昨年末、ゼロコロナ政策による厳格な行動規制を突如撤廃した途端、一気に数億人が感染したといわれる中国。ウィズコロナどころか「フルコロナ」状態だが、それでも人々は久々の自由を謳歌しているという。一方、医療現場はまさに「地獄絵図」と化している――。
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■わずか1ヵ月間で数億人が感染した理由
「全人口14億人のうち、すでに6億人が感染した」
一部のメディアがそう報じるほど、中国全土でコロナ感染者が爆発的に増えている。しかもその数字は、最初に感染が確認された2019年末以降の累計ではない。厳しい行動制限を伴う「ゼロコロナ」政策が解除された昨年12月上旬から、わずか1ヵ月間で億単位まで爆増したのだ。
上海市内で診療を行なうパークウェイ医療の消化器内科部長、友成暁子(ともなり・あきこ)氏がこう話す。
「中国では感染者数の公式発表がないので正確な数字は把握できませんが、体感では、この1ヵ月で上海市民の9割ほどが感染した印象です。ゼロコロナ解除前まで感染者は全市民の1%もいませんでしたが、解除後はすべての施設や家庭で一気に広がりました。街全体が巨大なクラスターに覆われたような感じです」
北京市や深圳(しんせん)市などほかの大都市の多くも似たような状況にあるという。急激な感染拡大はなぜ起きたのか? 中国事情に精通するジャーナリストの高口康太氏が語る。
「昨年12月まで、中国では無症状の感染者も濃厚接触者も、さらには濃厚接触者の濃厚接触者までも、すべて隔離するという徹底した感染対策で国民の行動を厳格に制限してきました。
感染者をあぶり出すために全市民にPCR検査を強制し、感染者が出た建物は住民を一歩も外に出さないよう完全に封鎖。ある街では感染者のペットは殺処分する、といった徹底ぶりでした。
ところが、このゼロコロナ政策によって経済が停滞し、人権を度外視した理不尽な感染対策に国民の不満が爆発。昨年11月末に、国内外の各地で抗議デモが一気に広がったのです。これを受け、中国政府は12月7日にゼロコロナ政策を大幅に緩和、事実上解除しました」
その後、PCR検査は不要になり、隔離措置も撤廃されたばかりか、「重慶市など一部の都市では陽性でも『軽症なら出勤容認』との通達が出た」(高口氏)という。
「政府は『コロナは恐ろしい病だ』と言って世論をコントロールしていましたが、これを一気に翻し、『コロナはただの風邪』と言わんばかりに規制を緩和した。それも段階的にではなく一気に、ゼロコロナから〝フルコロナ〟へ180度転換しました。感染爆発はその反動です」(高口氏)
感染者が爆発的に増えた要因はほかにもある。
「2020年以降、ゼロコロナ政策を講じてきた中国にとって、今回の感染拡大は〝第1波〟です。他国は何度も感染の波にさらされるうちにウイルスへの免疫を獲得していきましたが、中国にはその経験がない。
つまり、感染力の強いオミクロン株のウイルスを、ほぼ〝ノーガード〟の状態で浴びたことが、感染拡大の大きな要因になったと感じています」(前出・友成氏)
■春節の大移動による日本への影響は?
ゼロコロナ解除後、都市部では公共交通機関が混雑し、レストラン、居酒屋、クラブなども通常営業を再開。まずは若年層を中心に感染が急拡大した。当時の混乱ぶりを友成氏がこう話す。
「12月中旬からクリスマスにかけて患者が殺到。その時期は軽症者ばかりで、多くの人は解熱剤を求めて来院されていたのですが、その数があまりにも多すぎて、一時期、上海市内から解熱剤が消えました。当院でもクラスターが発生し、通常なら数十人いる院内のスタッフが3人に。
その後、都市部で深刻な医療機関の人手不足を解消するため、政府が『医療従事者は陽性でも出勤を』との通達を出した。当院でも複数のスタッフがせき込みながら勤務に当たる状況になりました」
友成氏によると、12月中旬から10日間で感染が一気に広がり、「上海市では今や感染歴のない人が少数派」という。その結果、都市部ではいびつな行動変容が生じた。
北京市在住の日本人ビジネスマンがこう話す。
「例えば、外食する際には感染経験のある人だけで行くのが普通になり、未感染者が仲間外れになるという現象が起きています。飲食店や美容室では未感染者が入店拒否されることも。その結果、『早くコロナにかかりたい』という風潮さえ生まれています」
中国では間もなく春節(旧正月)の大型連休(21~27日)が始まる。平時なら訪日客が大挙して押し寄せるところだが、日本政府は年明け、中国からの入国者への水際対策を強化した。友成氏が言う。
「私の周りでも日本旅行を予定している人が多かったのですが、入国時の検査で陽性になった場合、7日間の隔離が必要となった点などが敬遠され、キャンセルする人が続出しました。なので、春節の大移動に伴う日本への影響は限定的かと思います。
そこで今、旅行先として人気上昇中なのが香港やマカオです。ここでは中国本土では供給されていないmRNA(メッセンジャーアールエヌエー)ワクチンが接種できる。そこに目をつけたアリババグループとIT大手のテンセントが、香港とマカオの医療機関と提携し、ワクチンの接種予約ができるアプリを開発。その影響で旅行希望者が急増しています」
■最終的に死者は100万人を超す?
