あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「店員の名札問題」について。
* * *
「この店ってバカじゃない?」。女性管理職の企業人と食事をした帰りに聞いた意見だ。その店は高級なもんじゃ焼き店で、女性店員がもんじゃを焼きながら客に積極的に話しかけていた。
おそらく店の方針だろう。「お二人はデートですか? いや、お仕事ですよね」。たしかに仕事だったが、微妙な投げかけだった。そうか! 店がバカとは、その女性が私に仕事以上の関係を求めているという意味だったのか......と思ったが、まったく違った。
私は相手の企業に奢(おご)ってもらったのだが、会計時のレシートに「担当:XXXX(女性店員の名前)」との記載があった。「ストーカーしてくれって言っているみたいでしょ」。なるほど、積極的に話しかけさせて名前まで公開するとはたしかに危うい。そういえば名札にも女性の名前が記載されていた。
このところ小売店などで、店員のネームプレートを名字だけの記載にする動きがある。カスタマーハラスメント防止やプライバシー保護のためだ。
これは行政も同じ。市役所などで名札にフルネームが記載されていると、市民からSNSで検索され個別メッセージが届いたり、住所を特定されたりするという。大変な迷惑を被っている人が大勢いる。
たとえば国土交通省では、6月をめどに省令を改正し、バスとタクシーのドライバーの名札提示義務を廃止する動きがある。これによりお客の過剰なクレームを抑止する。撮影して嫌がらせする客もいるほどだ。
ただ、氏名を掲示することで呼びかけてもらい会話がはじまることもある。それもサービスだ。ドライバーは名前を知られて責任感をもつかもしれない。むしろ積極的に名乗るタクシー会社もある。相性によっては次回以降、ドライバーを指名してくれるかもしれない。
義務がなくなるだけであって、掲示し続けてもいいわけだから、あとはメリットとデメリットを天秤(てんびん)にかけて各社が判断すればいいだろう。ただし小売店では、名札を見られた店員へのストーキングやハラスメントが多発している。これは防がねばならない。
ところで、仕事上では無数の名刺交換を行う。なかには旧姓で仕事を続ける女性もいるが、基本的には本名だ。しかし、小売店のようなカスタマーハラスメントはさほど多くない。会社を背負っているし、企業間の関係を考慮すれば怒号は浴びせにくい。何より仕事を通じて相手を理解している。
ある企業では顧客の出身県を聞き出し、同郷の担当者を配置するらしい。同郷トークで盛り上がって人間関係を築くためだとか。また某カスタマーセンターでは待ち時間に「これからぼくのお母さんが担当しますのでよろしくお願いします」とオペレーターの子供の録音データを聞かせる。これでクレームが激減したという。なんというアイディア! 相手の人間性を少しでも「知ってしまった」ら怒れない。
ストーキングされることは避けねばならないが、人間性は見せる必要がある。そこで私の結論。名札は名字どころか仮名にしよう。支障はほぼない。かつ出身県か、趣味でも併記しておこう。「趣味:ジャーマンプログレ」って書いてあれば私なら絶対に話しかけるね。「%&!*#(自主規制)」なら話さないし行かない。あ、店側はソンなのか?
●坂口孝則(Takanori SAKAGUCHI)
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。『営業と詐欺のあいだ』など著書多数。最新刊『調達・購買の教科書 第2版』(日刊工業新聞社)が発売中!