『人生上等! 未来なら変えられる』の著者・北尾トロさん(右)と、本書の主人公・廣瀬伸恵さん(左) 『人生上等! 未来なら変えられる』の著者・北尾トロさん(右)と、本書の主人公・廣瀬伸恵さん(左)

『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』などの裁判傍聴記で知られるノンフィクション作家・北尾トロさんが、新刊『人生上等! 未来なら変えられる』(集英社インターナショナル)を上梓した。北尾さんにとっては初となる、ひとりの人物の波乱の半生を浮き彫りにした書き下ろしノンフィクション。

主人公は廣瀬伸恵という、覚醒剤の売人として2度の服役と獄中出産を経験しながら、現在は栃木県栃木市で建設請負会社を経営する女性。刑務所の出所者を雇い入れ、彼らの社長兼〝母ちゃん〟になっていく彼女の、激しくも逞しい物語は、犯罪者の更生という社会問題についても読む者に強く問いかける。

東京・西荻窪の今野書店で行なわれた北尾さん×廣瀬さんの刊行記念対談イベントを再構成してお届けする。

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1時間の取材で脳が痺れるほどの衝撃が

北尾 僕はもともと西荻窪に住んでいたこともあり、今野書店さんとはかなり昔からお付き合いがあって。今回、初めての一冊まるごと人物ノンフィクションを刊行するにあたって、トークイベントをやりませんかというお話をいただき、だったら廣瀬さんにも来ていただいて対談にと、栃木から足を運んでもらいました。

廣瀬 みなさんこんにちは。大伸(だいしん)ワークサポート代表取締役の廣瀬伸恵です。

北尾 普通のお姉ちゃんみたいな感じの方ですけど、そんなわけはない。今回も「対談どうですか」って聞いたら、「せっかく東京に行くなら立川に泊まりたい」と。

廣瀬 府中刑務所と、立川拘置所に行きたくて。

北尾 受刑者に会うのが目的なんですよね。出所後、大伸ワークサポートで働きたいという応募者の面談のために、社長自ら出向く。

廣瀬 はい。人となりを知るためにですね。

北尾 この刑務所の出所者へのサポート事業が、そもそも僕が廣瀬さんの本を書くきっかけなんです。

僕はもう20年以上、裁判の傍聴をやっていて傍聴記をたくさん書いてきたんですが、そのうちに刑務所を出所した人たちが再び犯罪を起こす――再犯っていうんですけど、その再犯者率が高いことが気になってきたんですね。なんと、48%を超えている(法務省「令和4年度版犯罪白書」)。

廣瀬 そうですね。

北尾 ちゃんと刑を終えて出てきても、仕事が見つからずに苦労する人が多いんです。仕事がない、お金がない、家族からも冷たくされる。それでまた犯罪を起こしてしまうわけです。刑務所で更生して再出発させるための裁判なのに、更生システムがうまく機能していないんじゃないかと。

それで、ある雑誌の連載コラムのために、出所者のサポートの現状について取材を進めていくなかで、廣瀬さんを紹介されたわけです。

廣瀬 3年くらい前ですか。

北尾 正味1時間程度の取材でしたね。でもその短い時間に、「レディース暴走族の総長」「覚醒剤」「逮捕」「獄中出産」と、まあ激しい言葉がちょくちょく挟まれてくるわけです。そして、廣瀬さん自身も刑務所にいたことがあると。

人の良い会社の社長が世の中のために出所者を支援しているというパターンではなく、廣瀬さん自身が立ち直って、今に至るまでの物語がある。取材後は脳が痺れたようになっていました。

この人の人生を全部聞きたいと思って、改めて取材を申し込んだのが2020年の春。ビビりながら連絡したら「いっすよー」と、あっさりOKで(笑)。

廣瀬 私、20代で刑務所に服役していたときに、北尾さんの本を読んで笑っていたので。刑務所の中での楽しみって読書か手紙なんです。だから、「あの北尾さんが私に興味を持ってくれたのなら協力しよう」と。

北尾 最初の段階で、「これは短い原稿ではムリだ、本になる」と感じて、でもそのときには出版社の当てもなかったんですよね。それで、「いくら喋ってくれても本にならない可能性もありますけど......」と言ったら、そのときも「いっすよ、それはそれで」って。そこから、栃木にある廣瀬さんのご自宅に通う日々が始まったわけです。

1996年に結成したレディース暴走族「魔罹唖(マリア)」の総長時代。前列右が廣瀬伸恵さん 1996年に結成したレディース暴走族「魔罹唖(マリア)」の総長時代。前列右が廣瀬伸恵さん

■怖いものなし! レディース暴走族の総長時代

北尾 では、その凄まじい廣瀬さんの人生を、僕から簡単に説明していきますね。

廣瀬 お願いします(笑)。

北尾 廣瀬さんは1978年生まれで、90年代初め、中学に入った頃から不良化していきました。僕はその頃にはおじさん世代に入りかけていて、ツッパリとかヤンキーとか全然知らなかったので、そういうことも教えてもらいながらちょっとずつ廣瀬さんの人生を理解していったんです。なんで簡単に不良化したんですかね?

