トルコ南部カフラマンマラシュの被災地。2月6日に発生した2度の大地震で、震源に近い地域では多数の建物が倒壊し、壊滅的な被害に見舞われたトルコ南部カフラマンマラシュの被災地。2月6日に発生した2度の大地震で、震源に近い地域では多数の建物が倒壊し、壊滅的な被害に見舞われた

2月6日、最大級の直下型地震に襲われ甚大な被害を受けたトルコとシリア。それは無論、同じく4枚のプレートがひしめき合う日本にとっても人ごとではない。実際、東日本大震災後には直下型地震が増加し、南海トラフの大地震も目前に迫る中、最も危惧される事態とは?

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■倒壊被害拡大の要因、「キラーパルス」とは?

2月6日にトルコとシリアを襲った巨大地震。震源に近いトルコ南部の都市では多くの建物が倒壊し、両国の犠牲者の数は5万人を超える(2月23日現在)大惨事となっている。

「今回の地震はプレート(岩盤)境界で起きる直下型地震の恐ろしさを浮き彫りにした」

と語るのは、地震や火山のメカニズムに詳しい京都大学の鎌田浩毅(かまた・ひろき)名誉教授だ。

「トルコはアナトリアプレート、ユーラシアプレート、アラビアプレート、アフリカプレートという4枚のプレートがひしめき合う世界有数の地震多発地帯です。

こうしたプレートの境界に沿って、トルコ北側には北アナトリア断層、南東側には東アナトリア断層という大規模な横ずれ断層があり、今回の地震はこの東アナトリア断層に沿って起きました。

まず、地震の規模を表すマグニチュード(以下、M)7.8の地震が発生し、その約9時間後には最初の震源から95㎞離れた場所でM7.5の地震が連続して発生した。これに誘発されて多くの余震が起き甚大な被害を生んだのです」

アナトリアプレート、ユーラシアプレート、アラビアプレート、アフリカプレートという4枚のプレートがひしめき合うトルコ。南東部の東アナトリア断層で起きたM7.8の直下型大地震の約9時間後に、M7.5の大地震が発生したアナトリアプレート、ユーラシアプレート、アラビアプレート、アフリカプレートという4枚のプレートがひしめき合うトルコ。南東部の東アナトリア断層で起きたM7.8の直下型大地震の約9時間後に、M7.5の大地震が発生した

注目すべきは、今回の地震の震源域の広さだ。

「最初に起きたM7.8の地震は、地下で長さ190㎞、幅25㎞にわたり岩盤が動いたと考えられていますが、その後の余震を含めた震源域の広がりは、実に300㎞もあるとみられています。

これは同じ直下型地震で6400人以上の犠牲者を出した1995年の阪神・淡路大震災(M7.3)の震源域である50㎞よりもはるかに大きく、地震のエネルギーは約20倍で、直下型地震としては最大級です」(鎌田教授)

ちなみに、2011年に起きた東日本大震災はM9.0とさらに大きいが、震源は太平洋プレートと北アメリカプレートが接する東北地方沖合の海底で、津波の被害が非常に大きかった。それに対し、今回のトルコ・シリア地震は直下型地震で、建物の倒壊被害が特に目立つという。

「キラーパルス」と呼ばれる短い周期の揺れが都市部の建物を直撃。各階の天井や床がパンケーキ状に積み重なる「パンケーキクラッシュ」が起きた建物「キラーパルス」と呼ばれる短い周期の揺れが都市部の建物を直撃。各階の天井や床がパンケーキ状に積み重なる「パンケーキクラッシュ」が起きた建物

「トルコの地震では、一部の建築物が国の定める耐震基準を満たしていなかった可能性や、古いレンガ造りの建物が多いことなども指摘されています。そもそも直下型地震の場合、阪神・淡路大震災のときもそうだったように、活断層の真上に近い地域では建物に大きな被害が出やすいという特徴があります。

これは、比較的震源の浅い直下型地震が、周期1~2秒の揺れを発生しやすいからで、こうした『やや短周期』に分類される揺れにより低層、中層の建物に被害が起きやすい。実際に耐震基準を満たしている建物でも倒壊する恐れがあることから別名『キラーパルス』と呼ばれます。

今回は活断層沿いに大きな地震が連続して起きたことで、短周期から長周期までさまざまな周期の揺れが発生し、それが建物の倒壊を招いたとも考えられます」(鎌田教授)

■東日本大震災以降、直下型地震が急増

トルコの地震で改めて浮き彫りになった直下型地震の脅威だが、同じく世界有数の地震大国である日本にとっても人ごとではない。

1923年の「関東大震災」から100年目を迎える今年、日本は首都直下地震の脅威に備えるべきだと鎌田教授は警鐘を鳴らす。

「日本列島もトルコと同じく、太平洋プレート、北米プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレートという4枚のプレートがひしめき合う極めて複雑な地殻構造の上に位置しています。

特に首都圏を含む関東から東海地方の東側には北米、ユーラシア、フィリピン海の3枚のプレートの境界が内陸部にまで入り込んでいる。

関東大震災もこのプレート境界で起きた直下型地震で、相模湾沖の海底にある相模トラフから続く断層が大きく割れて内陸にまで達し、推定でM7.9という今回のトルコに匹敵する地震を引き起こしたと考えられています」

