「地方移住」=「キャリアの中断」だった時代はもはや過去。リモートワークの普及により、移住後の職の選択肢が一気に広がっている「地方移住」=「キャリアの中断」だった時代はもはや過去。リモートワークの普及により、移住後の職の選択肢が一気に広がっている
相次ぐ値上げラッシュで庶民の家計は大打撃。しかし賃金は上がらないまま。都心部では高い住居費や青天井の教育費に追われ、一般的に「勝ち組」と言われる年収1000万円世帯でも生活は決してラクではない。

副業か起業か、はたまた投資か――。少ない選択肢に悩むサラリーマンにとって、一筋の光明となりえるのが「リモート移住」だ。しかも移住者は、政府や自治体から、高額の補助金や支援金が受け取れるケースもあるという。パンデミックを機に手軽になった、新しい移住方法についてレポートする。

■農家とリモートワークの"兼業生活"を実現

「リモート移住」とはその名の通り、リモートワークを収入源として移住することだ。パンデミックを機にリモートワークが広がるなかで可能になった、新しい移住の形態である。
昨年、リモート移住を決断した飯田直樹さん(仮名、38歳)はこう語る。

「もともと大阪で営業職をしていたのですが、上司のパワハラがひどく軽いうつ状態になっていました。そんなとき父親が急に倒れ、実家の梨園を継ぐため鳥取県にUターン移住することになったんです」

これまでUターン移住では、このまま稼業の梨園に専念するか、郷里の付近で職を探すしかなかった。しかし......。

「東京に本社のある企業に営業マンとして転職し、月1、2回の出張をこなす以外は、基本的にリモート勤務しています。キャリアも捨てたくないし、年収も安定させたい。そんなときに"リモート移住"という言葉にピンときたんです」(飯田さん)

こうして飯田さんは今、郷里で営業マンと農業という二足の草鞋(わらじ)を履いている。

「一次産業は忙しいと思われがちですが、収穫などで忙しい『農繁期』と作業が少ない『農閑期』がある。収穫期こそ家族総出で園地に出向きますが、その他の時期はやり方によっては結構時間ができるので、会社員と農業の両立も十分可能です」(同)

また、2年前まで都内の広告代理店でPRを担当していた宮田大吾(仮名、35歳)さんも「リモート移住」を実行したひとり。

「妻の実家が酪農を営んでいるのですが、後継者問題に頭を悩ませていまして。僕もかねてから『うちの家業を継いでくれないか』と言われていたのですが、このままキャリアを断絶させるのが怖くて、しばらく返事を濁したままでした」

しかしある日、義父にガンが発覚。幸い命には別状がなかったが、コロナ禍でテレワークが定着したこともあり、妻と5歳の息子とともにリモート移住を決断した。

宮田さんは知人の紹介でフルリモート就労が可能な企業に転職し、前職のキャリアを活かせる部署に配属された。

「朝晩は義父と共に牛舎に行き、日中は東京の本社とZoom会議をする日々です。東京では保育園やシッター代がかさみましたが、ここでは妻の実家が近いので、義実家のサポートも得られる。妻の笑顔も増えた気がします。今は近隣の同世代の酪農家たちとコミュニティをつくって、酪農の魅力や地方移住の良さを発信しようと画策中です」

■各種助成金、補助金に注目。300万円出るケースも!

2つの事例が表すように、リモートワークによって地方移住のメリットを享受できるケースは増えている。

「かつては地方移住=田舎暮らし、というイメージが一般的でしたが、コロナ禍を経て東京の会社に勤めながら移住先で暮らす"リモート移住"もトレンドになっています。

NTTやYahoo!といった大企業が、日本全国どこに住んでいてもリモートワークで働ける制度を導入したことも追い風になっていますね」

そう語るのは、移住とテレワーク事情に詳しいイマクリエの鈴木信吾氏だ。

「地方移住に不安を覚える人も多いですが、まずはその不安を因数分解するべき。①初期費用を含めた費用は問題ないか ②病院や学校、スーパーなどの生活インフラはどの程度、不便になってもいいか ③地域コミュニティとどう交流していくか。この3つの要素を点検していくことで、課題も明確になるはずです」

なにより地方移住には、引越費用や住居費用などがかかり、まとまった資金が必要になる。そこで注目したいのが、移住先の自治体による各種支援だ。

「まず国や自治体から『もらえるお金』をくまなくチェックすることが不可欠ですね。内閣府による『起業支援金・移住支援金』を利用すれば、たとえば首都圏1都3県から地方へ移住して社会的事業を起業等した場合、最大300万円の支援金がもらえます。

内閣府の企業支援金と移住支援金を利用すれば、最大300万円を受け取ることも可能だ内閣府の企業支援金と移住支援金を利用すれば、最大300万円を受け取ることも可能だ
また、今年度には18歳未満の子どもには、1人当たり100万円がプラスでもらえるようになると報じられています。

そして「移住検討補助」といって、移住前の検討段階での渡航費や宿泊費を補助してくれる仕組みもある。これを利用しない手はありません。

具体的な事例を挙げると、静岡県では移住支援金に子供の数に応じて加算される制度があり、移住支援金とは別に18歳以下の子供1人につき30万円が追加されます。

また『みどりの住環境整備補助制度』といって、県外から移住してくる人が家庭菜園や芝生の植栽を行った場合、最大15万円の補助が出る仕組みもあるようです。

静岡県内では藤枝市の取り組みが進んでいて、『仲良し夫婦移住定住促進事業』では結婚後3年以内の子育て前の夫婦世帯が新築住宅の建築を行った際に、最大50万円の補助が出る制度もあります。

農業に興味がある方は鳥取県もおすすめ。『鳥取ふるさと就農舎農業体験者募集』では、2年間、農業を体験しながら年間120万円の助成金が受けられます。

また、『ふるさと鳥取県定住機構』が実施するツアーを利用すると交通費を支援してくれるので、移住前の検討段階から補助が手厚いのもポイントです。

奨学金の返済に悩む人は、山梨県のサービスを知るべき。新卒者を中心に、山梨県に8年間以上勤務し、かつ県内に定住の意思がある奨学金利用者は、借りた奨学金の8分の1を毎年受け取れる制度がある。

弊社には地方移住したスタッフが大勢いますが、『もらえるお金についてもっと調べておけばよかった』という声も少なくありません。事前のリサーチが地方移住の明暗を分けるといっても過言ではない」

地方移住成功のカギを握る、移住支援金の積極的活用。具体的な起業アイデアがある人も、「いつかは沖縄の海を眺めながら、東京のオフィスとリモート会議を......」と夢想する人も、アンテナを張っておいて損はないはずだ。

●鈴木信吾
イマクリエ代表取締役。2002年青山学院大学を卒業後、大手住宅メーカーを経て2007年に起業。総務省による令和4年度「テレワーク先駆者百選」では総務大臣賞を受賞。趣味は登山とサウナ