少子化ストップのヒントを探るべく出生率が特に高い自治体を歩く短期連載。第1弾の鹿児島県伊仙町、第2弾の岡山県奈義町に続き今回は全国ワースト3位の出生率(1.29〈2018年〉)の京都府内にありながら、出生率2.02と突出した数値をたたき出している福知山市を訪れた。特別にすごい子育て政策を実施しているわけでもないこの市が〝子だくさん〟なのはなぜか? 市のキーパーソンたちに話を聞いた!【ルポ・子だくさん町 第3回】
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■出生率ランキングで異彩を放つ自治体
5年に一度、厚生労働省が発表する合計特殊出生率(女性ひとりが一生の間に産む子供の数)の市区町村別ランキング。最新の結果(2013~17年)を見ると、上位50位の9割以上を九州・沖縄の市町村が占め、とりわけ沖縄、鹿児島県の島嶼部に集中している。
その中で、異彩を放っているのが京都府福知山市だ(ちなみに18~22年のデータは本年に発表される予定)。
13~17年の同市の出生率は2.02で全国33位。1位の2.47(沖縄県金武町)に比べれば見劣りするが、全国平均(1.43)をゆうに超え、本州では3位、京都府では2期連続1位の高出生率を誇る。
京都府北部に位置する福知山市は、四方を山々に取り囲まれた町だ。夏冬の寒暖差が激しく、雨期には一級河川の由良川が氾濫する水害の多い地区としても知られ、冬季には山沿いの地域が豪雪地帯になることも珍しくない。
南西諸島の亜熱帯の島々がズラリと並ぶ出生率ランキングの上位に、気候的な特徴が大きく異なる福知山市がなぜ、入り込めているのか?
3月上旬、その理由を探るべく福知山に向かった。
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JR京都駅から車で90分。丹波の山々を抜け、国道9号線へ降りてしばらく車を走らせていると、眼前に突如、ドデカい町が出現する。
福知山市の人口は約7万7000人。北近畿地方では3番目の多さだ。市内の国道沿いにはユニクロやイオンなど、全国チェーンの店が立ち並ぶ。市の中心部には明智光秀が築いた福知山城がそびえ立ち、城下町風情が漂う古い町並みがあった。
子だくさんの片鱗(へんりん)を見たのは、国道9号線沿いにある複合型レジャー施設だ。下校時刻前でまだ子供はいなかったが、バッティングセンターに行くと、店内の掲示板に少年野球チームの部員募集ポスターがビッシリ! そのチーム数は18チームに上り、小学生限定の女子野球チームまであった。
隣のパチンコ店の景品コーナーには、乳幼児向けの玩具が専門店さながらの豊富な品ぞろえで山積みになっていた。
この複合型レジャー施設を運営するのは市内に本社を置く三恵観光。3代目社長の杉本潤明(すぎもと・みつあき)さんがこう話す。
「うちの店では40代以下の若い子育て世代の来店も多く、平日には子供の帰宅時間まで遊ばれるお母さんも少なくありません」
福知山市に生まれ育った杉本さんは48歳。中高生の子を持つ3児の父でもある。
「この町では2、3人の子供がいる家庭が普通で、地区ごとに子供会があり、行事も多い。そうした地域活動を支えているのが、20~40代の子育て世代です」
■「それ、オモロイ?」
地域活動の担い手になっているのが、福知山商工会議所青年部。市内在勤の45歳までの経営者や個人事業主ら、約100名の会員が所属し、その多くが子育て中の父親だ。
ハンコ屋の社長で、2児の父でもある奥田友昭さん(42歳)が青年部の活動を引っ張る。死者を出した露店爆発事故が2013年に発生して以来開催されていなかった福知山花火大会を、昨年10年ぶりに復活させた。
