トルコだけでも6000棟近い建物が一瞬にしてがれきの山と化した トルコだけでも6000棟近い建物が一瞬にしてがれきの山と化した
今年の2月1日より気象庁は、これまでの「震度5弱以上の揺れが予想される場合」という緊急地震速報の基準に加え、「長周期地震動」による被害の可能性がある場合にも速報を発表することとなった。しかし現行の建築物の多くは、この長周期地震動に全く無防備。さらに国交省も対策に及び腰だという。その理由について、住宅ジャーナリストの榊淳司氏が指摘する。

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すでに4万人を超える死者が確認されているトルコ・シリア大地震は、震災の脅威を世界に再認識させる大惨事となってしまった。耐震規制を満たさない建築物が多かったことも、被害を拡大させた要因だとする指摘もある。

その一方で、「地震先進国の日本ではこうした被害はあり得ない」などという主張も繰り返されているが、本当にそうだろうか。
 
緊急地震速報の発表基準の改定は、「長周期地震動」という新たに浮かび上がった脅威に対応するアップデートである。

しかし、長周期地震動の発生を速報するだけでは、防災政策としては片手落ちというほかはない。現在日本に存在する建築物の多くは、長周期地震動を想定して設計されておらず、速報を受けても対処のしようがないというケースも予想されるからだ。

■「新耐震」も想定外の長周期地震動

日本は世界一と言っていいほどの地震大国だ。だから、地震に強い建物を作るために、建築基準法で厳しい耐震基準が定められている。この法律は何度も改正されている。その中でも、1981年の6月以降に建築確認が下りた建物を「新耐震」と呼ぶ。それ以前の基準で建てられたものは「旧耐震」だ。

この基準が注目されたきっかけとなったのは、1995年に起こった阪神・淡路大震災。数多くの建物が倒壊あるいは補修できないほどに大破したが、そのほとんどは旧耐震だった。

2011年に発生した東日本大震災でも、新耐震の建物は被害が少なかった。したがって、不動産業界では「取りあえず新耐震のマンションを選んでおけば安心」という考え方が浸透した。

さらに、東日本大震災においては、免震や制震構造の超高層建物の揺れが、普通の耐震構造の建築物に比べて小さかったことが確認された。その教訓により、震災以後に計画されたタワーマンションのほとんどが免震や制震構造を採用している。
 
ところが、この「新耐震」でさえ、長周期地震動に関しては無防備だ。

長周期地震動というのは、マグニチュード7以上で発生する、揺れの周期が長い地震のことだ。1回の揺れが2~20秒で、横に大きく揺れる。東日本大震災においても観測されているが、タワーマンションのような超高層建築物においてより危険が大きく、高層階ほど激しく揺れるので想定外の被害が出やすいとされている。

タワマンの「リアル崩壊」の危険性を指摘する榊氏 タワマンの「リアル崩壊」の危険性を指摘する榊氏
そしてこの長周期地震動は、現行の建築基準法では想定されていない。

2016年6月、国土交通省は、「超高層建築物等における南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動への対策について」という指針を関係団体に通知している。そこでは、長周期地震動への対策が示されているが、実に歯切れの悪い内容となっている。

一部の「対象地域」では新築の場合、2017年4月1日以降に申請された「高さが60mを超える建物と4階建て以上の免震建物」の、長周期地震動に対する安全性の"検討"が義務化されている。

しかし、「安全性の検討」がなにを指すのか、具体的に述べられてはいない。中古の物件に関しては、「自主的な検証や必要に応じた補強等の措置を講じることが望ましい」とさらに曖昧で、義務という言葉さえない。

ただ、こうした中途半端な文言の裏には、国交省の苦慮も垣間見える。つまり、この新たに判明した長周期地震動への対応を盛り込んだ形で建築基準法を改正すると、「新・新耐震」という基準が出来てしまうので、従来の「新耐震」と「旧耐震」は危険だと世間に捉えられるかもしれない。

そうなれば、不動産市場に混乱を招いてしまう。それを避けるために、こういう曖昧な基準を設け、長周期地震動というタワーマンションに対する"新たな脅威"をごまかそうとしているのではないか......。

■超高層建築物も倒壊させる「長周期パルス」

ちなみに近年浮かび上がった、高層建築物にとって新たな脅威となる「揺れ」がもうひとつある。2016年の4月の熊本地震で新たに観測された、「長周期パルス」と呼ばれるものだ。

長周期パルスとは、3秒ほどの長周期の揺れが大きな変位を伴って一気に発生する大きな地震動のことだ。熊本地震では活断層付近で観測された。

この長周期パルスについてはNHKが「メガクライシス・シリーズ巨大危機Ⅱ 第1集 都市直下地震 新たな脅威 "長周期パルス"の衝撃」という番組(2017年9月放映)の中で紹介し、世間に大きな衝撃を与えた。

簡単に言えば、長周期パルスでは、これまで想定していたよりも大きな揺れが突然発生するということだ。そして、やはり現状の免震や制震構造の基準では長周期パルスを想定していない。 

この番組の中で工学院大学の久田嘉章教授は「本当に条件が悪いと、(超高層建物が)倒壊する可能性はゼロではなかった」とコメントしている。番組が制作したシミュレーションドラマでは、建物が崩壊の危険にさらされ、人々が逃げ出すシーンも出てくる。

それはまさに、「タワマンは地震に強い」というこれまでの常識を覆す内容であった。番組では多くの専門家が今、その対策として様々な手法を考案していることも紹介していた。

長周期パルスが発生しやすいのは、活断層のあるエリア。大都市の中では特に、大阪市の中心部が危険とされていた。

阪神・淡路大震災の後、「1981年6月施行の新耐震基準を満たしたマンションなら安心」というムードが、マンション業界を始めとして世間一般に広がっていた。しかし、東日本大震災後に注目された「長周期地震動」と、熊本大地震でにわかに浮かび上がった「長周期パルス」の存在により、新耐震といえども確かな安全性が確保されていない可能性が見出されているのだ。

●榊淳司
住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数。