東京電力ホールディングスの小早川智明社長。経済産業省に規制料金の値上げ申請を行なった東京電力ホールディングスの小早川智明社長。経済産業省に規制料金の値上げ申請を行なった

電気料金はどこまで上がるのか......? すでに昨年から電気料金の値上げを実感している人も多いと思うが、そこに追い打ちをかけるかのような今回の東京電力をはじめ、大手電力各社の値上げ申請。日本の電気料金にいったい何が起きているのか? 徹底解説する!

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■値上げ申請された「規制料金」とは?

昨年から高止まりが続いている日本の電気料金。「電気を無駄遣いした覚えがないのに、自宅に届いた、あるいはネットで確認した電気料金の請求額を見てビックリ......」という人も多いかもしれない。

そうした中、1月23日に東京電力は家庭向け電力のうち「規制料金」の値上げを経済産業省に申請。値上げ幅の平均は29.31%で、今年6月からの値上げを目指すという。

また東北、北陸、中国、四国、沖縄電力の各社もこの4月から、北海道電力は6月からの値上げを申請済み。いずれも値上げ幅は3割から5割ほどで、北陸電力が最も高い平均45.84%となっている。

その一方で、政府は物価高騰対策の一環として、標準的な家庭用の電気料金の約2割に当たる負担軽減策を実施する準備を進め、東京電力など大手10社については今年1月使用分から9月使用分までの値引きを行なう(ただし9月分の値引き幅は半分)。

この政策によって一時的には電気料金の負担は軽減されるが、電力各社が申請した値上げ幅はいずれもその軽減分を上回るため、実際に値上げが始まる春以降は多くの家庭で電気料金が上がることになりそうだ。

だが、ちょっと待て......。今回、電力各社が値上げ申請をする以前から、電気料金の請求額はグングン上がっていなかったか? その理由を知るには、まず、少し複雑な家庭用電気料金の仕組みを理解しておく必要がある。

一般的な家庭用の電気料金には「規制料金」と「自由料金」のふたつのタイプがある。

規制料金は2016年の電力小売り自由化以前から、大手電力10社が提供してきた料金プランのことだ。

基本料金や使用した電力に応じた電気料金などを国が規制しているため、電力会社は自ら値上げを決めることができない。今回、主要電力7社が経産省に申請したのは、この規制料金の値上げなのだ。

一方、自由料金は電力小売りの自由化後に導入された新しい料金プラン。消費者は大手電力だけでなく、新たに参入した電力小売り各社も含めた複数の選択肢から契約先を絞り、各社が提供する料金プランの中から自分に合ったものを選ぶことになる。

こうした自由料金は、従来の規制料金に比べて多様なサービスが期待できるため、ここ数年で着実に利用者が増えているのだが、規制料金のような縛りはない。そのため、昨年からのエネルギー価格の高騰などを背景に、電気料金の値上げが行なわれているケースが多いのだ。

政府は今年1月使用分からの電気料金を約2割下げる負担軽減策を打ち出しているが、電力各社の値上げ分をカバーできるものではない政府は今年1月使用分からの電気料金を約2割下げる負担軽減策を打ち出しているが、電力各社の値上げ分をカバーできるものではない

■「自由料金」との格差の是正が目的?

「もうひとつ、電気料金を押し上げているのが『燃料費調整制度』の存在です」

と語るのは、エネルギー経済社会研究所の代表を務める松尾豪(まつお・ごう)氏だ。

「電気料金のコストのうち燃料費はエネルギーの市場価格や為替レートに大きく左右されます。燃料費の変動を、迅速に電気料金に反映させるのが燃料費調整制度です。

これはいわば、航空券の運賃に加算される燃料サーチャージのようなもので、燃料価格が各社の設定する基準値を下回ると、その分電気料金から引かれますが、逆に上回ると燃料価格の上昇に応じて燃料費調整額が加算される仕組みになっています(図表①参照)」

【図表①】燃料価格の高騰によって「燃料費調整単価」が上昇している。規制料金の場合はプラスの上限が設定されているが、自由料金の場合は上限があっても撤廃に踏み込む小売り各社が相次いでいるのが現状【図表①】燃料価格の高騰によって「燃料費調整単価」が上昇している。規制料金の場合はプラスの上限が設定されているが、自由料金の場合は上限があっても撤廃に踏み込む小売り各社が相次いでいるのが現状

ちなみに規制料金の場合は、燃料費調整額の上限を定めていて、それ以上は加算されない。自由料金の場合は、上限を設けているプランもあればそうでないものもあるが、新電力の多くは昨今の燃料価格高騰を受けて、上限の撤廃を進めているのが実情だ。

「今回、電力7社が行なった規制料金の値上げ申請は、昨年の時点で燃料費調整額が上限を超えていて、これ以上、燃料価格の上昇分を電気料金に上乗せできない規制料金と、すでに値上げが行なわれている自由料金の格差を是正する意味もあるでしょう。

ただし、2023年の世界のエネルギー需給も依然として不透明な状況で、国際エネルギー機関(IEA)が昨年12月に発表したリポートによると、ヨーロッパでは今夏、270億立方メートルの天然ガスが不足すると予想されていて、国際的な天然ガスの争奪戦がさらに激化する可能性も十分考えられます。