「僕たち世代でも思い出に残るあの花火大会を、10年も楽しめてへんって今の子供たちがかわいそうやなって。元の規模から考えたらちっちゃいもんですけど、市にかけ合って、なんとか800発ほど打ち上げることができました」
奥田さんの口癖は「それ、オモロイ?」だ。「子供たちのために、福知山をもっとオモロイ町にしたい」のだという。
福知山市では、子供が踊り子となって来場者を楽しませる「ドッコイセこども大会」(8月)が40年ほど開催され続けている。だが、その盛り上がりは年々乏しくなり、5年ほど前には踊り子が30人、露店も3店舗しかなく、存続の危機に立たされた。
そんなオワコン化した祭りを「それ、オモロイ?」精神で立て直したのが、奥田さんをはじめとする青年部の子育て世代だった。
子育て世帯に呼びかけて踊り子を募り、市内の隅々まで駆け回って飲食店に祭りへの出店を依頼。つてをたどり、音楽事務所にかけ合って、人気グループ「ET-KING」も呼び寄せた。すると、その年には踊り子約400人、露店200店舗、来場者数は数千人を動員し、「こども大会」は息を吹き返した。
「今年の夏はもっとオモロくなりますよ。今、市にかけ合っているところですが、福知山城をお化け屋敷にしたい。子供たちにとってはサイコーの思い出になるでしょ?」
■「都会」と「田舎」のハイブリッド
女性にとって福知山市はどんなエリアなのか。
市が20年の国勢調査などから分析した結果では、市内の「25~29歳」の女性の未婚率は約52%。府内では3位の低さで、京都市下京区(約85%)やベッドタウンの山科区、宇治市(共に約68%)と比べても格段に低い。つまり、福知山の女性は結婚が早いのだ。
京都府が分析したところ、「福知山市は20~29歳の出生率の数値が他市町より突出して高く、20代後半で出産のピークを迎える傾向が顕著にある」(担当課職員)という。
福知山市大江地区に住む3児の母親(38歳)がこう話す。
「私の場合は、地元(福知山市内)の高校の同級生だった主人と21歳で結婚し、23歳で長男、27歳で次男を出産しました。ここまでは計画的だったのですが、30歳を目前にしてハプニングで3人目を身ごもっちゃって。子供はふたりの予定だったけど、『まぁいっか』という感じで三男を産みました」
福知山には、計画外に子供が増えても「まぁいっか」と思わせる子育て環境がある。
市の秘書広報課の調べでは、3世代の同居率(6.4%)は低いが、近所に親が住んでいる子育て世帯の割合は約70%と高い。また、80%超の市民が市内の会社に勤めており、平均通勤時間は18.3分。京都府内1位の短さだという。
前出の女性がこう話す。
「主人は市内の工業団地で働いています。職場が近く帰宅も早いので、保育園のお迎えに行ってくれたり、子供3人を順番にお風呂に入れてくれたり、積極的に子育てに参加してくれます。
あと、隣の家に住む両親に子供を預けられるのは大きい。ひとりの時間を過ごしたり、主人とふたりでランチに行ったりできますから。都会のようにワンオペ育児に陥ることがないから、次も産もうという余裕が出るのだと思います」
さらに、市内に保育園は公立・民間を合わせ33園あり、病院・診療所の数は計80施設。市街地には全国チェーンのスーパーや飲食店などが集積し、大規模小売店の出店数は京都市に次いで「府内2番目の多さ」(市担当者)だという。
「買い物、保育施設、病院、職場、それらがすべて〝家から近い〟という都会的な要素と、それでいて、京都市の半分程度の価格で広い一軒家が持てるという田舎的な要素が程よく合わさり、福知山ならではの子育てしやすい環境が生まれています」(市担当者)
■子育て世代の相談を一手に引き受ける人
福知山市の子育て世代の心の拠(よ)り所となっているのが、市の中心部にある子育て支援拠点「すくすくひろば」だ。
施設の利用者で、0歳児を抱える父親がこう話す。
