民間における人手不足解消を目的に、政府は外国人労働力の受け入れ拡大に舵を切りつつある。しかし、民間以上に人材確保難が続いているのが自衛隊だ。そうしたなか、自衛官の採用対象を外国籍者にも拡大する案が取り沙汰された。国防の要(かなめ)たる自衛隊に外国人を登用することは現実的なのか。元幹部自衛官に聞いた。
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■防衛費増額も「人」がいない自衛隊
5月9日、防衛省は参院外交防衛委員会において、教育訓練を経て任官される自衛官候補生が、タトゥーを入れていても採用すべきかどうか、検討する意向を示しました。現状、タトゥーを入れている候補生は、採用していない自衛隊ですが、佐藤正久参議院議員による提言に答えた形です。
背景にあるのは自衛隊の慢性的な人材確保難です。2022年度の任期制自衛官の採用で、候補生が計画数の4割ほどしか集まらず、過去最低となったことが話題となっています。
少子高齢社会のため採用の母数が減少していることに加え、自衛官が不人気職業になっていることも大きな要因です。ちなみに、昨年公表されたネット上のアンケート調査による「子供に就いてほしくない職業」では、自衛官は3位にランキングされています。
5月23日には衆議院本会議で、防衛費増額の財源確保のために、税金以外の収入を活用する「防衛力強化資金」の創設を盛り込んだ法案が可決されました。しかし防衛費を厚くしたところで人がいなければ、自衛隊は張子(はりこ)の虎に成り下がってしまう可能性もあります。
そんななか、自衛官として外国人材を登用する案も浮上しているようです。現状は本格的に検討されているわけではないようですが、一部報道では、昨年末の安保3文書改訂に向けた検討作業において、人材確保難が深刻化している海上自衛隊の艦艇乗員の確保のため、その採用対象を外国籍にも広げることが提案されたと伝えられています。
現時点では、日本政府としては、自衛官を含め、公権力を行使する国家公務員には、日本国籍が必要であるという見解です。
ただ、諸外国の軍隊においては、外国人が限定的に登用されているケースも存在します。
フランス外人部隊は、1831年に創設された歴史ある部隊です。現在は約9000人の兵力を有しており、将校は基本的にフランス国籍を有していますが、下士官以下に外国籍保有者が採用されます。
外人部隊の約90%が外国籍の要員であり、主な出身地域の比率は、約34%がヨーロッパ人、約28%がスラブ人、約13%がアジア人、約13%がラテンアメリカ出身となっています。
入隊後5年間勤務する契約であり、3年間の勤務後にフランスへの帰化申請が可能となります。これまでにフランス外人部隊は、2度の世界大戦や湾岸戦争、アフガニスタン紛争などに派遣されています。しかし、第二次世界大戦時には、ナチスのスパイが志願者を装って外人部隊に潜入し、弱体化工作を行なっていたといわれており、課題がないわけではありません。
またアメリカには、アラビア語やペルシャ語などの戦略的に重要な言語特技や医療技術を保持している外国籍の人員を対象として採用し、一定期間経過後に市民権を付与するMANVIという米軍のプログラムがありました。
これは、ジョージ・W・ブッシュ政権下において、2008年に1000名を対象として試験的に実施され、その後、身元調査の強化などの制度変更をしながら、2016年後半に新規採用を凍結されるまで、続けられました。米国防総省が新規採用を凍結した理由は、スパイなどの潜在的な脅威に対する適切な安全策が講じられていないと評価したためです。
現に、今年1月には、このMANVIプログラムを活用し、中国のスパイとして米軍に潜入していた男性に対して、懲役8年の判決が下されています。
きっかけは、アメリカの防諜部門であるFBIが、中国の諜報機関である国家安全部の要員がアメリカ国内のスパイに対する通信を傍受した際に、このスパイが捜査線上に浮上したためで、もともとこのスパイを対象として捜査していたわけではなかったようです。
■自衛隊における外国人の登用は有効か?
アメリカの情報収集能力をもってすら、MANVIプログラムにおける身元調査をスパイにすり抜けられていることを考えれば、自衛隊の外国人登用は簡単ではないと思われます。
もし、外国籍の人材を登用する場合は、防衛省のみの対応ではなく、日本の防諜機関である公安調査庁、公安警察などと連携し、身元調査などを行なう必要になるでしょう。
また、フランス外人部隊のように戦闘部隊へ外国人を登用し配置することは、安全保障上のリスクも高くなります。そこで、リスクが比較的低い部署、例えば、自衛隊内の学校や演習場等の管理要員等へ配置するという方法もないわけではありません。
ただ、多数の人数が必要な戦闘部隊への配置と比較すると、配置可能なポストは限られるため、外国人を登用することの労力を考慮すると、費用対効果が低いようにも思われます。
自衛隊の採用難を解消するには、さまざまなハードルがある外国人登用よりも、先にできることがあります。先端技術の活用による省人化や待遇改善、ハラスメントの根絶などです。
防衛省が今年2月に立ち上げた人的基盤を強化するための有識者検討会でも議題にのぼりましたが、今まで放置されてきたこれらの問題を解決することが先決です。
現場で誠実に奮闘する自衛官が「やりがい搾取」されない、後顧(こうこ)の憂いなく活動できる環境を整備すれば、自分の子供にも勧められる職業となり、自ずと必要な人員も確保できるのではないでしょうか。