社会の分断はこの3年間で進み、コロナはそれを残酷なまでに可視化した 社会の分断はこの3年間で進み、コロナはそれを残酷なまでに可視化した

感染症のプロとして、感染拡大当初からその時々の感染状況を踏まえて、われわれが取り組むべき大切なポイントをさまざまなメディアを通して発信してきた神戸大学病院感染症内科の岩田健太郎教授5類移行のタイミングで、この3年間の総括をしてもらった。【新型コロナ「5類」移行の今だから知りたい"4つの疑問"④

* * *

■コロナ分断を生んだ立場主義

コロナ禍の3年間で露呈した問題のひとつは「科学」とか「ファクト」を論じることの難しさで、その大きな要因が自分の立場からしか物事を見ようとしない「立場主義」的な考え方です。

例えば、新型コロナというウイルスには意思も何もなくて、単に「ウイルスが病気を引き起こしている」という話なので、純粋にそのファクトを理解して対応すべきです。

しかし、それぞれが自分の「立場」から都合のいいようにこのウイルスを理解しようとすれば、例えば、飲食業や旅行関連業の方は「コロナなんて風邪みたいなものだ」と言いたくなるのは当然です。

これは医療従事者も例外じゃなくて、どうしても「医療が崩壊したらどうするんだ」みたいな話になってしまう。もちろん、医療が崩壊したら困るのは事実なのですが、それと同時に「私たちがこんなにしんどい思いをするのはもう嫌だ」という本音がチラついているのも事実。

そうやって「すべての問題の原因」であるコロナを、誰もが自分の立場に寄せて理解しようとすれば議論は最初からすれ違い、分断と対立ばかりが広がってしまいます。

■メディアが人々を「ファクト」から遠ざけた

それにはメディアの責任も大きくて、新聞やテレビなどは「新規感染者数が何万人です」とか「ワクチンを打った直後に○人が死亡しました」という断片的な情報や、誰かの意見を垂れ流すだけで、それらの情報を総合的に吟味したり、それが意味することを議論するということがない。

あるいは「政府の立場」や視聴者である大衆の「欲望」に寄せて報道しようとするから、人々をさらにファクトから遠ざけることになる。

そうした傾向に輪をかけたのがネットメディアの存在で、グーグルやユーチューブで検索すると、自分の欲望に寄せた情報だけが上位に表示されるので、自然と自分の立場や考えに近い情報や動画ばかりに触れることになるし、SNSを通じて「仲間」が集まると完全に"洗脳状態"になっちゃうわけです。

そうやって社会の分断はこの3年間で進み、コロナはそれを残酷なまでに可視化した。コロナが5類へと移行し、多くのことが個人の判断へと委ねられる今後は「オマエはどっちの立場に立つんだ?」といった立場主義がさらに進むのかもしれません。

そんな時代に立ち向かうには「立場や組織にとらわれず、自分の頭で考える」というハードボイルドな生き方しかないのですが、それは同時に孤独な茨いばらの道でもある。フィリップ・マーロウがカッコいいのは、凡人にはまねできないからなんですよね。

●岩田健太郎(いわた・けんたろう) 
神戸大学病院 感染症内科教授。中国・北京でSARS(重症急性呼吸器症候群)、アフリカ・シエラレオネでエボラ出血熱などの臨床、感染対策に携わる。2008年から現職