心機能低下、糖尿病、組織障害(膵臓、腎臓、肝臓)、認知障害、脳血流低下、血栓、勃起不全、精子数の減少など、コロナ後遺症にはさまざまな症状があることが最新の研究でわかってきている心機能低下、糖尿病、組織障害(膵臓、腎臓、肝臓)、認知障害、脳血流低下、血栓、勃起不全、精子数の減少など、コロナ後遺症にはさまざまな症状があることが最新の研究でわかってきている

日本の新型コロナウイルスの陽性者の累計は3250万人を超え(1月31日時点)、報告に上がらない「隠れ感染者」も含めれば、その数はさらに膨れ上がるのは間違いない。

そんな中、徐々に明らかになっているのが、コロナ後遺症の問題だ。2類相当から5類への移行議論が本格化し、「ウィズコロナ」に向けてかじを切る日本が直面する後遺症の実態と、取り組むべき課題を専門家に聞いた。

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■コロナ後遺症は無視できない重要な課題

政府が新型コロナを感染症法上の「2類相当」から季節性インフルエンザと同等の「5類」とする方針を明らかにし、屋内でのマスク着用の見直しを求める声が高まるなど、感染対策の緩和で「ウィズコロナの日常」に向けて動き出している日本。

ワクチン接種の普及やオミクロン株の重症化および致死率の低下で「コロナはインフル並みの病気になった」という認識が広がる一方で、昨年から続く「第8波」では過去最多の感染者と死者を記録した。一部では医療の逼迫(ひっぱく)も起きているが、普通の日常を取り戻し、社会と経済を回していくという大きな流れは変わりそうもない。

日本の新型コロナ陽性者数は3250万人を超え、単純計算で「4人にひとり」が感染を経験していることになる。ただ実際には多くの「隠れ感染者」も存在し、今後、感染対策がさらに緩和されることを考えると、近い将来「日本人一億総感染」という日が来ても不思議ではない気もするが、そこで大きな課題となるのが「コロナ後遺症」の問題だ。

「一般に『ロング・コビッド』(Long COVID)と呼ばれるコロナ後遺症は新型コロナに感染後、一部の人たちに起きている『長く続くさまざまな症状』の総称で、WHO(世界保健機関)は感染3ヵ月後、アメリカでは4週間後も続く症状をコロナ後遺症と定義しています」

と語るのは、感染症に関する政策立案などを行なう東京都iCDCの後遺症タスクフォース座長を務める東北大学大学院の小坂健(おさか・けん)教授だ。

コロナ後遺症は、どの程度の割合で起きているのか?

「コロナ後遺症が非常に厄介なのは症状が多様なことに加えて、その症状が続く期間も、人によって数週間から数ヵ月単位、長いものだと数年単位と幅広いことです。何をもってコロナ後遺症とするかによってデータの見方も変わるのですが、海外の研究報告を基にざっくりと言うなら、感染者の『約1割』がなんらかの形でコロナ後遺症を経験、あるいは今も苦しんでいると考えていいでしょう。

これを累計で、3250万人を超える感染者が出ている日本に当てはめれば、数百万人がコロナ後遺症を経験しているはずで、これから日本社会がウィズコロナの日常に向かう中、コロナ後遺症は無視できない重要な課題になっています」(小坂氏)

新型コロナウイルスに血管の内壁が感染すると、血栓という血の塊ができることがある。この「微小な血栓」がコロナ後遺症の要因になっている可能性もある新型コロナウイルスに血管の内壁が感染すると、血栓という血の塊ができることがある。この「微小な血栓」がコロナ後遺症の要因になっている可能性もある

■多様な症状が現れる複数の要因とは?

