オミクロン系の新たな変異株XBB.1.16には、うしかい座で最も明るい恒星「アークトゥルス」(左膝の星)という俗称がついている オミクロン系の新たな変異株XBB.1.16には、うしかい座で最も明るい恒星「アークトゥルス」(左膝の星)という俗称がついている

5月9日以降、1日当たりの新規感染者や死亡者などのデータが更新されなくなり、人々の間でコロナを意識することが薄れつつある中、その間隙を縫うように、不気味な変異株が日本国内でとてつもない勢いで広がっているという。

これまでの変異ウイルスとは何が違うのか? 結膜炎や下痢など、新たな症状が見られる理由として考えられることは?

* * *

■クラーケンを上回るウイルスの伝播力

5月8日から新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが、季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に移行され、ポストコロナ時代に向けて本格的に動き出した日本。

新規感染者の集計は全数把握から定点把握に代わり、毎日発表されていた新規感染者数、重症者数、死亡者数などは更新されなくなった。

以前のようにリアルタイムな感染状況はわからなくなったが、それはもちろんコロナの根絶を意味しているわけではない。今も、新たな変異株は生まれ続けている。

そんな中、専門家の間で注目されているのが、今年の春頃からインドや北米など、世界各地で感染が拡大している「XBB.1.16(俗称アークトゥルス)」と呼ばれるコロナの変異株だ。

日本国内でも感染が確認されていて、東京都が公表している週ごとのゲノム解析結果の5月18日時点の推移を見ると、4月3日から9日の結果では一件も報告されていなかったXBB.1.16が、わずか数週間で全体の14.3%(4/17-23)、23.0%(4/24-30)と急激に増加していることがわかる。

コロナの5類移行とほぼ前後して、国内でも爆発的に増え始めたXBB.1.16とは、いったいどのような変異株なのか?

「XBB.1.16は、XBB.1.5(俗称クラーケン)よりも高い伝播(でんぱ)力を備えているのはほぼ間違いないと思います」

そう語るのは、東京大学医科学研究所の教授で、新型コロナウイルスの変異株を追い続け、世界的にも注目される研究グループ「G2P-Japan」を主宰するウイルス学者の佐藤佳(けい)氏だ。

佐藤教授の研究グループは、この新たな変異株の特性に関する論文をいち早く世界的な科学雑誌に発表している。

「XBB.1.16はオミクロン系統の変異株で、今感染の主流となっているXBB.1.5と同様、組み換え体と呼ばれる変異株です。ただし、XBB.1.5の進化系ではなく、兄弟のような関係だと思ってもらえばいいでしょう。

私たちがこの変異株に注目した理由は、XBB.1.16が持つ高い伝播力です。

ウイルスの広がりやすさを意味する伝播力は、ひとりの感染者から何人に感染が広がるかを示す『実効再生産数』という指標で比較されるのですが、それを見る限り、XBB.1.16の伝播力は、それまで最強だったXBB.1.5を上回っています。

変異株検査のサンプル数が大きく減っているので厳密な評価はできませんが、東京都が公表したゲノム解析結果を見る限りでは、すでに国内でもXBB.1.16が感染を広げている可能性は十分あります」

■これまでと違う症状が見られる訳

では、この新たな変異株について、現時点で何がわかっているのか?

「まず、XBB系統については、私たちが免疫逃避性と呼んでいる『ウイルスが免疫をすり抜ける力』が非常に高いことがわかっていますが、その力はXBB.1.5も同じで、これがマックスの状態だと考えています。そのため、ワクチン接種による中和抗体が効きづらくなっているのは間違いありません。

また、感染のしやすさに大きく関係するもうひとつの要素だと思われていた『細胞への結合力』ですが、こちらもXBB.1.5と比べて上がっていません。そのため『なぜXBB.1.16の伝播力が、XBB.1.5を超えて過去最強なのか?』は、今はよくわかっていません。

おそらく、実験室では再現できない何か別の要素が、この新たな変異株の高い実効再生産数につながっているのだと思います」

インドや北米などで広がり、日本でも感染が確認されたXBB.1.16。その伝播力の高さから、研究者の間で今最も注目されている変異株のひとつだ インドや北米などで広がり、日本でも感染が確認されたXBB.1.16。その伝播力の高さから、研究者の間で今最も注目されている変異株のひとつだ

一方で、XBB.1.16で気になるのが、これまでとは違う「症状」が見られることだ。今のところXBB.1.16の感染時に重症化率や死亡率が上がったという報告はないようだが、発熱や咳、喉の痛みといった一般的なコロナの症状に加えて「結膜炎」や「下痢」など、呼吸器系以外の症状が数多く報告されているという。

「一般的に呼吸器系の病気だと思われている新型コロナ感染症ですが、このウイルスが人間の細胞と結びつく『ACE2』と呼ばれる受容体は、腸などの消化器や肝臓、目の結膜など、人体のさまざまな場所にあるため、ウイルスが呼吸器以外の細胞に感染することもあります。

XBB.1.16で報告されている症状の変化には、そうしたコロナの特徴が関係している可能性があり、これはコロナ後遺症の原因のひとつと指摘されている呼吸器以外での持続感染に関係しているのかもしれません」

現役最強の伝播力を持つXBB.1.16がこの先、日本でどの程度の広がりを見せるのか? そして、それが「第9波」を引き起こすのか?

コロナの5類移行に伴って感染状況の監視体制が大きく引き下げられた今、その行方を予想するのは難しい。

だが、新たな変異株によってコロナの重症化率や死亡率が急激に高まり、深刻な状況を招かない限り、ある程度の感染拡大を繰り返しながらも、普通の日常を続けるというのが私たちの選んだ「ウィズコロナの世界」の現実だ。

「イギリスのように国民のほぼ全員が感染した国でも流行の波は起きています。今後もコロナが世界から消えることはなくて、おそらく日本でも、社会の中に感染者が20%程度は常にいる、という状態に最終的にはなっていくのかもしれません。

ということは、ウイルスそのものはずっと増え続けていくので、ウイルスの変異はどんどん蓄積されていくことになります。それがデルタ株のようにウイルスの特性が突然大きく変化し、病原性が高まった変異株を生むことだってある。そうしたことが起こりうる可能性があることを、忘れてはいけないと思います」