たとえカタギの商売に鞍替えしていたとしても、組を正式に脱退していなければ、抗争相手のターゲットとなってしまう たとえカタギの商売に鞍替えしていたとしても、組を正式に脱退していなければ、抗争相手のターゲットとなってしまう
ラーメン一杯550円の良心価格で庶民の胃袋を満たし、地域に親しまれてきた店主が、厨房で銃弾を食らい非業の死を遂げた。しかも、そのラーメン店の店主が暴力団組長だったことが明るみとなったことで、そのギャップの大きさが世間を震撼させている。

■口に銃を突っ込み発砲か

殺害されたのは、神戸市長田区東尻池のラーメン店「龍(りゅう)の髭(ひげ)」の店主・余嶋学さん(57)。

4月22日午前11時10分ごろ、余嶋さんに買い出しを頼まれた女性従業員が店内に戻った際、余嶋さんが頭部から血を流して倒れているのを発見して通報した。余嶋さんは病院に運ばれたが、間もなく死亡が確認された。

のどかな住宅街にあるラーメン店で起きた突然の凶行。その犯行には残忍さも漂う。

「警察は現場を調べたものの銃器や銃弾は発見されず、頭部の表皮には銃弾を受けた形跡もなかったのですが、頭部のCT画像で銃弾が見つかったことで殺人事件と断定しました。つまり、余嶋さんは口の中に銃を突っ込まれて発砲されたということです。

通報の約20分前に、黒い服で帽子をかぶった若い男が店を訪ね、その数分後に走って逃げる姿が付近の防犯カメラで撮影されています。大胆な手口から、兵庫県警は暴力団関係者による犯行の可能性が高いとみて、抗争事件も視野に調べています」(全国紙大阪本社社会部デスク)

■味も人柄も定評があったエリートヤクザとその店

「龍の髭」は神戸名物の"ぼっかけ"と呼ばれる牛すじや牛テールを載せたラーメンが、安価な価格で提供され人気を呼んだ。SNS上では常連客から「美味しいお店だったし、店主さんもいい方でした」といった追悼のコメントが寄せられている。

ただ、余嶋さんにはもうひとつ、暴力団組長という側面もあった。

「余嶋さんは六代目山口組の最大派閥である弘道会の直参の組長。湊学という渡世名を名乗り、名古屋が本拠の弘道会の中で神戸市内の唯一の直系組長として湊興業を率い、任侠界での経歴はエリートとも言える存在です。

しかし、暴力団排除の流れのあおりで近年は若い衆がおらず、弘道会に立て替えてもらった湊興業の事務所の建設費用や月々の会費の支払いがままならず、引退や降格を申し出たこともあったようですが認められなかったそうです。現在の自宅も店舗の2階でした。ヤクザとしてのシノギがなく、金に困った末にたどり着いたのがラーメン店経営だったのでしょう」(実話誌記者)

ヤクザは本来、汗水流した仕事を嫌い、男伊達として見栄を張るのを美徳とするもの。それが稼業で食いあぐねた結果、厨房に立ち客に自慢のラーメンを振舞っていたところ暗殺者に命を奪われたわけだが、似たようなケースはほかにもある。

■引退同然で鍋を振っても蜂の巣に

2019年11月、兵庫県尼崎市で、神戸山口組の直参で二代目古川組組長の古川恵一元組長(享年59)が、対立する六代目山口組のヒットマンにマシンガンで撃たれ、蜂の巣状態となって殺害された。

事件当時、古川元組長は実子が経営する居酒屋の厨房に立ち、店を切り盛りしていた。関西の暴力団事情に詳しいA氏が語る。

「古川元組長は、平成のフィクサーと呼ばれた許永中氏の後見役でもあったほどの大物ヤクザだった実父から古川組を継承しました。しかし、ヤクザとしての器量は乏しく、子分に去られ一人親方同然となっていました。

渡世からの引退を申し出たものの、神戸側の執行部から『抗争の旗色が悪いように受け取られるのでヤクザを続けろ』と断られ、仕方なく居酒屋で自ら鍋を振って生活の糧としていたところ、店先で襲われたのでした」

シノギでは食っていけないヤクザの中には、部屋住み時代の食事当番の経験を活かし、料理人として厨房に立つことを選ぶ者も少なくないという シノギでは食っていけないヤクザの中には、部屋住み時代の食事当番の経験を活かし、料理人として厨房に立つことを選ぶ者も少なくないという
料理人との二足のワラジを履くヤクザは、最近増加傾向にあるようだ。

「ヤクザとして食っていけず、年も年だけに肉体労働がきついとなると、自ら厨房に立って細々と飲食店を経営するケースが増えているようです。若手時代に部屋住み修行で食事当番をさせられるので、料理が得意な者も多いですし。

ただ、店に毎日のように通わねばならず、行動パターンも捕捉されやすい。まだ抗争が続いているので、きちんと組から足を抜けていないと格好の標的になります」(A氏)

山口組中興の祖と言われる田岡一雄三代目組長は、日ごろから「正業を持て」と子分たちに諭してきたと伝えられる。そして組員たちが、港湾事業や不動産、芸能、金融など各種の業界に暴力を背景として進出して富を築き、山口組の全国進出の原動力となった。

時代は移り変わり、表の仕事から排除されたヤクザたちは、自らの調理の腕で活路を見出すのが現実のようだ。

●大木健一 
全国紙記者、ネットメディア編集者を経て独立。「事件は1課より2課」が口癖で、経済事件や金融ネタに強い