昨年、約3年ぶりの開催となった「東京レインボープライド2022」のパレードの様子。LGBTと彼ら、彼女らを応援する人たちが東京・渋谷を行進した 昨年、約3年ぶりの開催となった「東京レインボープライド2022」のパレードの様子。LGBTと彼ら、彼女らを応援する人たちが東京・渋谷を行進した

岸田文雄政権は5月開催のG7広島サミットまでに「性的マイノリティへの理解を国民に促す法律」の制定を急いでいる。だが、"政治"と直接関係がない当事者はどんな気持ちで、この動きを見ているのだろうか?

ここで登場する人たちの言葉は、LGBT全体の総意ではない。しかし、彼ら、彼女らが"普通の人々"と同様にさまざまな意見を持つ個人であり、単純なくくりではとらえられないことはLGBTと縁遠い人でもわかってもらえるはずだ。

【LGBT】 
L:レズビアン、G:ゲイ、B:バイセクシュアル、T:トランスジェンダーの頭文字を取った性的マイノリティの総称。

近年では「I」(インターセックス。身体的な性別が一般的な男性・女性の中間、もしくはどちらとも一致しない状態)を加えた「LGBTI」や、「Q」(クィアまたはクエスチョニング。性的指向・性自認が定まらない状態)を加えた「LGBTQ」と称することが多いが、本特集では便宜的に「LGBT」で統一した。

【LGBT理解増進法】 
正式名称は「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律案」。性的マイノリティへの理解を広げるために、国や自治体の役割を定め、基本計画の策定や施策の実施状況の公表などを定めた法案で、自民党が国会への提出を目指している。

ただ、同法案に盛り込まれた「差別は許されない」という文言を巡って自民党内から反発が起きており、このまま成立するかは不明。また、LGBT当事者団体は性的マイノリティへの差別を法的に禁止する「LGBT差別禁止法」の導入を求めている。

* * *

■LGBTへの理解がワースト2位の国で

LGBTを巡る発言が大きな議論を呼んでいる。

2月1日、岸田文雄首相は同性婚の法制化を問われ、「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と答弁したことで批判を浴び、さらに同3日には首相秘書官であった荒井勝喜氏が記者団に対し、オフレコながら「(同性婚カップルが自宅の)隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」と発言して更迭された。

同17日、首相はLGBT支援団体の関係者に対して秘書官の発言を陳謝する事態にまで発展した。

2月17日、岸田首相は性的マイノリティの支援団体の関係者と面会。秘書官の差別発言について陳謝した 2月17日、岸田首相は性的マイノリティの支援団体の関係者と面会。秘書官の差別発言について陳謝した

これらを受けて、岸田首相は2021年以降、棚上げになっていた「LGBT理解増進法案」(以下、「LGBT法」)の国会提出を進めるよう、党役員に要請。同法は日本が議長国を務める「G7(主要7ヵ国首脳会議)広島サミット」が開催される今年5月19日までの成立を目指しているとも噂されている。

そもそも日本は性的マイノリティの人権保護に消極的な国のひとつとされている。まず、G7のうちLGBTに対する差別禁止や同性婚を法的に認めていないのは日本だけで、その度合いを38ヵ国が加盟するOECD(経済協力開発機構)でランキングするとワースト2位(2019年)だ。

3月16日には、日本を除く先進国6ヵ国と欧州連合(EU)の駐日大使が岸田首相に対し、LGBTの人権を守る法整備を促すよう書簡をまとめていたことも発覚した。

2月17日、岸田首相よりLGBT理解増進担当に任命された森 雅子首相補佐官 2月17日、岸田首相よりLGBT理解増進担当に任命された森 雅子首相補佐官

一連の騒動はこの2ヵ月間、各マスコミで報じられ、SNSでは賛成派・反対派を巻き込み、論争が続いている。

ただ、当事者の人々はどんな思いを巡らせているのだろうか? 見えにくい彼ら、彼女らの等身大の意見、気持ちを聞いてみたくなった。

■緊急時に手術NGの可能性も......

俳優・タレントの一ノ瀬文香さん。2014年に芸能人同士では初となる同性婚挙式をしたことでも有名で、日本での同性婚の認知を広げた。©YOSHIMOTO KOGYO CO.,LTD. 俳優・タレントの一ノ瀬文香さん。2014年に芸能人同士では初となる同性婚挙式をしたことでも有名で、日本での同性婚の認知を広げた。©YOSHIMOTO KOGYO CO.,LTD.

