『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』などの裁判傍聴記で知られるノンフィクション作家・北尾トロさんの新刊『人生上等! 未来なら変えられる』(集英社インターナショナル)。
元レディース暴走族総長にして覚醒剤の売人、2度の服役を経て更生し、現在は建設請負会社を経営する、廣瀬伸恵という女性の半生を描いた一冊で、出所者の更生を阻む社会の現状にも切り込む。
東京・西荻窪の今野書店で行なわれた北尾さん×廣瀬さんの刊行記念対談イベントを再構成してお届けする後編。(前編はこちら)
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■世間は出所者にあまりにも冷たい
北尾 2度目の服役での獄中出産を機に、人生で初めて「変わろう」と思ったという廣瀬さんですが、出所後はどうでしたか。
廣瀬 やっぱり、世間は冷たかったですね。
北尾 やっと見つけた仕事も、すぐに噂が広まってクビになる。満期まで務めあげて罪をちゃんと清算したのに、まるで過去に復讐されているような感じですよね。
でも、廣瀬さんはそこでまた悪い道に戻らないよう踏ん張った。そして、建設関係の現場仕事をやったときに、そこにいる人たちだけが自分を色眼鏡で見なかったことで、やっと光が見えてきたわけです。
廣瀬 私の過去を知っても眉をひそめたりせず、「今度は真面目にやれよ」って言ってくれたり。この業界で食べていこうと思いました。
北尾 その後、個人事業主として事務所を作り、そこを再出発の場として、現在の会社である大伸(だいしん)ワークサポートへと成長していったんですよね。
廣瀬 そうですね。起業から13年。踏ん張りましたね。
北尾 こうして聞くと本当にジェットコースターみたいな人生だけど、僕はね、廣瀬さんの〝核〟はあまり変わっていないんじゃないかと思うんですよ。若い頃はそれがどんどん悪いほうに向かっていただけで。廣瀬さんはいつも一生懸命やっちゃうんだよね。
それが世の中的に悪いことでも、全力でやっちゃう。それが、今では出所者のサポートという方向に向かっているわけで。
廣瀬 もともとは、私が前科者ということもあって人材の確保が難しく、それで出所者の雇用に着目したということもあります。そのうちに、「私の過去が活かされるのはこれだ」と思い始めて。
北尾 出所者を雇い入れる「協力雇用主」になってからどのくらいですか?
廣瀬 約5年ですね。『Chance!!』という、出所者のための就職情報誌に募集を出すようになってから、応募者がすごく増えました。現在、社員は43名で、その8~9割が少年院と刑務所の出所者です。
北尾 廣瀬さんは、採用者が出所するときに自ら車で迎えに行きますよね。それは飛ぶ(逃げる)のを阻止するためなんですか?
廣瀬 それよりも、ひとりで出所させるのがかわいそうだからですね。私自身、そうだったので。刑務所を出たときに誰かが外で待っていてくれたら嬉しいですから。
■社員の逃亡は日常茶飯事
北尾 廣瀬さんに「給料日見に来る?」って言われて行ったときも面白かったですね。現金が積んであって、それを給料袋に入れて、手渡しなんです。昭和の雰囲気ですよね。
廣瀬 元暴力団員とか、詐欺犯罪をした人は、銀行口座が作れないんです。だから現金支給。
北尾 給料もらった途端に前借りする人がいたり(笑)。
廣瀬 給料日当日にね。いますね。だからそれ用に毎回50万円くらい用意しています(笑)。
北尾 給料袋の厚さもまちまちなんですよね。それを手渡ししながら、廣瀬さんは、ひとりひとりに声をかけるんです。「お前パチンコばっかりやってんじゃねえぞ」とかね。様子もチェックしてるわけですよね。例えば薬物に手を出していないか、とか。
廣瀬 薬物は見てすぐにわかりますね。挙動がおかしいから。真冬でも大汗かいてたり、瞳孔が開いてたり。無断欠勤したりすると、呼び出して簡易検査することもあります。親御さんや家族、親戚を呼んで一緒に話し合ったりもね。
北尾 みんなの〝母ちゃん〟として、社員のご飯も作るんですよ。ご自宅に20回ぐらいかな、通って取材させてもらったんですが、夕方になると毎回、カレーやら肉じゃがやら作り始めて。
廣瀬 ひとり暮らしの子とか、敷地内にコンテナハウスを作っていてそこに住んでいる子とかに食べさせてるんです。多い時は15人くらい、少ないときでも5~6人分は作りますね。
北尾 短時間で男子用のメニューをわっせわっせと豪快に作って、食べた後もそのままリビングを開放して。社員たちもそのまま居残って、ビール飲んだりテレビ見たりしてるんですよ。娯楽室みたいな感じ。社長と社員のコミュニケーションの場になってるんですよね。
廣瀬 一応、2階はプライベート空間になっているんですけどね。最近は、みんなと一緒に下のリビングでそのまま寝ちゃうことも多くて(笑)。
北尾 よっぽど気を許してるんだねえ。
廣瀬 不思議と、お金がなくなったりはしませんね。多分、身内にはやらないんでしょう。もしバレたらゲンコツですしね(笑)。
北尾 そうやって大切に世話している社員がいなくなったり、悪さして捕まったりすることもあるわけですよね?
