《また、爆発物の作り方をテレビで紹介しているのか。いい加減、放送法違反で停波させるべきだろ》
《マスコミは爆弾テロを煽っているとしか思えない》
4月中ごろ、Twitterにはそんな投稿が相次いでいた。槍玉に挙げられたのは、4月15日に和歌山市の漁港で発生した、岸田文雄首相を狙った爆弾テロ事件を取り上げたテレビの情報番組だ。和歌山市ののどかな漁港に爆音が鳴り響いた直後からマスコミ報道は過熱した。昨年7月には、奈良県橿原市で、参院選の応援演説中に安倍晋三元首相が「手製銃」で狙撃され死亡するという事件があったばかりである。
■爆弾の製造方法に関わる報道に非難が
犯人の動機は何なのか。警備体制は適切だったか。要人をターゲットとするテロが続発する背景のみならず、犯行に用いられた「手製爆弾」という凶器にも注目が集まった。しかし、この「手製爆弾」について、一部マスコミの取り上げ方、報じ方が物議を醸したのだ。
「炎上したのはテレビ朝日系の朝の情報番組『サンデーLIVE!!』での一幕。事件の詳細に触れる中で、凶器が『パイプ爆弾』だった可能性に言及し、材質や形状、構造、さらには『被害がより大きく広がる』として殺傷能力を高めるための工法まで紹介しました。この内容に『テロを助長する』などという物言いが、ツイッターなどのSNS上で相次ぐことになったのです」(全国紙社会部記者)
マスコミに対する風当たりが強まっていることも、「ネット民」の反発を大きくした背景にはありそうだが、ネット上では、今回のテロ事件を受け、過去に起きた別のテロ事件が引き合いに出されていた。1974年8月から75年5月にかけて相次いだ極左テロ集団が引き起こし、警察庁広域重要指定事件にも指定された「連続企業爆破事件」である。
「もっとも被害が大きかったのが、74年8月30日に起きた、東京・丸の内にあった三菱重工ビルの爆破事件。1階の出入り口付近に仕掛けられた時限爆弾の爆発と爆風で飛び散った大量のガラス片により、通行人ら8人が死亡、376人が負傷する大惨事となった。
その後の警視庁の捜査で、犯行が『東アジア反日武装戦線』を名乗る極左テロ集団によるものと特定。75年5月に主要メンバーが一斉検挙されましたが、メンバーの一部は逃亡し、いまも全国指名手配されています。
事件そのものの衝撃も然る事ながら、いまだにこのテロ集団のことが語られるのは、彼らが爆弾テロの指南書ともいうべき冊子を残していたことも背景にあります」(同)
その問題の冊子は、1974年に刊行された「腹腹時計」と題された「教程本」である。東アジア反日武装戦線の一派である「狼」が作成したとされる同書には、「ゲリラ兵士」、つまり極左テロリストとしての心構えや、捜査当局の捜査をかいくぐる手法、「都市ゲリラ戦」と称する破壊工作のノウハウを詳述している。いわば世界でも稀な「テロリスト教本」だったわけだ。
とりわけ同書が危険視されたのは、連続企業爆破事件の犯行でも使われた「手製爆弾」の製造方法を仔細に書いていた点にある。
「『中学生程度の科学知識があれば誰でもつくれる』などと標榜し、時限装置が付いた爆弾の作り方を図解入りで詳しく書いている。爆薬の入手先にも触れており、連続企業爆破事件ではそこに書かれていた除草剤を転用した塩素酸ナトリウムを原料とした爆弾が使われています。
この本をきっかけに組織に加わった活動家もいましたが、警視庁は、冊子に使われた字体と事件に関連して犯行グループが出した犯行声明文の字体が一致したことから、『東アジア反日武装戦線』メンバーの事件への関与を突き止めてもいます」(同)
連続企業爆破事件の犯行グループが摘発され、事件の全容が明らかになると、犯罪の元凶となった「腹腹時計」の存在も広く知られるようになった。
■ネットに溢れる現代の「腹腹時計」
捜査当局は、同書をテロを誘引する危険図書とみなし、一般向けに同書を販売していた書店への強制捜査を「爆発物取締法」の違反容疑で実施するなど、規制強化に乗り出した。
しかし、発刊からまもなく半世紀を迎える現在でも、インターネットのオークションサイトで取引されるなど流通し続け、爆発物が犯行に使われる事件が起きるたびに同書との関連が取り沙汰されている。
「和歌山での岸田首相の襲撃事件でも、発生後すぐに『腹腹時計』との関わりを疑う書き込みがSNS上で相次ぎました。それほど危険図書としての〝知名度〟が高いということでしょうが、事態がより複雑なのは『腹腹時計』の内容も含めて、ネット上では容易に爆弾の製造方法を入手できるということです。
取り締まる側の警察庁も、ネット上でも公開している警察白書で『爆弾テロとインターネット』と題した章の中で『市販の化学物質から爆発物を製造する事案が発生』しているとする情勢分析を上げています。
犯罪を抑止する目的があるのでしょうが、ここで『爆発物の原料』として種々の化学物質を紹介し、それらの用途例を『肥料、瞬間冷却剤』などと明かしてしまっている。犯罪につながる〝ネタ〟を提供してしまっているという、なんとも皮肉な状況が生まれてしまっているのです」(前出の記者)
黒い衝動に駆られる者たちの間で、いまもひそかに読み継がれている「腹腹時計」。インターネットの登場によって起きた「情報革命」が、そのテロリスト教本の流通を促し、悪意の拡散にも一役買っているということか。
■有害情報の根絶は不可能
一方、岸田首相を狙った爆撃、安倍元首相が命を落とした銃撃。いずれも自作の「凶器」による犯行である点が、過去の同様のテロ事件とは異なる点でもある。
銃社会である米国とは違い、銃器の規制が厳しい日本の法制度が治安維持に一定の役割を果たしてきたことは間違いないが、ネット社会の進展により、誰もがどんな情報にもアクセスできるようになったことでその優位性は失われつつある。防ぐ手段はないのか。
「市販のものを原料とする『手製爆弾』や『手製銃』を根絶するのは現実的ではない。民間事業者の正当な商行為を取り締まることにもなりかねないためだ。となると、警備面での対策を徹底するより他に手立てはない。9.11テロの後、空港の警備体制が強化されたように、大勢の人が集まる選挙の演説会場やライブ会場などでの警備は根本的に見直される流れになるだろう。
新幹線内で起きた無差別殺傷事件の時にも俎上(そじょう)に上がった、鉄道の警備体制強化の議論も再燃するのではないか。不審者の早期発見にもつながる監視カメラの普及拡大も検討対象になるだろう」
安全との引き換えに見えてくるのは息苦しい「監視社会」の到来なのだろうか。そうだとすれば、暴力の代償を払わされるのは我々市民ひとりひとりということになる。その点においても、やはり暴力は許せない。