タレント・俳優の一ノ瀬文香さん(42歳)のセクシュアリティは「ざっくり言うとレズビアン」(一ノ瀬さん)だ。新宿二丁目にある異セクシュアリティ交流バー『香まり』の経営者でもある。

「同性婚の法制化は、同性愛者にとって幸せな選択肢が増えるだけで、同性愛者でない人にとっては何も変化はありません。そして、法の不備を是正することで誰にとっても幸せな社会に変わることは、社会的に幸福度が増して良いことです」

一ノ瀬さんは14年に同性のパートナーと挙式し、役所に婚姻届を提出したものの、受理されなかったという苦い記憶がある。

「残念でした。理由は不適法とのことで、憲法の問題ではなく、民法で法整備されていないからということが示されました。

法律の専門家たちに言わせると、民法で使われている『夫婦』の単語を『婚姻の当事者』と置き換えたり、戸籍の届け出書式や記載事項を少し修正したりするだけで同性婚は可能になるそうです。

ただ、その整備に躊躇(ちゅうちょ)する方々が国会の中にいらっしゃる。もちろん、与党の中にもLGBT問題に詳しく、ある程度理解を示している方もいる。同じ与党の中でも意見は多種多様なんだろうなと想像しています」

LGBT法にも、同様の状況が存在していると一ノ瀬さんは語る。

「国会ではLGBT法の条文の中に、差別を禁止する文言を入れるかどうかで揉めていますね。憲法第14条では性別などを理由に差別を禁止することが明確に書かれているので、セクシュアリティを理由に差別してはいけませんというのは自然なこと。

党も派閥も超えて協力していただき、差別を禁止する文言も入れた上で、早く成立させていただきたいです」

東京・浅草に住むゲイ、しぐまさん。現在、パートナーを募集中とのこと 東京・浅草に住むゲイ、しぐまさん。現在、パートナーを募集中とのこと

東京・浅草在住のゲイ、しぐまさん(45歳)は、数年前まで新宿二丁目の観光バー(性別や性指向に関係なく入店可能なゲイバーのこと)を経営していた経歴がある。

「僕は当事者の中でも比較的オープンなほうなので、LGBT法にはあまりメリットを感じていません。今の時代の同性愛者への理解・認識はまずはこれで良いのでは?とさえ思っています。

僕らの声だけで法律を作ったら、僕らに有利な法律ができるだけでしょう。反対意見はあっていいし、それがあることで『なるほど、そういう問題もあるか』と気づくことができます」

同性婚に関しては、「自分が元気なうちは成立しないだろう」と諦観した意見を述べるしぐまさん。だが、同性婚が認められないことで自身の生死に直結するかもしれないと不安な表情を浮かべる。

「例えば緊急を要する病気・事故で入院した際、現段階では同性パートナーが手術の同意書にサインをしても認められないんです。当事者の婚姻相手、もしくは両親や兄弟のサインでないと受理されない。

各自治体で整備されつつある性的マイノリティカップル対象の『パートナーシップ宣誓制度』には、病院側に同性パートナーの同意書を認める条文がありますが、これも努力目標で義務ではない。最悪の場合、僕らは緊急の手術を受けられないんですよ。

あと、パートナーシップ宣誓制度では当事者が亡くなった場合、その遺産や遺品をパートナーに引き継ぐことができず、血縁の肉親に渡すしかない。パートナーに何も残せないっていうのは、けっこうしんどいものですよ」

■「あまり騒いでほしくないんです」

トランスジェンダー女性にして、男の娘AV女優の荒金さとみさん トランスジェンダー女性にして、男の娘AV女優の荒金さとみさん

LGBT法を巡る一連の騒動に強い違和感を覚えている人もいる。性別不合(性別違和)の当事者(トランスジェンダー女性〈身体的には男性だが、性自認は女性〉)で、〝男の娘(こ)AV女優〟として活躍する荒金さとみさんだ。

男の娘AV女優という概念はわかりにくいかもしれないが、「女性のような見た目をした男性で、女優として作品に出演している人」と理解してくれれば大丈夫だ。

「僕のようなトランスジェンダーや男の娘の中には、LGBT法を巡る議論の中で自分たちの存在が可視化され、さらに差別や分断が広がるのではないかと危惧している人もいます。

特にネットでは海外の急進派のLGBT活動家の人々の意見が取り上げられることが多く、『セクシュアルマイノリティは全員主張の強い人たち』と思われてしまうことは不愉快ですし、正直な気持ちを言うと、『あまり騒がないでくれ』と思ってしまいます」

荒金さんは「そもそもLGBTというくくりに違和感がある」と言う。

「言うまでもなく、セクシュアルマイノリティといっても、その内実は千差万別です。LGBTというワードは、〝普通の人〟がその多様性をざっくりと分類する手助けになるかもしれませんが、自分自身がその雑なくくりで定義づけられることには抵抗感があります。

そして、LGBT法は〝理解を推進する〟名目の下、その狭い解釈を押しつけるものではないか、という気がしてならない。

僕は女性の姿をしています。そんな僕の『僕』という自身の一人称について『女性なら〝私〟と言いなさい』と指摘されるような社会になってしまったら、それは僕にはとても生きにくい社会です」

その上で、荒金さんはこう話す。

「岸田首相が荒井前首相秘書官の失言をLGBTの各当事者団体に謝罪した際、とてつもない違和感を覚えました。本来謝罪すべきは当事者に対してなのに、〝当事者団体〟にだけ謝罪していた。これではLGBT法が成立した後も、〝そのほかの当事者〟はおいてきぼりの政策になってしまう予感がするのです。

