に取り戻す試みと言っていいでしょう。もちろん、これはヒートアイランド現象への対策にもなっています。パリは2024年にオリンピックが開催されますが、同じくオリンピックが開催された東京の再開発が緑を減らすことに執着しているのと比べると、あまりにも対照的です。
ロッシェル 都民はみんな、東京は暑くなったと言っていますが、東京の暑くなりかたは異常です。気候学者である三上岳彦名誉教授(東京都立大学)のお話を聞いたことがあるのですが、過去140年の世界各地の平均気温の推移を見ますと、ニューヨークと北京の気温の上昇の仕方は地球全体の平均気温の上昇の仕方とほとんど変わりません。ところが、東京の平均気温はその2倍の速度で上がっているのです。
斎藤 地球全体の気温の上昇も異常なのに、東京はとくにヒートアイランド化が進んでいるのですね。そのうえ、神宮外苑の緑が減ったら、いったいどうなるのか...。
■経済合理性にも欠ける再開発
ロッシェル 私がこの外苑再開発に反対している個人的な理由は、樹齢100年の木々や美しいイチョウ並木を守りたいからなのですが、最後に、MBAホルダーのビジネス・パーソンとしての視点でも話をさせてください。
まず最初に疑問に思っているのが、明治神宮が本当に財政難で、そのせいで開発が必要なのか、ということです。これは外側からは本当のことはわかりませんから、ぜひ本当の状況を公開してほしい。
斎藤 もし財政難なら開示してほしいですよね。この景観を守るために国や都のお金を入れればいいし、あるいは市民の寄付を募ればいい。
ロッシェル それに、この再開発に長期的な経済的利益があるのか、疑問なんですよ。たとえば、神宮球場や秩父宮ラグビー場を建て替えて経済的なメリットがあるのか、どうか。
斎藤 東京都は建て替えの理由として、老朽化をあげています。もちろん環境問題を考える私としては、古い建物を長く使ってほしいのですが。
ロッシェル 確かに古くて、神宮球場は1926年、秩父宮ラグビー場は1947年に造られています。しかし、アメリカの野球場を見てください。たとえばシカゴのリグレー・フィールドは1914年、ボストンのフェンウェイ・パークは1912年のオープンです。どちらの球場も歴史的価値があるとして、野球ファンの間では、非常に人気が高いのです。これを経済的な意味に言い換えると、歴史の重みは魅力であって、集客につながり、経済合理性があるのです。
もちろん両球場とも、老朽化の危機は改修事で対応しています。もし建て替えていれば、歴史的価値が下がり、人気も落ちて、経済的にも打撃があったはずです。
日本でも神宮球場と同じ時期に造られた甲子園の老朽化が進んでいましたが、建て替えではなく改修で対応しています。しかもシーズン・オフに改修工事ができたので、問題はなかった。巨額の資金を使って、試合の質が下がるような不適切な計画のスタジアムを作るよりも、現在の神宮球場や秩父宮ラグビー場をしっかり改修すればいいんですよ。
斎藤 なるほど。
ロッシェル 私は外苑再開発に関して文科省と国交省に「建て替えとリノベーションについて比較調査を行いましたか」と質問したことがありますが、「行っていない」という答えが返ってきました。要するに、建て替えありきだということです。
斎藤 ただ、高さ規制が撤廃されたあとにビルを高層化するのは、安く土地を手に入れるのと似ているので、企業側は得をするのではないですか。高層ビルはエネルギー効率がひどく悪いので、自分は反対ですが。
ロッシェル 高層ビルも、建てたところで空室が発生するんじゃないでしょうか。コロナ禍以降、リモートワークが普及しており、オフィスビルを構える必要性は低下しています。この計画はコロナの前に作られたものだから、コロナの影響が考慮されていないのです。
また、東京では数多くの再開発プロジェクトが進行しており、2023年には虎ノ門や八重洲、渋谷などで大型オフィスビルが次々に開業します。そのため、「23年の崖」という言い方がされています。
いま都心のオフィスは供給過剰状態で、空室率が6%を超えています。専門家に言わせれば、空室率6%は非常に厳しい数字です。これが2023年により一層悪化する恐れがあるのです。
斎藤 たしかに、こうした状況の中で神宮外苑にさらにオフィスビルを造るなど、まったく合理性がありません。神宮外苑の一部は新宿区ですが、すぐ近くの新宿駅にも高層ビルの建築計画が発表されました。
■予測の甘い計画でいいのか?
ロッシェル 神宮外苑の高層ビルのなかには、オフィスのほか、ショッピング・モールやホテルが入ります。そういったものも東京のどこにでもあり、集客のかなめにはなりえません。神宮外苑ならでは、という魅力をもつのは、やはり100年前に計画されたイチョウ並木を中心にした景観です。
同じように、新ラグビー場のイベント・スペースも収益があがるとは思えません。新国立競技場でもイベントが開催できるようになっていますが、開催したがる業者は少なく、赤字続きで、納税者にとって大きな負担になっていることがすでに大きく報道されています。ラグビー場は新国立競技場のすぐ隣ですから、そこをイベント・スペースにするなど、経済合理性に欠けると言わざるを得ません。
斎藤 そもそもコロナで人はあまり集まらないし、これから少子化でコンサートに行く世代も減っていく。これから続く円安の影響も無視できません。海外のバンドは、円安の日本でコンサートを開いても利益が出にくいから、来日公演も減っていくでしょう。今報道されている国立競技場の維持費年間20億円超を国が負担という予測さえも甘いものになるかもしれません。
■市民の力が試されるとき
ロッシェル 今回の再開発では、結局、長期の視点での財務予測がまったくされていないのです。
斎藤 要するに、東京はオーバー・ディベロップメントなんですよね。今回の再開発のような無理筋の計画を押し通そうとしても、結局、得られる利益は少ない。東京はすでに成熟した経済なので、利潤を生もうとしても、矛盾が蓄積するだけなのです。それにもかかわらず、日本はいつまでも、昭和の開発モデルにとらわれている。
ロッシェル むしろ100年前に、100年後を見越して神宮外苑の木々を植えてくれた人たちのほうが立派です。
斎藤 先進国はどこでも経済成長の限界にきています。そんな社会で金儲けをしようとすれば、環境を破壊し、人々の暮らしを抑圧していくことになる。GDPでは測れない本当の豊かさを考えるべきときなのです。
神宮外苑は、あまりお金を使わなくとも市民が自分の時間を豊かに過ごすことのできる場所でした。ある意味、私が目指したい脱成長経済の先取りをしている公共空間です。こうした公共空間の破壊が全国で進んでいますが、まずは市民の力で神宮外苑の再開発にストップをかけたい。
『人新世の「資本論」』では、3.5%の人たちが立ち上がると社会が変わるという話を紹介しました。ハーバード大学の政治学者の研究によるものですが、この立ち上がる市民の輪にできるだけ多くの人に加わってほしいものです。
ロッシェル ええ、私たち市民の力が試されています。
■斎藤幸平
東京大学大学院准教授。1987年、東京都生まれ。専門は経済思想・社会思想。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。ベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)は「新書大賞2021」を受賞。「アジア・ブックアワード」で「イヤー・オブ・ザ・ブック」(一般書部門)に選ばれた。
■ロッシェル・カップ
経営コンサルタント。ジャパン・インターカルチュラル・コンサルティング代表取締役。1964年、ニューヨーク州生まれ。シカゴ大学経営大学院修了(MBA)。主な著作に『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』(クロスメディア)、『英語の品格』(集英社インターナショナル)。朝日新聞GLOBE+で連載も行う。