総務省の発表によると、2023年3月時点で67%の普及率となった「マイナンバーカード」(マイナカード)。ただ、取得してみたけど、その便利さを実感する機会はあまりない、という人は多いのではないだろうか。今後、このカードは"使える"ようになるのか? そして何に注意すべきか? イチから整理した!
■「マイナカード」とは?
まず、「マイナンバーカード」(以下、マイナカード)とは何か。すでに持っている人も多いと思うが、改めて確認しておきたい。デジタル庁の職員で、現在マイナカードを担当している菅藤理也氏はこう話す。
「マイナカードは対面に加えオンラインでも確実な本人確認ができる安全安心なデジタル社会の『パスポート』とお考えください。
カードの表面には顔写真と住所・氏名などの情報が記されており、対面での本人確認が可能です。裏面には12桁のマイナンバー(個人番号)が記載され、電子証明書などが入ったICチップがついています。
オンラインでご利用の際にはこのICチップをカードリーダーに読ませることで、オンラインでさまざまな手続きが簡単に行なえます。例えば、引っ越しの際に役所で手続きしなくともオンライン申請で済むようになっており、今後ますます活用される場面は増えていきます。
注意していただきたいのは、マイナカードそのものに税や年金、診療記録などの個人情報が記録されるわけではない、ということです。また、万が一カードやスマホ用電子証明書が格納されたスマートフォンを紛失されても、マイナンバー総合フリーダイヤルにご連絡いただければ、24時間体制ですぐに一時利用停止をすることができます。
また、今年5月11日から、スマホ用電子証明書搭載サービスが開始しました。まずはアンドロイドのスマホからスタートし、これにより、マイナンバーカードを持ち歩かなくても、また、カードをかざさなくても、スマホだけでさまざまなサービスの利用や申し込みができるようになり、利便性が向上します。
マイナポータルにおけるほとんどのサービスが対応しており、民間サービス、コンビニ交付、健康保険証利用など、順次、対応サービスが拡大していきます」
■システムエラーと人為的エラー
ただ、マイナカード利用時のトラブルは数多く起きている。例えばコンビニの交付端末でカードを使用したところ、別人の証明書が印刷されるというトラブルは、今年3月以降、首都圏だけでも13件確認されている(5月16日現在)。
この件について、サイバーセキュリティのスペシャリストでデジタル庁の有識者会議にもたびたび出席している立命館大学教授の上原哲太郎氏に解説してもらった。
「このトラブルの内容をおおまかに説明するとソフトウエアの不具合です。例えばAさんとBさんが、それぞれ同じ自治体内の別のコンビニから、ほぼ同じタイミングで交付申請したら、Aさんの処理をBさんの処理が上書きしてしまい、Bさんのデータが印字された証明書がAさんに発行されてしまった」
似たトラブルはほかにもある。今年4月からすべての医療機関・薬局においてマイナカードが保険証の代わりとして使えるようになったが(要申請)、実際に医療機関でマイナカードを使ってみたところ、別人の情報とひもづけられたというケースが相次いだ。
厚生労働省の発表によると、他人の医療費などの情報が閲覧されたケースが5月12日までに5件確認されたという。
「こちらはソフトウエアの不具合ではなく、人為的なミスが原因とみています。2年ほど前から、健康保険組合の被保険者の名簿にマイナンバーを記入するようになりました。インターネットを使って被保険者かどうかを確認するオンライン資格確認という仕組みを導入するためです。
ところがマイナンバーの数字をデータ入力する際に間違った番号を入れてしまい、それがたまたま他人のマイナンバーと一致していたことから発生したトラブルのようです」(上原氏)
厚労省によると、2021年10月から22年11月末までに、こうした誤登録が全国で約7300件確認された。それらはすでに修正されたとのことだ。
■「マイナ保険証」への一体化は是か非か
政府は紙やプラスチックの健康保険証を原則廃止にし、マイナカードへと一本化する「マイナ保険証」制度の導入を24年秋までには果たしたいと考えている。
マイナ保険証のメリットとして想定されているのは以下のとおりだ。
●顔認証付きのカードリーダーで読み取る受付方法で手続きが簡略化される。
●マイナ保険証を使えば医師や薬剤師は患者の同意の下、直近5回分の特定健診や過去3年分の薬剤情報を見ることができる。その情報は患者自身も政府が運営するウェブサイト『マイナポータル』で確認できる、など。
上原氏はこう言う。
「今の紙やプラスチックの保険証の一番の問題点は、電子的に読めないということです。紙の保険証は番号、記号、名前と書き写す作業が必要で、それは医療現場では小さくない負担になっていた。マイナ保険証があればカードリーダーにカードをかざすだけで受付が済むようになり、現場の負担はかなり軽くなるはず」
その一方で、懸念も根強い。今年2月、マイナカードを保険証としても運用するシステムの導入を医療機関に義務化したのは違法だとして、東京保険医協会の医師らが国を提訴した。その医師会に所属する内科医のA氏は話す。
「紙の保険証も残してほしいのです。患者さんには高齢者の方が少なくなく、物をなくすことも多い。マイナカードを持ち歩かせるのはリスクが高すぎます。紛失したら再発行まで5日はかかり、その間、患者さんは無保険状態になり、病院窓口は大混乱になるでしょう。
現状、特に高齢者の方で、病院に保険証を忘れる方は多くいます。当院では金庫に厳重に保管して、お返しするようにしています。これでさまざまな個人情報とひもづけられたマイナ保険証になれば、保管する責任はより重くなる。また、マイナ保険証によるオンライン資格確認の機器導入のため100万円前後の費用がかかり、それも負担です」
