「十年ひと昔」ということわざがある通り、我々の生活様式はこの十年間で様変わりした。東日本大震災など自然災害の脅威は年々増しており、ロシアによるウクライナ侵攻の勃発、「台湾危機」など、世界情勢もめまぐるしく変動。スマートフォンの流通はDXを加速させている。
しかし、激しい変化の波にさらされているのは、我々のように表社会に生きる「市井」の人々だけではない。裏社会を根城とする、いわゆる「反社会的勢力」と呼ばれるアウトローたちも、激変する環境への適応を余儀なくされている。
2011年に全国で一斉施行された「暴力団排除条例」は、市民社会から"反社"を強制排除する契機となり、2015年に勃発した指定暴力団・山口組の分裂は、それまでの裏社会の勢力図を様変わりさせた。
■大本営からの突然の"伝達"
今年2月中旬、そんなヤクザ社会の激変を象徴するようなある「伝達」が出回り、物議をかもした。
「六代目山口組ブロック会により決定事項」
そう題されたこの「伝達」は、日本最大規模の指定暴力団「六代目山口組」の大本営から発せられたものだった。この伝達がその後、暴力団関係者たちにより無料通信アプリ「LINE」やツイッターなどのSNSを介して急速に拡散されたことも、時代の変化を感じさせるものだった。
事情を知る暴力団関係者が明かす。
「司忍組長をトップとする六代目山口組は、全国各地の傘下組織を地区ごとに統治するブロック制を先代の五代目体制から築いています。毎月1回ブロック会議が開かれており、『ブロック会』としているのは組織内での決定事項であることを意味しています。
つまりこの『伝達』は、組織内で厳守すべきルールとして流されたもので、破れば何らかのペナルティーを科される重要な意味合いを持っているのです」
その「伝達」で周知されたのは、以下のふたつのルールだった。
「ひとつは、『週刊誌を含む報道関係との接触禁止』。補足説明として、『これは再通知です。事実な事柄であっても流出は固く禁じるとの事です』とも記されています。
実は、六代目山口組内では、中核組織である『弘道会』の方針に沿ってマスコミとの付き合いを禁じられています。ただ、約8年前から続く神戸山口組との抗争が始まってからは、双方の情報戦が熾烈化したこともあり、このルールは有名無実化していた。なので、従来からの方針の再確認という側面が強いものです。
注目すべきはもうひとつの新たなルールです。今回、新たに『ユーチューバーとの連絡禁止』が打ち出されたのです」(同)
「ユーチューバー」とは言うまでも無く、ここ数年で爆発的に普及した動画配信サービス「YouTube」の配信を行なうユーザーを指す。
この「伝達」には、「本家補佐の組織の執行部がこれで破門されましたが、ユーチューバーは事実誤認・誤報ばかりなので禁止になりました」と背景事情の説明も付記されていたのだが、今や芸能人も参入する人気の動画配信プラットフォームとなったユーチューブが俎上(そじょう)に上がったことを意外に思う読者も少なくないだろう。
今や、ユーチューバーは小学生の「なりたい職業」でも上位にランクするほどの認知度を得ており、ユーチューブは社会に広く浸透したといえる。魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する「裏社会」とは最も無縁な存在のように思えるのだが...。
「実は、ヤクザや半グレの間にもSNSは浸透しています。素性を隠してツイッターやインスタグラムのアカウントを取得し、積極的に情報発信している者もいるのです。
ユーチューブも例外ではなく、組織の制約を受けない半グレのみならず、なかにはヤクザの『現役』をやりつつ、ユーチューバーとして活動している者もいるのです」
では、なぜここにきて「禁止令」を出したのか。暴力団や半グレの事情に詳しい、あるジャーナリストが明かす。
「最近、"反社系ユーチューバー"の言動が先鋭化しすぎて、執行部が問題視しているのです。背景には、同様のジャンルを扱う『ライバル』が増えてきて、動画の内容をより過激にしなければPV争奪戦を勝ち抜けないという実情もある。
少し前には、『現役』のユーチューバーが別の団体の組織幹部を動画の中で揶揄(やゆ)する表現をして、あわや抗争に発展しかけたこともありました。強盗殺人に発展した広域犯罪グループの影響もあり、警察は『振り込め詐欺』などへの組織の関与にも前より一層目を光らせるようになっている。
組織側としては、抗争の火種になるようなことや、当局から摘発されるリスクはなるべく減らしたいと考えているのだと言えるでしょう」
2005年に米国で創業したユーチューブは、06年にはグーグルが買収し、世界最大の動画共有プラットフォームに成長している。
動画の再生回数が売り上げに直結するため、過激な行為によって注目を集める「迷惑系ユーチューバー」が次々と自らのチャンネルを立ち上げ、社会規範を逸脱する言動や行動で耳目を集める「アウトロー系」が発信する動画も人気を集めていた。
しかし、近年は一部ユーザーによる過激動画が社会問題になるケースが相次ぎ、プラットフォーム上を「ホワイト化」させるべく、コンプライアンス強化に力を入れる傾向がより顕著になってきている。
規制の網が徐々にせばまっていく中にあっても、しぶとく生き残ってきた「アウトロー系」の中には、正体を隠して動画投稿を繰り返す者もいるのだという。
「違法薬物や犯罪を連想させるワードはすぐにひっかかるため、動画内では巧妙に隠語を使ったりして運営側の監視の目をかいくぐってきました。そのなかには現役の組員であるにも関わらず、『元ヤクザ』と標榜して活動する者もいる。
企業側もコンプライアンス上、"反社NG"とはしていてもそこまで念入りな調査をするわけでもなく、なかば黙認しているような状況だったのです。とはいえ、調査しようにも、反社であることを示す『Gマーク』の有無を把握しているのは警察だけなので、警察に照会して確認が取れなければアカウントの削除には踏み切れない。
知らず知らずに堅気の人たちが動画を通してヤクザと"接点"を持つ状態が続いてきていました。今回、組織が『ユーチューバー禁止令』という異例の通達を出したことで、そうした内実が明るみになった格好です」(前出のジャーナリスト)
とはいえ最近では、ユーチューブ側で広告単価の引き下げが断行されたことで、「ユーチューバー」自体の稼ぎも目減りしてきており、稼げなくなった「アウトロー系」が市場から撤退するケースも目立ってきているという。
活躍の場を失った「アウトロー系」が、次に狙う舞台は一体どこなのだろうか。
●安藤海南男(あんどう・かなお)
ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している