「インセル」や「非モテ」に関する記述も多く見られ、山上被告にとっては「女性」に関する問題も重要な論点だった? 「インセル」や「非モテ」に関する記述も多く見られ、山上被告にとっては「女性」に関する問題も重要な論点だった?

日本中を震撼させた安倍晋三元首相(享年67)の銃撃事件。2022年7月、奈良県奈良市の近鉄「大和西大寺(やまとさいだいじ)」駅前で応援演説中だった安倍氏を、山上徹也被告(当時41歳)は手製の銃で殺害した。

山上被告は事件前、ジャーナリストに送った犯行を示唆する手紙に、自身のツイッターアカウントとして「silent hill 333」(ユーザー名@333_hill)と記した。その全ツイート1364件を、政治学者の五野井郁夫(ごのい・いくお)氏が徹底分析。

事件に至るまでの経緯と、その背景にある社会問題をひもといた。山上被告を安倍氏銃殺の凶行に駆り立てたものは何か?

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■どこにでもいそうなごく普通の隣人だった

――分析された山上被告のものとされる全ツイートから、どのような人物像が見えてきましたか?

「一連のツイートを精査してまず感じたのは、ツイートの端々に社会に対する恨みであったり、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に対する怨念といったものが、非常に明晰(めいせき)に出てくるという点です。

例えば、山上被告が14歳の頃(1994年頃)、母親はすでに亡くなっていた夫(山上被告の父)の死亡保険金6000万円を無断で統一協会に献金していた。さらにその後も続く教団への多額の献金により、山上被告は人生を大きく狂わされたわけですが、その統一教会について彼はこうツイートしています。

〈統一教会の本分は、家族に家族から窃盗・横領・特殊詐欺で巻き上げさせたアガリを全て上納させることだ〉(2020年1月26日)。140字以内で統一教会の本質を射抜いている。ここまで書けること自体がやはり、学のある人だと感じさせられます。

また、人を殺(あや)めること自体になんらかの論理の飛躍はあるんだけど、彼のツイートには『この人は心が病んでいる』と感じさせるほどの飛躍はなかった。残念ながら、山上被告のツイッターを読むと『まあ、こうなるよね』ということがたどれてしまうんです」

――ツイートを見ると、山上被告は『麒麟(きりん)がくる』や『鎌倉殿の13人』など、NHKの大河ドラマを好んで視聴していたようですね。

「ほかにも、音楽だったら斉藤和義や鬼束ちひろ、ゲームの『ドラゴンクエスト』に関する記述もありました。あと、次のツイートは珍しく生活感が出ていて印象的でした。

〈さっきメルカリで届いた荷物のラッピングを見て昨日発送したオレは原始人かと思った。東京恐るべし〉(20年3月22日)。彼のツイートは『韓国』や『統一教会』、『安倍』などに関するものが多くを占めるのですが、時折のぞかせる素のつぶやきからは、山上被告がどこにでもいそうなごく普通の隣人だったことを感じさせます」

――とはいえ、家庭環境は統一教会の問題も絡み、普通ではありませんでした。

「山上被告は裕福な家庭の3人兄妹の次男として東大阪に生まれ、家族について〈父の兄は弁護士、母は大阪市大卒の栄養士、母方の叔母は医者だった。そんな環境でオレは優等生として育った〉(19年12月7日)とツイートしていますが、その内実は不幸の連続でした。

1歳上の兄は病弱で、生後間もなく開頭手術を受け、10歳で片目の視力を失っています。父親はアルコール依存症とうつ病を患い、妻にDVを繰り返すようになりました。山上被告が4歳のときにはその父親が自宅マンションから飛び降り自殺。

こうした不幸が重なり、母親は旧統一教会にのめり込んでいくわけですが、その過程では先述した夫の死亡保険金6000万円のほかに、実父から相続した会社や家屋敷を売却して得た大金も無断で教団につぎ込んでいる。

この点について、山上被告は〈オレが14歳の時、家族は破綻を迎えた〉(20年1月26日)とツイートしていて、また事件後、カルト問題に取り組んでいたジャーナリストに犯行前に送っていた手紙の中身が明らかになり、こうも綴っている。

家族を破綻させ、自分の人生を狂わされた統一教会に対する憎しみはツイートでも一貫している。その矛先はなぜ安倍氏に向かったのか? 家族を破綻させ、自分の人生を狂わされた統一教会に対する憎しみはツイートでも一貫している。その矛先はなぜ安倍氏に向かったのか?

〈母の入信から億を超える金銭の浪費、家庭崩壊、破産...この経過と共に私の10代は過ぎ去りました。その間の経験は私の一生を歪ませ続けたと言って過言ではありません〉(22年7月7日投函)。宗教2世の苦しみを彼は背負い続けてきたということです」

■女性も含めた社会全体が憎い

――著書でも示されている、山上被告のツイートの頻出語をカウントした調査結果によると、1位が「憲法」(63回)、2位が米国を意味する「米」(51回)、3位が「女」(49回)、4位が「差別」(47回)、5位が「安倍」(46回)。この結果が意味するものとは?