ちなみに、政府はマイナカードに運転免許証の機能を持たせる「マイナ免許証」の導入も24年度末に目指している。昨年10月に河野太郎デジタル担当相が「前倒ししたい」と言ったようにかなりの力の入れようだ。しかし、現行の運転免許証を廃止することに対しては否定的である。
その理由について上原氏は「運転免許証は、保険証とは違って"写真付きの本人確認書類"としての用途が日本では特に一般化している。一斉に廃止すれば相当強い反発が予想され、それは避けたいのではないでしょうか」と話す。
■「韓国人は番号を覚えている」
ここで、他国の例をのぞいてみよう。いわゆる国民総背番号制を早くから取り入れ、そのデジタル運用も続けている隣国・韓国の場合はどんなメリット・デメリットが生じているのだろうか。
韓国紙の東京特派員である徐義東(ソ・ウイドン)氏はこう話す。
「韓国では『住民登録番号』が運用されています。13桁で、番号そのものに生年月日や出身地、性別などの個人情報が含まれています」
この点は、番号自体に個人情報が含まれていないマイナンバーと大きく異なる。
「クレジットカード利用時やネットカフェの入退場、納税、出入国、ワクチン接種時、公的給付の支給時など、あらゆる場面で必要になるので、韓国人は番号を暗記しています」
その利便性は大きい。
「韓国のコロナ対策がスムーズだったのはこの番号のおかげでしょう。隔離が厳格にできたのも、公共交通機関の利用状況や携帯電話の通話記録などが番号にひもづいているから。隔離先を抜け出して電車やバスに乗っても、すぐに保健所にバレてしまいます。
また、保険証が番号にひもづけられているので、病院で保険証は不要。受診の際、医師が番号が記載されたカード(韓国におけるマイナカード)から公的健診データを読み取って『あなたは2回しかワクチンを打っていませんから、これから3回目を打ちましょうか』と勧めてくれる、ということも珍しくありません。
そういえば日本での運転免許証の更新の際に、視力検査があったことには驚きました。韓国では公的な健診記録が住民登録番号とひもづいていて、病院や行政機関などで利用できるんです。なので、韓国では免許更新時の視力検査はありません」
この番号は、こんな政策でも有効活用された。
「コロナ支援金の申請も番号で行なわれました。世帯主が銀行のホームページにアクセスし、家族全員の番号を入力。人数に応じたポイントがチャージされます。ポイントは使用期限があるので、貯蓄に回ることなく、全額が期限内で使用され、コロナで冷えた景気対策にもなりました」
もちろん、メリットばかりでもない。
「あらゆる個人情報がひもづけられているので、便利さとリスクは背中合わせです。過去に何度も番号漏洩(ろうえい)事件が起き、そのたびに社会問題化しました。
悪用で多いのが、なりすまし。本人確認は番号だけ入力すればよし、というサービスが多いので、他人の番号さえ知っていれば、その人になりすまして詐欺や窃盗などができてしまうのです」
■利用拡大のカギを握る"空き領域"
今後日本ではマイナカードはどのように運用されていくのだろうか。前出の上原氏はマイナカードをこう評価する。
「僕はすごくよくできた仕組みだと考えています。ただ、現状ではかなり誤解されている部分もある。
例えばコンビニで住民票を交付するとき、マイナカードを読み取らせているんだから、そのやりとりの中でマイナンバーが流出するリスクはあるんじゃないか、と思われるかもしれませんが、このとき使われているのは電子証明書の部分。番号自体は使われていないんです」
冒頭のおさらいになるが、マイナカードには対面での本人確認に使える部分と、マイナンバーの記載、ICチップの大きく3つの役割が同居している。そしてカード自体の有効期限は10年だが、ICチップ内の電子証明書は5年。一枚でふたつの期限、という少し複雑な作りになっている。
「だから5年ごとに役所に行って更新しないと、コンビニの交付端末などは使えなくなります。今後は、役所以外のいろんな所で更新できるようになればいいですね」(上原氏)
政府が構想するマイナカードの"横の展開"は「防災・避難所の受付管理」「交通系ICとの連携」「母子健康アプリの管理」などなど、実に多彩だ。
加えて、海外で暮らす有権者が現地から選挙にネット投票(在外投票のオンライン化)する際の本人確認への使用のほか、「カジノの入場確認」「登下校の情報を管理するシステム開発」など。ある総務省関係者はこう話す。
「今年3月7日に閣議決定された政府の方針に関する項目の中で『マイナカードの利用拡大』という項目が入りましたが、これは民間事業者がビジネスに利活用するためにマイナカードの機能を増やすという意味合いがあります。
そのカギを握るのは、マイナカードのICチップの"空き領域"です。ここにアプリを搭載して、さまざまなサービス展開ができるようになる」
ただ、上原氏は「マイナカードの用途を増やしすぎることには否定的です」と話す。
「複雑でわかりにくいものになってしまうのはよくない。便利な本人確認ツールとしての機能に集中して定着させていくほうがいいと思います」
一方、前出の総務省関係者はこんなことを話す。
「これまでマイナカードの導入に3兆円近く費用がかかっています。それでも政府が前のめりに進めているのは、行政コストをカットできるだけではなく、国民の統制、個人の資産や思想の把握まで、やりようによってはできるからではないでしょうか。
あとは"DX(デジタルトランスフォーメーション)利権"。大きな声では言えませんが、マイナカード事業に関連した天下り先はどんどん増えると思います」
マイナカードの機能拡充で便利になるのは間違いない。しかし、その便利さの代償となるのは何か、少し思いをはせておく必要はありそうだ。