「福知山の自然と子育て環境がいいなと思って、2年前に九州から移住してきました。縁もゆかりもない場所で、最初は不安でしたが、この施設のおかげでパパ友もママ友もできた。スタッフの方は親身になって育児の相談に応じてくれ、ホント助かっています」
「すくすくひろば」のコロナ前の利用者数は親子合わせ月1200人程度で、多い日だと一日100組の利用があったという。現在はコロナの影響で利用者が半減したものの、この施設が福知山の子育て支援の中心地となっている。
「すくすくひろば」の代表、足立喜代美さん(63歳)は、自身の子供が赤ちゃんだった頃から約30年、市内で子育て支援に携わっている。
「昔、施設に来ていた子供がお母さんになって、今も子供と一緒に通い続けてくれている利用者も何名かいます。周りから福知山の『生き字引』って言われていますね(笑)」
足立さんがこう続ける。
「この町は転入世帯が多いんです。引っ越し後に出産して友達がいない環境だと、特にお母さんが孤立しがちです。
あるお母さんは、スーパーのレジの店員さんの『ありがとうございました』のひと言が心にしみ渡る時期があったと言っていました。そんなところだからこそ、お母さんたちが気軽に立ち寄れて、子育て世代で交流し合える場がとても大切なんです」
「すくすくひろば」の利用者にはLINE登録をしてもらい、足立さんが相談に応じる。現在の登録者数は約750人だ。
「実際にやりとりしてるのは400人くらいだと思いますが、利用者からの相談には一対一の関係で応じるようにしています。相談事で多いのは『離乳食をどうしたらいいかわからない』とか、夜中に画像付きで『こんな湿疹(しっしん)が出たんですけど!』とSOSが届くこともありますね。
私で答えられる範囲は答えますが、そうじゃなければ医師や栄養士や保健師など、つながりのある専門職の人に私から聞いて、そこで教えてもらった対処法を利用者に返します」
夫婦関係の不和に関する悩みが届くことも多いという。
「ある日、母親の方から『夫からDVを受けた』とメッセージが来ました。すると、その後に今度は旦那さんのほうから『嫁に蹴られた』と。事情を聞いたら、ただの夫婦げんかで、しばらくふたりとLINEでやりとりしたら、元どおりの仲のいい夫婦に戻りました」
■「双子」と「自衛隊」
ちなみに、「福知山市は双子が多い」との話もある。実際、市のこども政策室によると双子や三つ子など「多胎児は例年10組ほど生まれる」という。昨年の同市の出生数は約500人だから、多胎児の出生確率は約2%。「国内全体では年1%前後が平均」(都内の産婦人科医)なので、福知山市のそれは突出している。
地域の多胎児の多さを受けて、前出の「すくすくひろば」では「双子の会」が月1回開かれる。そこでは「ここの病院やスーパーは出入り口が狭くて双子用のベビーカーが入りにくい!」といった情報交換や子供服の譲り合いが親同士で行なわれる。
もうひとつ、福知山の出生率には「自衛隊の存在が大きく寄与しているのでは?」とみる市民も少なくなかった。
市内にある陸上自衛隊の福知山駐屯地に所属する自衛官は約1000名。その多くを占める20~30代独身の隊員は、駐屯地内で寮生活を送るが、「営外での居住が許されている隊員は、『2曹以上かつ30歳以上』『配偶者がいる』など限られた存在」という。
外出は許可制で寮生活には自由がないため、「早く結婚して外に出たい」と考える若い隊員が多いのだとか。そんな独身隊員が頼りにしているのが、民間のマッチングサービスだ。隣の舞鶴市にも海上自衛隊の施設があるため、このエリアでは自衛官限定の婚活パーティを運営する業者もいる。
「一般男性向けの婚活パーティは女性参加者が定員割れになることが多いのですが、参加者が自衛官限定だと女性枠は早期に埋まり、抽選になることも珍しくありません。
