政府のお墨付きを得て、いきなりうごめき始めた大阪のIR(カジノを含む統合型リゾート)計画は、「南海トラフ巨大地震」という脅威が迫る中、"いちかばちかの大勝負"なのかもしれない。
しかし、逆転の発想で、少し視点を変えれば、大阪IRは大勢の人を救う一大防災拠点になる!
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■開業から約10年以内に巨大地震が起こる!?
IR誘致を訴える日本維新の会が今年4月9日に行なわれた統一地方選挙の前半戦で大勝し、実現に向けて大きく動き出した「大阪IR」。政府も4月14日、大阪府・市によるIR整備計画を初めて認定した。今後、約1兆円の初期投資とともにIR施設の建設が進められ、2029年秋の開業を目指す予定だ。
一方で、カジノを含むIRの誘致に関してはギャンブル依存症の増加を心配する声のほかに、いくつかの懸念も示されている。そのひとつが、IRの建設予定地「夢洲(ゆめしま)」の立地に関する問題だ。
大阪湾を埋め立てて造られた人工島の夢洲は、以前から土壌汚染や軟弱地盤の問題が指摘されており、地盤沈下は恒常的に起こっている。そのため、大阪市は夢洲の土壌汚染対策と液状化対策に合わせて約790億円の公費を投入するという。
そこで懸念されているのが、近い将来に発生する可能性が高いと多くの専門家が警鐘を鳴らしている「南海トラフ巨大地震」と、それに伴う津波の影響だ。
仮に巨大地震と津波が大阪を襲った場合、巨費を投じて造られる夢洲のIRが、文字どおり「水の泡」と化してしまう恐れはないのか?
「29年秋に予定される大阪IRの開業からおよそ10年以内、つまり2030年代に南海トラフを震源とした巨大地震が起こる確率は非常に高いと思います」
と語るのは、火山や地震に詳しい地球科学者で京都大学名誉教授の鎌田浩毅(かまた・ひろき)氏だ。
「南海トラフの北側には震源域と呼ばれる3つの『地震の巣』があり、それぞれ東海地震、東南海地震、南海地震を引き起こしてきました。
そして、歴史をひもとくと、南海トラフ沿いでは約100年周期で津波を伴う大きな地震が発生していて、そのうち3回に1回は3つの震源域が連動する巨大地震だったこともわかってきました。30年代に起きると思われる次の南海トラフ地震は、その『連動型巨大地震』となる可能性が高いのです」
ちなみに、政府の中央防災会議の作業部会はその地震の規模をマグニチュード9.1、太平洋岸を襲う津波の最大高を34mと想定している。西日本に与える被害は甚大で、総被害額は東日本大震災の10倍を超える220兆円に上ると試算されている。
鎌田氏によれば、南海トラフ巨大地震は現時点で大まかな発生時期を科学的に予測できる唯一の地震だという。
「地震発生の正確な日時を予測することは不可能ですが、南海トラフ地震の前後に起きる地盤の隆起のデータや、巨大地震の40年ほど前から活発化する内陸部での地震の統計モデルなど、これまでの研究からはじき出されたのが、南海トラフ巨大地震は30年代に起きるという予測で、私も40年までには確実に起きると考えています。
仮に連動型の南海トラフ巨大地震が発生すれば、大阪は最大震度6強の地震に見舞われ、大阪湾には最大5m前後の津波が2時間で押し寄せることが予想されます」
■大阪府・市に聞いた被害想定と防災対策
ただし地震や津波によって、IRの建物が大きな被害を受ける可能性は低いと、鎌田氏は指摘する。
「大阪のIR計画は南海トラフ巨大地震の被害想定を織り込み済みのはずです。地盤の深い所まで基礎を打ち込むなど、現代の土木技術をもってすれば建物自体に大きな被害はないでしょう。
もちろん、地震の揺れによって建設地では液状化が起きる可能性はありますし、津波や高潮による浸水で一部の機能が失われるかもしれませんが、建物がすぐに倒壊するような恐れはないと思います」
むしろ心配なのは、地震と津波によって大阪市街の広い範囲が被害を受けることだという。
「大阪湾岸を襲う最大5mの津波が淀川をさかのぼり、上流に位置する高槻(たかつき)市辺りまでの広範な地域に被害をもたらすことが予想されます。
それ以前に、震度6強の地震で市内の古いインフラが大きな被害を受け、川の堤防が決壊したりすれば街は広範囲に水浸しとなり、地下鉄が止まるなど大阪の都市機能がマヒしてしまう可能性もある。
その場合、IRのある夢洲は孤立し、その状態が1週間どころか1ヵ月以上も続くかもしれません」
では、南海トラフ巨大地震発生時のIRの防災対策について、整備計画を進める大阪府・市はどのように考えているのか?