「その研究結果は社会学者の伊藤昌亮(まさあき)氏によるものですが、3位の『女』に、『女性』(39回)という語を足すと、テーマとして1位の頻出語になる。ある意味、山上被告にとっては統一教会や安倍元首相とともに、『女性』に関する問題も重要な論点だったのではないかと感じます」

――「女」や「女性」という言葉で、どんなツイートを?

「『インセル』や『非モテ』に関するツイートが多かった。『インセル』とは、恋愛やセックスの相手を欲しているがかなわず、その原因は女性の側にあると考える女性蔑視主義者一般のことを指します。

〈DNAを残すという観点では女は絶対的な強者になる〉〈性犯罪とはつまり手段を問わず自分のDNAを残そうという試みである。DNAの存亡という男側の渇望に比べれば、望ましいDNAの継承というのは贅沢な悩みと言えるであろう〉(ともに19年10月14日)といったツイートは"弱者男性論"の典型で、フェミニズムに対するある種の敵愾心(てきがいしん)のようなものを感じさせます」

――つまるところ山上被告は非モテであり、インセルだったということでしょうか?

「その線引きは難しいですが、〈親に騙され、学歴と全財産を失い、恋人に捨てられ、彷徨い続け幾星霜〉(19年10月23日)というツイートを読む限り、山上被告には恋人がいた時期があるためインセルとは言い切れません。ただ、もうずいぶん前のことで、一連のツイートからは、今、自分が非モテ男性的存在にならざるをえなくなっている状況に対する強い葛藤を感じ取ることもできます」

――映画『ジョーカー』(19年公開)の主人公アーサーが「インセルか否か」を主張し合うツイッターの論戦に、山上被告が食いついていた姿も印象的でした。

「SNS上では『ジョーカーはインセルである』と主張する人が目につきましたが、彼は〈ジョーカーという真摯な絶望を汚す奴は許さない〉(19年10月20日)と強い口調で反論しています。さらに、こうも言っている。

〈ジョーカーはインセルでないのではなく憎む対象が女に止まらず社会全てというだけ。「インセルか否か」を過剰に重視するのは正にアーサーを狂気に追いやったエゴそのもの〉(19年10月20日)と。

ここから感じ取れるのは、山上被告が、自身の境遇をジョーカーに投影しているということ。『自分は単なるインセルではなく、女性も含めた社会全体が憎いのだ』といった、山上被告の心の叫びが聞こえてくるようにも感じました」

■映画『ジョーカー』が犯行へと駆り立てた?

――映画『ジョーカー』は、コメディアンを夢見る青年が社会に絶望して自暴自棄になり、犯罪を起こすことになんのためらいもない"無敵の人=ジョーカー"へと変貌する姿を描いた作品です。山上被告の凶行も、無敵の人となって元首相を殺した「ジョーカー型の犯罪」とする向きもあります。『ジョーカー』が彼を犯行へと駆り立てた部分もあるのでしょうか?

「『ジョーカー』がある種、犯行を決意する上でひとつのロールモデルになった可能性はあるでしょう。主人公のアーサーと山上被告には、母親に重大な嘘をつかれ、成人してからその真実を知り、絶望を味わうという点でも重なりがありますから。

アーサーは自分の出自に関する母親の説明が虚言だったこと、また突然笑いだす自身の障害が、幼少期に受けた母親の虐待に起因することを知り、ジョーカーへと変貌していきました。山上被告の場合、家計が困窮し、大学進学を諦めざるをえなかった。

自宅や会社を売らざるをえなかったのも、『借金返済のため』と母親から説明され、それを信じ切っていた。しかし、30歳前後に家の財産の大半が統一教会に渡っていた事実を知ります。〈オレが母の嘘に気付くのはそれから10年後、登記簿を眺めた時だ〉(19年12月28日)と。

安倍氏銃撃事件の3年前、山上被告は講演のため名古屋に来ていた統一教会の韓鶴子(ハン・ハクチャ)総裁を襲う目的で、火炎瓶を持って会場に行っている。このときは襲撃を断念していますが、その日は彼が『ジョーカー』を見た翌日だったことは偶然ではないと思います」

■ほんの少しの手助けを欲していた

――山上被告は安倍元首相を恨んでいたのでしょうか?