味覚障害や倦怠(けんたい)感、長引く咳(せき)と痰(たん)、頭がボーっとして集中力が続かない「ブレインフォグ」(脳の霧)などで知られるコロナ後遺症だが、それ以外にも、さまざまな症状が報告されている。

「心臓、肺、膵臓(すいぞう)、免疫系、腸管、脳、肝臓、腎臓、それから血管、生殖器などに関わる不調から、うつ病などの気分障害まで、コロナ後遺症の症状は本当に多様です」

と語るのは、免疫学者で大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授の宮坂昌之(みやさか・まさゆき)氏だ。

「私自身も、昨年12月にコロナの感染を経験したのですが、それから1ヵ月以上たった今も咳や痰の症状が残っていますし、長期間、息苦しさが続く人も多いようです。

また、大きな問題となっているのが心機能の低下や心筋炎、動悸(どうき)、胸の痛み、頻脈などの心血管系の異常と、脳の萎縮や認知機能の低下、味覚、嗅覚障害などの神経系の異常です。全体の中では約1割程度と少ないですが、免疫系の異常も見られます。

それ以外にも、筋肉痛や慢性の疲労感、生殖器系では男性の場合、勃起不全や精子の減少、女性では生理不順など、さらには長期間にわたるメンタルの不調で苦しんでいる人も多いようです」(宮坂氏)

なぜコロナ後遺症では多様な症状が現れるのか? そこには複数の要因があると考えられている。

「普通の風邪やインフルエンザと新型コロナウイルスの大きな違いのひとつが、新型コロナは感染力が強く、喉や鼻などの上気道だけなく、肺やそのほかの臓器、神経細胞や血管など全身に感染が広がることもあるという点です。

そのため、コロナ感染が重症化するなどしてほかの組織や臓器に感染が広がったケースでは、その後、ウイルスによる感染が収まってもその部分には深刻なダメージが残り、それが後遺症につながる可能性がある。

また、コロナ後遺症との関係で注目されているのが、感染によって血管内にできる『微小な血栓』がもたらす影響です。

新型コロナウイルスに血管の内壁(内皮細胞)が感染すると、血栓という血の塊ができることがあります。これが脳や心臓の血管に詰まると、脳梗塞(こうそく)や心筋梗塞などの症状を引き起こすことがあるのですが、それより小さな血栓でも体のどこかで細い血管を詰まらせれば、その部分の血流が悪化して臓器の機能が低下してしまう。こうした微小な血栓が詰まる場所によって、さまざまな症状を引き起こしている可能性が考えられています」(宮坂氏)

前出の小坂教授は、新型コロナウイルスの場合、いったん喉や鼻などの粘膜からウイルスがいなくなり感染から回復したと思っても、実際にはまだウイルスや死滅したウイルスのRNA(遺伝子の一種)の破片が体内に残っている「持続感染」が起きていることがあり、これが後遺症の原因になっている可能性もあると話す。

「記憶力や思考力、集中力が低下する『ブレインフォグ』と呼ばれる症状では、これらの持続感染が、記憶をつかさどる脳の海馬の神経細胞に影響を与えているのではないかと指摘されています。

また、持続感染が私たちの免疫を刺激して、免疫の暴走を引き起こしているのではないか、との見方もあります。

もちろん、気分障害などのメンタルな症状は、コロナ禍での社会的な要因が関係している場合もあるでしょう。

いずれにせよ、コロナ後遺症と呼んでいる、さまざまな症状にはいくつもの異なる要因があると考えられますから、当然、その治療法や対処法もひとつではないはずです」(小坂氏)

新型コロナ感染者の「約1割」が、なんらかの形でコロナ後遺症を経験、あるいは今も苦しんでいると考えられている新型コロナ感染者の「約1割」が、なんらかの形でコロナ後遺症を経験、あるいは今も苦しんでいると考えられている

■30代から50代に後遺症が多い

もうひとつコロナ後遺症が厄介なのは、コロナ感染が軽症、あるいは無症状だった人にも後遺症が残るケースが少なくないことだ。

「『ネイチャー・レビューズ・マイクロバイオロジー』という著名な科学雑誌が1月13日付で掲載した欧米での研究データによると、コロナ感染で入院が必要だった人では約半数が後遺症を経験していますが、入院の必要がなかった軽症や無症状の人でも10~30%という高い割合で後遺症が報告されています。