というのも、現在議論されているLGBT法の条文を読むと、そこには『性的指向・性自認差別解消等支援地域協議会』『性的指向・性自認に関する審議会』などの団体を組織し、そこに既存の支援団体や学識経験者を組み入れて議論する旨が書かれています。

これを読む限り、僕のような末端の当事者の意見をすくい上げる機能はなさそうだ、と思ってしまいます。

昨年6月に施行された『AV新法』では支援団体や有識者によって審議が進められ、その結果、新法によって出演のハードルが上がりました。僕も男の娘AV女優なのでその影響を受けていますし、実際に職を失ってしまった女優もいます。

それと同様のことがLGBT法でも起きるのではないか。われわれとは実は無縁のLGBT団体が勝手に話を進めている印象が拭えません」

ただ、荒金さんは世間の偏見に対して憤りを覚えてもいる。例えば最近、SNS上で法整備されるとトランスジェンダー女性が女性用トイレ、女湯に入ってきて問題を起こすのでは、と騒がれているが、荒金さんはこう反論する。

「ほとんどのトランスジェンダーの方は節度を持って行動していますし、僕を含め、複数の当事者から話を聞くと『当然、女湯は利用しない』『でも男湯に入るのも違和感があるし、何より怖い。だから、公衆浴場には行けない』という意見が多いんです。

女湯へ侵入するトランス女性がいるとしたら、それはトランスジェンダーを偽った男性ではないでしょうか」

■同性婚が認められない社会で築いた関係性

同性婚の法制化の議論に戸惑いを感じている当事者もいた。福永いくとさん(仮名)は50代のゲイだが、女性と結婚している。

「妻は学生時代からの親友です。夜の生活はなく、子供もいません。彼女には自分がゲイであることをカミングアウトしています。彼女にもさまざまな事情があり、互いに理解の上で婚姻しました」

福永さんには妻とは別に10年来の恋人(彼氏)がいる。「偽装結婚と揶揄(やゆ)されるかもしれないが、同性愛者が社会に順応するには、この方法しかなかった」という。そんな彼は同性婚が社会的に認められることで「今の関係性が壊れるのでは」と危惧している。

「同性婚がOKな世の中になったら、僕らの生活はどうなるのか不安に駆られます。おそらく恋人は僕と結婚したがるのではないでしょうか。そうなったら僕は妻と別れなくてはならない。だけど、妻には僕の状況を理解した上で結婚してくれた恩義もあるので、別れを切り出すことはできません。

もし離婚するとなると、僕と妻と恋人の間で財産分与というナーバスな問題にも触れざるをえなくなる。僕のケースは特殊かもしれませんが、こういう悩みを持つ人が少なからずいることを知ってもらいたいです」

■「当事者だからこそ諦めないでほしい」

LGBT法、同性婚の法制化に対して、当事者の中でもさまざまな意見がグラデーションのように存在している。

最後に前衆議院議員の尾辻かな子さん(48歳)に話を伺った。尾辻氏は日本初の同性愛をカミングアウトした政治家としても知られている。

前衆議院議員の尾辻かな子氏 前衆議院議員の尾辻かな子氏

「まず、多様な意見が出てくるというのは、決して悪いことではないです。それは多様な性の中で、それぞれの困難があるという事実を示しています。

その上で、私はLGBTの議論の多くは『差別』『人権』の問題だと考えています。ひとりひとりの権利を守るための社会制度の構築こそ政府の役割です。婚姻の選択ができない状況は平等ではありません。

現在、同性婚の是非を問う裁判が、全国で6件あります。そのうち『同性婚を認めない』社会のありようについて、札幌地方裁判所では『違憲』、東京地裁では『違憲状態』という判決が出ました。

大阪地裁では合憲だったのですが、憲法の普遍的価値である個人の尊厳や多様な人々の共生の理念に沿うものでこそあれ、これに抵触するものではない、という判決が出ています。

この流れでいくと、2、3年後には最高裁で同性婚の是非が争われることになるでしょう。そのとき、『違憲』という判決が出れば、国会は同性婚を立法化するほかないと思います」

2019年6月に立憲、共産、社民の野党3党は同性婚を法的に認める民法の一部改正案を衆院に提出した。尾辻氏(左から2人目)はその提出者のひとりだ 2019年6月に立憲、共産、社民の野党3党は同性婚を法的に認める民法の一部改正案を衆院に提出した。尾辻氏(左から2人目)はその提出者のひとりだ

当事者の中にはLGBTが国会で取り上げられることに対して「騒がれたくない」と忌避感を示す人もいるが、それについては?

「バッシングを心配する方や、自らの生活に困難を感じていない方がいるのだと思います。でも、当事者だからこそ、自身の存在を理解してもらうこと、権利を勝ち取ることを諦めないでほしい。

前首相秘書官の発言がこれだけ問題になるほど社会は変わってきています。私は今の社会を変えられるし、変えなきゃいけないと思っています」