その結果、燃料価格が上振れすれば、燃料費調整制度で自由料金プランの電気料金は上がります。一方、すでに燃料費調整額が上限に達している規制料金プランは電力会社の経営を圧迫し、電力各社はさらなる値上げ申請を迫られるかもしれません」

■原発再稼働ありきの値上げ申請

今後、電気料金のさらなる値上げが最も懸念されるのが、規制料金の3割値上げを申請したばかりの東京電力だ。

「値上げ申請に際して、東京電力が政府に提出した電力料金の原価算定は、現在、運転を停止している新潟県の柏崎刈羽原子力発電所が今年10月から順次再稼働するという前提での数字になっています。

しかし柏崎刈羽原発の再稼働に関しては、まだ地元自治体にきちんとした理解を得られていませんし、原発施設内でのIDカード不正使用や核物質防護設備の機能の一部喪失などの問題で、東京電力のガバナンスに対する懸念も解消されていません。

そのため、10月に柏崎刈羽原発の再稼働が実現できるかは極めて不透明ですが、仮に再稼働ができなければ、東京電力は算定を見直さざるをえず、さらなる規制料金の値上げに迫られる可能性が高いと思います」(松尾氏)

うーん、このところ岸田政権が原発推進や原発再稼働への強い意欲を見せているとはいえ、柏崎刈羽原発の再稼働について、具体的な時期の見通しも立っていないのに、東京電力は「今年10月の再稼働ありき」で電気料金の値上げを申請したというわけだ。

その結果、「原発が再稼働しないと、電気料金の値上げは3割じゃ済みませんよ」という話になり、「これ以上の電気料金の高騰を防ぐためには原発再稼働もやむなし」という方向へと世論を傾けようとしているのでは?と、勘繰ってみたくもなる。

現在、停止中で再稼働のメドが立っていない東京電力の柏崎刈羽原子力発電所現在、停止中で再稼働のメドが立っていない東京電力の柏崎刈羽原子力発電所

■原発再稼働しても値上げは止まらない?

だが、ウクライナ戦争の影響などによる世界的なエネルギー需給の不安定化と、円安で天然ガスや石油、石炭などの燃料輸入価格が高騰して電力会社の経営が悪化する中、「単純にコスト面で考えるなら、原発再稼働のメリットが大きいのは事実です」と松尾氏は指摘する。

「図表②に示した東北電力の電気事業営業費用の資料を見ると、21年と22年では燃料費・購入電力料の額が6000億円以上も上振れしていて、エネルギー価格の変動が電力会社の経営を大きく圧迫していることがわかります。

【図表②】東北電力の第2四半期決算における電気事業営業費用の21年と22年を比べると、燃料費・購入電力料が6000億円以上も上振れしている。燃料価格の高騰がいかに電力会社の経営を圧迫しているかがわかる。図/エネルギー経済社会研究所提供の図表を参照して作成(出所:東北電力IR情報)【図表②】東北電力の第2四半期決算における電気事業営業費用の21年と22年を比べると、燃料費・購入電力料が6000億円以上も上振れしている。燃料価格の高騰がいかに電力会社の経営を圧迫しているかがわかる。図/エネルギー経済社会研究所提供の図表を参照して作成(出所:東北電力IR情報)

もちろん原発も、燃料のウランは輸入しますし、使用済み核燃料の再処理もフランスに委託しているので、一定の燃料費はかかります。

また、安全対策費についても、例えば宮城県の女川原発の場合、新基準に合わせた対策費に約4800億円を投じたとされていますが、

原発は比較的少ない燃料で大きな出力が得られるため、60年という長期間の運転を前提に考えれば確実にコスト面でのメリットはあると思います」

ただそれでも、12年前に世界最大の原子力災害を経験した日本が「電気料金が上がると困るから」というだけで、安易に原発の再稼働を判断するわけにはいかないだろう。

安全性の問題や原発事故を想定した対策をはじめ、使用済み核燃料の最終処分の問題や、核燃料サイクルなど、原発には依然として多くの課題が残されているのも事実。

松尾氏も「原発にはコスト面やCO2の排出が少ないというメリットがある一方で福島第一原発事故を受けて国民の信頼回復が必要といった課題もあり、

活用を進めるためには、しっかりとした安全対策やそれに見合った電力会社のガバナンスが不可欠で、それに対する国民の目は非常に厳しいと思います」と話す。

また当面は、エネルギー需給の見通しは厳しい状況が続くことから、今後も電気料金がさらに上がる可能性は高く、原発の活用によって、ある程度値上げ幅が抑えられるとしても、原発を再稼働すれば電気料金が上がらずに済むという話ではないという。

「私自身は原発も含めた電力のベストミックスが必要だという立場ですが、この先、日本のエネルギー政策・電力政策はどうあるべきか。

再生可能エネルギー、火力、原子力が持つメリットとデメリットを正しく理解し、その中から何を優先するかを、国民が自分たちの問題として真剣に考える必要があると思います」(松尾氏)

原発再稼働か? それとも電気料金値上げか? ここは節電で暖房の設定温度を下げた部屋でアタマを冷やしつつ、じっくり考えてみるか。