公務員で給与は安定しているし、カッコいい男性も多いので他府県から参加される女性も多いですね。成婚率も高いので、自衛官が福知山の出生率に与えている影響は大きいと思います」(婚活パーティの運営者)
■福知山市の中にある無視できない格差
市に不満を持つ母親もいる。
「市の子育て支援政策はそこまで優れているものだとは思えません」(市内在住・主婦)
市の中心部に住む3児の母親がこう話す。
「例えば兵庫県明石市は子供の医療費、第2子以降の保育料、学校の給食費、公共施設の子供の入場料が無料ですが、福知山ではそうした支援がほとんどありません」
最近は子育て世代の転入者が増加する一方、保育士が不足している影響もあり、希望する特定の保育園に入れない「入所保留児童」が市内に135人もいるという点に不安を持つ母親も多かった。
もうひとつ、福知山市の出生率「2.02」にスポットが当たる一方で、影を落としているのが山沿いの地域だ。
06年に旧福知山市、三和町、夜久野町、大江町が合併してできたのが現在の福知山市なのだが、中心市街地を形成する福知山地区以外の3区は山沿いにある地域で、合併後は3区とも人口が3~4割減少。65歳以上が占める高齢化率も、三和地区48%、夜久野地区52%、大江地区44%と上昇した(旧福知山地区は28%)。
その間、子供の数は減り続け、3地区とも区内に3校ずつあった小学校は廃校が続き、今では1校ずつしか残されていない。大江地区にある大江高校は今、「存続の危機にある」(大江まちづくり住民協議会)という。
市の施策や予算の配分、そして市外からの子育て世帯の流入が福知山地区に偏りがちな一方で、「合併した3区は置き去りにされている」との不満も漏れ聞こえてくる。
記者は高齢化率が最も高い夜久野地区に向かった。市の中心部から車で30分。そこは山深く、商業施設がほとんど見当たらない農山村地域だった。夜久野のシンボルでもある、「道の駅農匠の郷やくの」に行くと、敷地内にある温泉施設、レストラン、宿泊施設などの入り口は施錠され、『休館』の張り紙があった。
「客足が遠のいて経営がうまくいかんくてね。市が第三セクターで運営してたんやけど、2年前から、ずっとこの状態で放置されとる」(地元住民)
時刻は午後4時。広大な駐車場にあるのは記者の車を含め3台ほど。静寂に包まれる中、おばちゃんの叫び声がこだました。
「おーい! こっちこっち!」
声の主は、取材をお願いしていた夜久早百合さん(68歳)。この地区の地域おこしを担う、夜久野みらいまちづくり協議会の移住・定住促進の担当者だ。彼女によると、近年はコロナ禍により田舎暮らしを求めて移住してくる人が増え始めたという。
「今年度だけで17人! ミニスカートで見学に来てくれた30代の女のコはほかにとられちゃったけど、確実に上昇してますよ。夜久野の奥のほうに住人の大半が70歳以上の集落があるんやけど、そこにも若いご夫婦が移住してこられてね。その集落では『若者が来た!』言うて、すごい活気が出てるんです」
若者といっても、「50代後半」の中高年の夫婦。夜久野に来る移住者は「定年退職した60代の方」が大半だという。若い世代が入らないから、なかなか赤ちゃんも生まれない。
「そういえば、市役所の夜久野支所の支所長が言ってたわね。『私が支所長になってから(2年間)、出生届を見てない』って」
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子育て世代が定着し、子だくさんの恩恵を受ける市街地と、人口減と過疎化に歯止めがかからなくなっている山間の地域。出生率2.02の福知山市では、その明暗がくっきりと表れていた。
この町には青年部の奥田さんや「すくすくひろば」の足立さん、夜久野の夜久さんのようなキーパーソンが複数いて、彼らが地域活動を引っ張っていた。そこに行政がどう関わっていくかが、今後の出生率の浮沈を左右しそうだ。