中国都市部の新規感染者数はすでにピークを迎え、今は右肩下がりの状況にあるという。だが、医療現場の逼迫(ひっぱく)は深刻だ。友成氏がこう話す。
「コロナは感染のピークから1週間~10日ほどで中等症や重症の患者が増えますが、まさに今がそのタイミングで、都市部の医療機関は即入院が必要な感染者であふれ、危機的な状況です。
上海市内のある病院ではロビーに50~60台のベッドが並べられ、仕切りもカーテンもない環境で患者が横たわり、医療者が歩き回って治療に当たっている。そこに次から次へと救急車が到着するのですが、病床もICUも満杯で、患者を救急車のベッドで寝かせたまま何時間も待機しなければならないという状況が続いています」
クリスマス前までは軽症者向けの解熱剤が不足していたが、今は「抗ウイルス薬のパクスロビドやステロイド薬、酸素濃縮器など、重症者向けの薬や医療器具が不足している」(友成氏)のが現状だ。
前出の高口氏も言う。
「中国は米ファイザー社からパクスロビドを調達していますが、医療機関などに配布するシステムができたのはつい最近。ゼロコロナ政策下では薬の処方が必要な患者が少なかったためです。薬の備蓄も配布体制もなく、ゼロコロナを解除したのは非常に筋が悪かった。その弊害が今出ているということです」
さらに医療従事者を困らせているのがこの点だ。
「中国政府は自国にとってネガティブな情報は公開しません。そのため、コロナを原因とする死者数や重症者数の正確なデータを把握することができず、今どんな株が流行しているのかさえわからない。
それらがわかればより効果的な治療のアプローチができますが、中国ではそれがかなわない。どこの医療機関にICUの空きがあるかという情報も公開されないので、受け入れ不能な病院の前で重症患者が長時間待たされる状況が起きています」(友成氏)
中国政府は1月以降の死者数について、連日ひと桁台の数字を発表しているが、「実際の数字とは相当乖離(かいり)しているはず」と高口氏はみる。
「中国国内のある病院では霊安室に遺体を収容しきれず、床に転がされているという話も聞きます。それは死者が急増して火葬場がパンクしているから。コネや賄賂を使わないと火葬ができないともいわれています」
上海市では「骨壺の争奪戦が激しくなっている」(友成氏)という。12月29日、英国の医療系調査会社エアフィニティは、中国の1日当たりの死者数は約9000人と試算。1月23日にはピークに達し1日約2万5000人になると見込んでいる。
「それくらい死者が出ていても不思議ではないでしょう。現在の第1波がいつ収まるかにもよりますが、最終的には100万人以上の方がお亡くなりになるのは間違いないだろうと思います」(高口氏)
だが、こうした医療現場の窮状が中国の一般国民の目に触れる機会は限られる。政府が情報を遮断することで、中国の社会は「分断されている」と高口氏は言う。
「重症化リスクの高い基礎疾患のある人や高齢者、その家族は対策の再強化を望んでいますが、周囲にそういった高リスクの人がいない人、感染しても軽症で済んだ人などの多くは、『コロナはただの風邪だから、今のままでいい』と考えています。また厳格な行動制限で自由を奪われるよりはマシだと」
高口氏は今後の中国にこんな懸念を抱いている。
「多くの中国国民は正確な情報が与えられていないので、コロナは容易に再感染するという知識もない。また、米国ではコロナの後遺症である倦怠(けんたい)感などを抱えて仕事復帰できない人が増え、さまざまな分野で労働力不足が起きているといった問題もあります。それが人口14億人の中国で起きたらどうなるか。経済への影響は深刻でしょう」
抗議活動への逆ギレともみられる、ゼロコロナからフルコロナへの大転換。そのツケはこれから回ってくる?