たびたび流れる不漁のニュース。年々、日本の漁獲量は減り続けている。そんな窮状で注目されているのが海産物の「閉鎖循環式陸上養殖」だ。これまでのかけ流し式陸上養殖とは違い、水を循環させることで水辺から水を引き込む必要がない方法だ。
今まで限られた場所でしかできなかった養殖が、場所を選ばず可能になったことで、様々な企業が新規参入。さらに大手や外資も参入するなど、今後を期待されている。そんな陸上養殖の最新状況を、ユニークな事例とともに紹介する。
■空いたスペースこそ陸上養殖の活躍の場
閉鎖循環式陸上養殖は、われわれに身近な場所でも行なわれる可能性がある。そのひとつが駅だ。福島県の浪江駅では現在、エビ養殖の実証実験が行なわれている。JR東日本スタートアップの隈本(くまもと)伸一さんが始めた理由を明かす。
「群馬県の土合(どあい)駅でグランピング施設を開業するなど、JRでは無人駅の活用と地域の活性化を目指しています。養殖もそのひとつ。浪江町は東日本大震災前まで漁業の盛んな町でした。なので、水産関連の養殖は地域活性になりえるのでは、と思ったんです」
ただ、これまでの陸上養殖では広い土地が必要だった。そこで出合ったのが、小型閉鎖循環式陸上養殖システムを製造しているARKだ。
「浪江駅自体、小さいので懸念していたのですが、導入したシステムは駐車場1台分という省スペースで可能。昨年3月からバナメイエビの養殖を始めました。現在、稚魚から2回育てて、大きなトラブルもなく順調です。水質管理やエサやりなど遠隔操作で可能かどうか実証している最中ですが、今後は試験機から製品版に入れ替える予定です」
今回の実証実験がうまくいけば、事業化も視野に入っていると隈本さんが続ける。
「浪江駅を走る常磐線は、品川まで直通運転しているので、電車を使えば輸送コストも抑えられます。ほかの駅でも養殖をして、都内の駅ナカの店舗で提供するなど、いろいろ検討していきます」
昨年11月には団地でも陸上養殖が始まった。UR都市機構が管理・運営する新多聞(しんたもん)団地(兵庫県神戸市)の空き施設だ。こちらも無人駅と同様、空きスペースを活用している。担当の長野光朗さんによれば、検討が始まったのは2年ほど前だそう。
「近年、空き家問題が話題ですが、団地でも空いている施設をコワーキングスペースや地域の交流拠点などに活用しています。その中のアイデアのひとつが養殖でした。
現在、バナメイエビ、カワハギ、ヒラメを育てています。魚種は多いですが、いろいろ知見を深めたいと思い、他企業や自治体にも見てもらうことなどを考慮して3種にしました」
設備を造る会社との共同研究が始まってからまだ約2ヵ月だが、3つの水槽に3種を計1200匹投入。現状、特に大きな問題はない。
「他社の養殖場では全滅した話を聞くので、不安は大きいです。理論的には2m×3mの水槽でエビが5000匹ほど育てられるそうですが、実際にどれくらい育てられるかは検証中。
基本的には遠隔管理ですが、中には死んでしまう個体がいたり、エビなどが跳びはねて水槽から出てしまう可能性も考えられるので、シルバーセンターから派遣していただいた方に週2回ほど巡回に来ていただいています」
共同研究は来年3月まで。現段階では課題や将来性など不透明な部分もあるが、長野さんはこう展望を明かす。
「研究期間中に小学生の施設見学やイベント販売などをして、外部の方の声を聞けたら。利益だけでなく将来的な可能性など総合的に検討しますが、今回の結果がURの団地だけでなく、いろいろな人や業界で活用のヒントになればいいなと思います」
無人駅や団地での養殖はまだまだ実験段階だが、すでに商品化しているものもある。千葉県鋸南町(きょなんまち)のシーサイドコンサルティングが販売するバナメイエビ「ビアンカ」だ。大手回転すしチェーン店「磯のがってん寿司」でも提供されている。
「弊社のエビは通常のバナメイエビと比較して5倍のうま味成分があり、甘みが強いのが特徴。高級すし店の板前さんにも評価されるほどです」
こう話す同社代表の平野雄晟さんが目をつけた養殖施設の場所はなんと耕作放棄地。使用されていないビニールハウスを借り養殖をしているのだ。いわば、〝畑で育つエビ〟だ。しかし、思わぬハードルが......。
「最初は実家で試験的に始めましたが、商業化を考えるとある程度の規模が必要でした。20くらいの自治体に問い合わせたり、土地探しにも苦労しました。
何より畑で魚介類を育てるのは前代未聞。農林水産省内でも管轄がハッキリしないんです。結局、必要な『農地転用』の許可が下りるまで1年かかりました。これは新規参入者にとって高い壁。現在、その問題がクリアになるように農水省や政治家の方に働きかけています」
休耕地や耕作放棄地は、全国的に増加し、問題視されている。養殖による農地転用が簡単になれば、その解決にもつながるのだ。
■街中養殖や大規模化陸上養殖の可能性
最後に紹介するのは、水耕栽培と陸上養殖を兼ねた「アクポニハウス」。
魚の排泄(はいせつ)物をバクテリアが分解し、それを栄養分として植物を育てる循環システム「アクアポニックス」を設置したビニールハウスだ。開発したアクポニの濱田健吾代表は、もともと個人でアクアポニックスを始めたそう。
「最初は趣味で家庭栽培と観賞魚の飼育をするつもりでした。ですが、あるとき小学生に見せたところ非常に感激されまして。それから本格的に広めようと、本場のアメリカで学びました」
当初は家庭用キットを販売していたが、21年に神奈川県で「湘南アクポニ農場」を建設。同年11月にアクポニハウスの販売も開始した。
「アクポニハウスでは一番小さい約4m×2mのサイズで魚のほか、レタスなどが600株以上も育ちます。〝店産店消〟も可能ですし、収穫体験などエンタメ要素として飲食店などでも導入されています」
コンパクトで商業施設にも設置が可能。普及すれば日常生活で目にすることも増えそうだ。
ただ、ここまで紹介してきた施設はあくまで小規模。生産量も少ないため、ブランド化して高単価での販売が現実的だ。しかし近年、違った流れも起きている。月刊『養殖ビジネス』の副編集長・根本淳矢さんはこう話す。
「実はこの陸上養殖ブームは3度目。陸上養殖事業者の8割が従業員10人未満の中小企業ですが、今回、閉鎖循環式陸上養殖とともに目立つのは大手企業や海外企業による大規模展開。
ⅠoT技術の発達で自動化が進み、以前より低コスト化が可能になったことが大きいでしょう。またゲノム編集で生産性の高い魚を作出する研究も始まったので、採算性が飛躍的に向上する可能性もあります」
「これまで水産庁も陸上養殖事業者を把握しておらず、21年度に全国調査を行ないました。国がまとめ役として知見を全国で共有できれば、養殖技術が急成長する可能性も見えます。そうすれば、流通量も増え、価格を抑えて販売できるのではと思います」
日本の陸上養殖はまだまだ発展途上。だが、このままうまくいけば、水産業が再び盛り上がりを取り戻せる日が来るかもしれない。