「その点に関わる話として、彼は一度だけ、私のツイッターアカウントにリプライを飛ばしてきたことがあります。それは、安倍政権を批判する私の寄稿に反応したもので、〈安倍政権の功を認識できないのは致命的な歪み。永久泡沫野党宣言みたいなもの〉(20年8月31日)と書いてきた。

当時の安倍政権に対し、山上被告は是々非々の姿勢でツイートしていたものの、どちらかというと前向きな評価をし、好印象を持っていたと思います。少なくともある時期までは直接的な恨みはなかったはず。

事件の8日前、大分駅前で演説する安倍元首相。山上被告のツイートからは、安倍政権にどちらかというと前向きな評価をしていたことがうかがえる 事件の8日前、大分駅前で演説する安倍元首相。山上被告のツイートからは、安倍政権にどちらかというと前向きな評価をしていたことがうかがえる

ただ、事件発生の前年、21年頃から態度が変わり、安倍氏に対する物騒なツイートが目立つようになりました。おそらく、安倍氏の祖父・岸信介元首相から始まる"岸・安倍家3代"と旧統一教会の関係を知り、彼の中で何かが決定的に変化したのでしょう。

21年2月には、〈右に利用価値があるというだけで岸が招き入れたのが統一教会。岸を信奉し新冷戦の枠組みを作った安倍が無法のDNAを受け継いでいても驚きはしない〉(21年2月28日)とツイート。安倍氏に対する、『無法のDNA』といった辛辣(しんらつ)な表現はそれまでにはあまり見られなかったものです」

――では、山上被告を安倍氏銃殺へと駆り立てたものはなんだったと思いますか?

「次のツイートにあるように、第一義的には家族を破綻させ、自分の人生を狂わせた統一教会への恨みです。〈オレがに(ママ)憎むのは統一教会だけだ〉(19年10月14日)。その憎しみは一連のツイートの中でも終始一貫していました。

ただ、教会の本部や幹部を叩くことはかなわず、その矛先を"無法のDNA"を引き継いでいた安倍氏に変えた。ただ、それは"安倍憎し"だったからというわけではなく、元首相を殺害することで、統一教会の凶行や邪悪さを白日の下にさらし、その誤った宗教観を揺るがすことが山上被告の最大の目的でした。その強い意志が彼を突き動かしていたのだと思います」

――"第二の山上徹也"を生み出さないために、社会はこの事件とどう向き合っていくべきでしょうか?

「全ツイートを読んで感じたのは、山上被告は、この"失われた30年"の日本社会そのものではないかということです。彼は宗教2世であるとともに、雇用環境が最も厳しかった就職氷河期に就活を行なっていたロスジェネ世代でもある。

高卒後は消防士の採用試験に落ち、22歳で3年間の任期制自衛官となり、任期満了後は測量会社のアルバイト、派遣労働と非正規の職を転々としました。統一教会によってゆがめられた人生を立て直そうと、宅建やファイナンシャル・プランナー2級、フォークリフトの運転士と多様な資格を取得し、彼なりに懸命に努力はしたけど、報われることはなかった。

それは社会の構造的な要因が大きく影響しているわけですが、山上被告は『もっと頑張れるはずだ』と自己責任論を内面化し、自分自身を追い込んでいきました。それは"失われた30年"を生きるロスジェネ世代や、それより下の世代が持っている、ある程度共通の心性でしょう。

ロスジェネ以降の各世代にとっては、"人生がつらい、今後上向く予定もない、それならいっそのこと......"と、いつ心のダムが決壊するかわからないような一触即発の状況というのがずっと存在しているということだと思います。それを社会が放置する限り、"第二の山上徹也"が出てきてもなんら不思議ではありません。

21年1月、山上被告は鹿の死骸の画像とともに、〈ダム沿いの道で小鹿が柵から抜け出せず死んでいた。ほんの少しの手助けがあれば死なずに済んだのだろうか?〉(21年1月18日)とツイートしていましたが、"ほんの少しの手助け"を欲していたのは彼自身だったのではないか。

本当に救いを求めている人に手を差し伸べられて、努力が報われるために社会がどうあるべきか? それが今、問われているのだと思います」

「『第二の山上徹也』が出てきてもなんら不思議はない」と語る五野井氏 「『第二の山上徹也』が出てきてもなんら不思議はない」と語る五野井氏

●五野井郁夫(ごのい・いくお)
1979年生まれ、東京都出身。政治学者・国際政治学者、高千穂大学経営学部教授。東京大学大学院総合文化研究科国際社会学専攻博士課程修了、博士(学術)。専門は民主主義論、国際秩序論。著書に『「デモ」とは何か 変貌する直接民主主義』(NHKブックス)がある

■『山上徹也と日本の「失われた30年」』五野井郁夫 池田香代子 
集英社インターナショナル 1760円(税込) 
山上徹也被告が2019年10月13日から「silent hill 333」のアカウント名で投稿した1364件のすべてのツイートを精査。山上徹也とは何者で、どんな世界に生きてきたのか。人生を破壊された「宗教2世の逆襲」という表層的な理解にとどまらない、山上の実像と元首相銃撃に至った背景、日本が放置してきた「失われた30年」「ロスジェネ世代」の問題をあぶり出す