また、年齢では36歳から50歳に後遺症が多く見られ、男性よりも女性の割合が若干高く、複数回感染した人ではより後遺症が出やすいというデータもあります。

最近では『コロナの感染で死亡したり、重症化したりするのは一部の高齢者や基礎疾患のある人だけ』と思っている人が多いようですが、このまま感染拡大が続き、30代から50代という社会の働き手の中核となる世代に『コロナの感染自体は軽症でも、その後の後遺症で悩む人』が増えていくとすれば、深刻な問題だと思います」(宮坂氏)

岸田文雄首相は5月8日に、新型コロナの感染法上の位置づけを2類相当から5類に見直す方針を決めた。ウィズコロナの日常を取り戻すには、後遺症対策も進める必要がある岸田文雄首相は5月8日に、新型コロナの感染法上の位置づけを2類相当から5類に見直す方針を決めた。ウィズコロナの日常を取り戻すには、後遺症対策も進める必要がある

■後遺症を放置すれば社会も経済も回らない

では、私たちはコロナ後遺症の問題にどう向き合えばいいのか?

XBB.1.5(通称クラーケン)など、ワクチンの感染予防効果をすり抜ける新たな変異株が現れる中、ワクチンで感染を完全に防ぐことは難しいが、少なくともワクチンの重症化予防効果は依然として有効だといわれている。

最低3回のワクチン接種で重症化を防ぎ、後遺症が出る可能性を少しでも下げるというのが、数少ない防衛手段かもしれない。

「それでもなお、コロナに感染し、その結果多くの人が後遺症を抱える可能性がある以上、政府や企業、医療関係者やメディアなどを含め、日本の社会全体がコロナ後遺症の問題を直視し、それに対応できる仕組みを早急に整えることが必要です」(小坂氏)

世界中でさまざまな取り組みが行なわれているが、症状が多様なコロナ後遺症は、そのメカニズムがはっきり解明されていないため明確な診断基準もなければ、予防や治療の方法も確立されていない。

そうした中、社会や経済を回してウィズコロナの日常を進めれば、コロナ後遺症を抱える人は確実に増えていくことが予想される。

「よく、欧米諸国は日本よりも先にウィズコロナを進めているといわれていますが、彼らはその一方でコロナ後遺症への対策を最重要課題と位置づけていて、すでにアメリカ政府はコロナ後遺症の対策に関する研究に、総額で11.5億ドル(約1500億円)という巨費を投じています。

日本もこの先、感染症対策を緩和していくのなら、それに伴って増え続けるコロナ後遺症の研究や、医療体制の整備に本腰を入れて取り組む必要があると思います。

それと同時に、社会全体がコロナ後遺症患者の存在を受け入れて、柔軟に対応する仕組みも必要です。

コロナ後遺症の中には、ひどい倦怠感や気分障害など、人から病気だと理解してもらいづらい症状も多く、そうした後遺症を抱える人たちが不安や孤独に苛(さいな)まれている例が少なくありません。

そうした不調を抱えている人たちが、周囲や職場の無理解によって仕事を失ったり、孤立することなく、安心して休める社会に変えていく必要があるでしょう。

逆にそうした努力を怠れば、今後もコロナ後遺症が原因で社会的、精神的に追い詰められる人が増え続け、自殺者が増えてしまうかもしれない。それではウィズコロナの日常と経済は回っていきません」(小坂氏)

どんなに致死率が下がっても、後遺症の問題がある限り「コロナはインフルと同じ」というわけじゃない。

もしこの先、国内にいる大半の日本人が感染するとしたら、極めて多くの人が後遺症に苦しむ可能性を考えておかなければならない。

「ウィズコロナの日常」=「ウィズコロナ後遺症の日常」だという覚悟が必要なようだ。