トルコと同じく4枚のプレートがひしめき合う日本。東日本大震災の影響で直下型地震が急増しているが、関東大震災クラスの地震がいつどこで起きるのか予測はできない。2030年から40年には南海トラフの大地震発生も確実視されており、最悪の場合、それを端緒とした富士山の噴火というストーリーもあると鎌田教授は危惧するトルコと同じく4枚のプレートがひしめき合う日本。東日本大震災の影響で直下型地震が急増しているが、関東大震災クラスの地震がいつどこで起きるのか予測はできない。2030年から40年には南海トラフの大地震発生も確実視されており、最悪の場合、それを端緒とした富士山の噴火というストーリーもあると鎌田教授は危惧する

しかも2011年の東日本大震災以降、首都圏を震源とした直下型地震が急に増えたという。鎌田教授が続ける。

「1000年に一度の巨大地震といわれる東日本大震災では、M9.0の地震によって日本列島がアメリカ側に最大5.3mも移動しました。その後、それを元に戻そうとする力が働いて直下型地震が5倍ほど増えており、地下にまだ巨大なエネルギーがたまっているのは間違いない。

そこで心配されているのが国と東京都が警戒する首都直下地震で、阪神・淡路大震災と同じM7.3クラスの大地震が想定されています。

ただし、直下型地震のメカニズムは複雑なため、いつどこで起きるのかを予想することは非常に難しく、日本地震学会も短期予知は不可能であると白旗を上げている。いわば、ロシアンルーレットのような状況なのです。

仮に4000万人余りの人々が暮らし、高層ビルやタワーマンションが林立する首都園で、阪神・淡路大震災や今回のトルコのような規模の直下型地震が起きれば、その被害総額は95兆円と、東日本大震災(20兆円)の5倍近い規模になると想定されています」

■最悪のストーリーは過去にも起きている

さらに恐ろしいのが、近い将来に起きるといわれている南海トラフ巨大地震と、それが富士山噴火を誘発するシナリオだ。鎌田教授が語る。

「南海トラフとはフィリピン海プレートがユーラシアプレートに沈み込む境界の海底が凹んだ部分で、先ほど触れた東日本大震災が1000年に一度なのに対し、この南海トラフでは100年ほどの周期で巨大地震が起きています。

さまざまなデータを検討すると、次は2035年のプラスマイナス5年の間、すなわち2030年から40年までの間に必ず起きます」

その南海トラフで最も懸念されるのが、南海、東南海、東海を震源域とする地震が連動する巨大地震の玉突き連鎖反応だ。

「過去の歴史を振り返ると、南海、東南海、東海の3つの地震は基本的に連動していて、3つがほぼ同時に起きることもあれば、2年ほどずれて起きるケースもあります。また100年周期で見ると3回に1回は同時に連動します。そして次回はこの3連動の順番なのです。

しかも、1944年(昭和東南海地震)と46年(昭和南海地震)に南海トラフ沿いで起きた地震では、東海地震の震源域だけが動かなかったので、その分のエネルギーがたまっている可能性があります。

もし東海地震が起きると、その影響で首都圏に大きな被害が出るだけでなく、さらに南海トラフの最北部にある駿河トラフが北に位置する富士川河口断層が動いて、富士山のマグマだまりを刺激して噴火を誘発するストーリーも考えられます。

歴史上、それは江戸時代にも起きています。そして最後に富士山が噴火したのが今から約300年前の1707年に起きた『宝永噴火』です。このときは南海、東南海、東海の3連動でM9クラスの大地震(宝永地震)が起き、その49日後に富士山が200年ぶりに大噴火を起こしました」

ちなみに、富士山はその後300年以上も噴火しておらず、その分のマグマがたまっていると考えるべきで、次の噴火が仮に宝永噴火を上回る規模となれば、約1200年前に起きた『貞観噴火』のように富士山から大量の玄武岩の溶岩が流れ出す可能性もある。

もし南方に流れ出せば東名高速と新幹線が寸断される深刻な被害も起こりうるという。

「私たちは今、東日本大震災という1000年に一度のイベントと、南海トラフ巨大地震という100年に一度のイベントのふたつの巨大災害が起きる周期の最中にいます。

今からわずか10年後の2030年代に南海トラフ巨大地震が起きれば、死者数は30万人を超え、220兆円規模の被害が出ます。これに富士山の噴火も重なれば数十兆円の被害が加算され、日本経済は崩壊しかねない。

ですから、その対策を進めなければなりません。今、準備を始めれば犠牲者の8割、経済被害の6割は減らせる試算もあります。よって、直ちに行動を開始してほしいのです」

そうした災害が決して絵空事ではないことは、ほかならぬ歴史が証明している。人間が自然災害を防ぐことはできない以上、犠牲者や被害を少しでも小さくするための備えを、今から真剣に進める必要がありそうだ。

●鎌田浩毅(かまた・ひろき) 
1955年生まれ、東京都出身。東京大学理学部地学科卒業。通産省を経て、97年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2021年から現職。専門は火山学、地質学、地球変動学