まず被害想定だが、公表されている整備計画によれば、南海トラフ巨大地震の際の夢洲内の震度を「最大5強~6弱」、発生確率を「30年以内に70~80%」としている。津波に関しては「発生すれば甚大な被害をもたらす最大クラスの津波と高潮を想定する」と記されている。
そこで筆者は想定している「最大クラスの津波」の規模について、大阪府・市のIR推進局の担当者に問い合わせたところ、「津波の高さは最大3.2mと想定し、満潮時の最大潮位分の2.2mを足した最大5.4mと想定しています」とのことだった。その上で、
●IRが建設される夢洲の地盤を平均海面から9.1mの高さに設定し、建物の床を想定される津波の高さを超える高さにする。
●防災上重要な施設は浸水リスクの少ない区域に配置し、電気室等の重要な設備機械室は原則、地上階に設置する。
●災害時に電気や熱を供給するエネルギー供給施設を整備し、重要度の高い施設は3日間インフラ機能を維持するための自立電源を確保する。
●帰宅困難者全員が、災害発生から3日間以上、安全に過ごすための備蓄品を保管し、安全かつ衛生的に過ごせる環境の提供に配慮する。
といった具体的な防災対策が整備計画の中に盛り込まれているのだという。
■IRは震災時の防災拠点にもなる!
なるほど。大阪のIR計画が来たるべき南海トラフ巨大地震を想定していることはわかった。とはいえ、約1兆円を投じて造られるIR開業の翌年から10年ほどの間に、数百年に一度の巨大地震が高確率で発生するというのは、さすがにタイミングが悪すぎる。
整備計画では、大地震などで一時的に施設が閉鎖になった場合でも、最大1年は事業存続が可能な手元資金として約1000億円を事業者が確保できるような対策を講じるとしている。
しかし、被害総額200兆円を超える南海トラフ巨大地震が発生し、その後の復興に日本が直面する中で、カジノを含むIRの経営が本当に成り立つのか? これがギャンブルなら、かなり無謀な大バクチのようにも思えるが......。
「いや、むしろIRは造ったほうがいいと思います!」
と逆転の発想で話すのは、前出の鎌田氏だ。
「すでに述べたように、最新の土木技術を使えばIRの建物が地震や津波で倒壊する可能性はまずないでしょう。
従って、夢洲の一時的な孤立が解消された後は、この場所を大阪の災害援助のためのヘリポートや船による支援物資の輸送のための災害支援拠点として活用できる可能性がある。IR内に併設される大規模なホテルも、避難場所として転用できるはずです。
こうした防災のための大規模インフラを整備しようとしても、大阪や東京のような大都市では広大な土地の確保が難しいのが課題ですが、IR誘致という名目なら国や自治体も予算をつけやすい。
夢洲のIRに、大阪の防災拠点としての機能を持たせ、それと同時にIR誘致を口実に南海トラフ巨大地震の被害を減らすための大阪の都市防災機能整備を一気に進めてしまえばいいという戦略です」
ちなみにこのアイデアについて、IR推進局の担当者に聞いてみたところ、「現時点で、IRを防災拠点として活用するという計画はありません」とのこと。
もちろん、IRの事業者にはそんなつもりはないかもしれないが、巨大地震のリスク覚悟で夢洲のIR建設に「1兆円の大バクチ」を打つのなら、せめて「南海トラフ巨大地震時の防災拠点」としても活用できる方向で進めてくれないかなあ?