廣瀬 ヤンキーが流行ってたっていうのもありますね。憧れだった。

北尾 中学入ったら先輩のヤンキーから生意気だってボコボコにされるわけですよね。たとえば「髪を黒く戻せ」だとか言われて。でもこの人は言うことを聞かないうえに、逆に先輩をボコボコに......。

廣瀬 しましたね。

北尾 15歳、中学3年生のときにシャブ(覚醒剤)をおぼえて。その後、温泉街でコンパニオンとして働き、ヤクザにさらわれて2ヵ月間、性奴隷として監禁され、命からがら逃げ出して......。

廣瀬 はい。

北尾 そしてもうひとつ、廣瀬さんの人生の柱になっているのが、初代総長を務めたレディース暴走族「魔罹唖(マリア)」です。1994年当時の栃木県3大レディースのひとつ、「悪女会」に入った廣瀬さんが、そこから独立する形で、18歳で立ち上げたんですよね。

廣瀬 その頃はとにかく「魔罹唖」を大きくしたくて、命かけて頑張ってましたね。

北尾 〝頑張る〟っていうのは......。

廣瀬 駅前で茶髪の女の子をシメたり。女の子がいれば捕まえたり......。

北尾 スカウトじゃなく?(笑)

廣瀬 勧誘っていうんですかね?(笑) 他のレディースチームを潰していったり。

北尾 潰すとは?

廣瀬 日時と場所を決めて、頭同士でタイマンとか、10人対10人で一気に。負けたら相手に吸収されちゃうから、絶対に負けられないわけです。筋トレも欠かさずにやってましたね。

そうして、栃木県内で最大のレディースになりました。支部を入れれば60人くらいだったかな。みんなで特攻服着て花火大会とか行きましたね。メンバー全員で輪になって座る〝円談〟っていうのを組んで、ひとりずつ順番に、自分の口上を言うんです。私の場合は「絶対誰にも負けねえ! 喧嘩上等!」と(笑)。

北尾 周りの一般の人、怖がってませんでした?

廣瀬 楽しそうに見てましたよ。お子さんたちも興味深そうに。

北尾 この本の中でも対談しているんですけれど、歴代総長との絆が本当に強いんです。廣瀬さんの「魔罹唖」への一途な想いを、みんなよくわかっている。組織をまとめる力を持っているんですよね。一方で、覚醒剤の売人として捕まっちゃう。最初の逮捕のときの裁判で、懲役5年の実刑判決が出て退廷するときは、カッコつけちゃって。

廣瀬 「魔罹唖」の後輩たちも傍聴に来てくれてたから、「余裕だから。行ってくっから」って。刑務所を甘く見てたんですよ、「仕切ってやろう」くらいの。でも行ってみたら厳しくて泣き入りました。

当時は監獄法(2007年に廃止)の時代で、刑務官は受刑者を殴ってもいいし、催涙スプレーも市販されていないようなものをかけられたりと、なんでもありでした。保護房っていうところでは、両手を縛られ、手を使わずにご飯を食べ、トイレも室内にただ穴が空いているだけ。トイレットペーパーもないから下着を着けないまま過ごすという。

北尾 梶芽衣子主演の映画『女囚さそり』の世界ですね......。

獄中出産が生き方を変えるスイッチに

北尾 廣瀬さんは覚醒剤の売人としてもう1回逮捕されるんです。

廣瀬 全然懲りなかったですね。すぐ戻っちゃった。

北尾 覚醒剤が欲しい人の気持ちをすごくわかっている。すぐに届けてくれる。だから出所後もすぐに大人気になり、堂々と仕事を再開して。そのうち指名手配された。

廣瀬 悪いお金があったので、半年くらい逃げまくりましたけど。どうせ刑務所入るんだから、今しか食べられないもの食べとこうみたいな感じで、あちこち旅しました。

北尾 で、逃亡中に妊娠。逮捕されて刑務所に入っていたときに出産した。

廣瀬 獄中で、特殊な手錠をつけたまま出産するんです。ものすごく痛くて、すごくイヤだった。でも子供の顔を見た瞬間、本当に人生で初めて、「このままじゃいけない」と思ったんです。「私はこの子のために変わらなくちゃいけない」って。

北尾 でも、すぐにお子さんとは離れ離れになったんですよね。どのくらい一緒にいた?

廣瀬 1分くらいですかね。母乳も与えることなく、子供はすぐに乳児院に預けられました。

北尾 僕はやっぱり、この獄中出産が廣瀬さんの人生の大きな分岐点だったと思う。2009年に満期出所した後、バーンと180度、一気にスイッチを切り替える。「犯罪に手を染めずに生きるんだ」と、廣瀬さんはここから更生の道へハンドルを切ったんです。

◆後編記事【2度服役した「元レディース総長」はなぜ出所者を雇用する"母ちゃん社長"になれたのか?】はこちら

■『人生上等! 未来なら変えられる』
集英社インターナショナル 1980円(税込)