廣瀬 日常茶飯事ですね。ちょうど昨日も、17歳と22歳の兄弟が会社の車に乗ったまま行方不明になっちゃって。給料もらったから遊びたくなっちゃったんだと思うんですけど。でも信頼関係があるから、あの子たちは私のところに必ず帰ってくるという自信がありますね。
北尾 「自分はみんなの母ちゃんなんだ」という意識が強いですよね。
廣瀬 そうですね。「ママ」とか「マミー」とか呼んでくれる社員もどんどん増えていて。ケンカして血まみれで帰ってきたら手当てしたり、風邪ひいたらお粥作ってあげたり。家族ですね。
北尾 昔は栃木県最大のレディース「魔罹唖(マリア)」のトップで、今は言葉はあれですけど、「廣瀬組」、廣瀬一家のトップなんですよね。どっちにしろこの人はトップなんだ。
■過去は変えられなくても未来なら変えられる
北尾 社員たちがそんなふうに甘えるのは、みんな心の中に寂しさがあるからなのかな。
廣瀬 みんなありますね。直近でいうと、岡山少年院から出てきた子がいて、もう半年くらい経つのかな? これまでどこでもうまくいかなかったけれど、ウチではすごくフィットして、頑張ってくれていて。
彼は両親とも所在不明で、幼少の頃から施設で育ったという生い立ちなんですけど、ウチはむしろそういう子のほうが合う。「本当の母ちゃんだと思ってる」って言ってくれて。私も愛情を注いでいます。
北尾 裏切られることがあっても、見捨てないんですよ、廣瀬さんは。
廣瀬 はい。見捨てないっていうのが一番。私自身、「悪いことをせずに生きなければいけない。そしてその方法がある」と気づくまで時間がかかったので。彼らが気づくまではとにかく諦めないっていうのが大事かなと思っています。見捨てられるのは寂しいですから。
北尾 廣瀬さん自身の中にも、寂しさがあるんだろうね。
廣瀬 そうですね。寂しいのはイヤですよ。今はみんながいるから楽しい。
北尾 取材中も、原稿書いている間にも、どんどん新しいことが起こるんですよ。去年の夏くらいにも、廣瀬さんから突然電話があって、「ビジネスホテル買ったから」って。
廣瀬 出所者の自立支援施設を作りたくて。今、私は協力雇用主として出所者を雇い入れていますが、あくまでも協力〝雇用主〟なので、仕事で使えない子は受け入れられないんですね。
だから、そういう子を受け入れることのできる施設を作りたいと。刑務所を出た人が自立するまで一時的に預かる自立準備ホームですね。
北尾 もう、ほぼほぼ本を書き終えた頃ですよ。待ってくれと(笑)。すぐ見に行ったら、ありましたよビジネスホテル。やりやがったと思いましたよ僕は。でも、そんな施設を作ったら廣瀬さんまた忙しくなっちゃうでしょう。
廣瀬 出所者受け入れという点では、今やっていることと同じかなと。ある意味うちも施設ですから。
北尾 近くで接していて感じたのは、廣瀬さんは善人になろうとは思っていないということ。むしろ、何かあったらまた自分も薬やっちゃうかもしれない、というのを自覚している。
廣瀬 昔は、自分が一番だったから。でも、子供や社員、自分と真剣に向き合ってくれる存在が私を変えたんです。私も、従業員と共に成長している。
北尾 本のタイトルにもしましたけど、本当に、「未来なら変えられる」ということを、廣瀬さんに教えてもらいましたね。ありがとうございました。
■『人生上等! 未来なら変えられる』
集英社インターナショナル 1980円(税込)