救急隊員に運ばれる被害者の男性。ラーメン店主と組長の兼業状態だった 救急隊員に運ばれる被害者の男性。ラーメン店主と組長の兼業状態だった
マスクとニット帽を着用し、扉の中へと入っていく男。その約40秒後、男は扉から出てきて、足早に立ち去っていく......。

同じ画角の別の動画には、「神戸市消防局」と印字された制服に身を包む消防隊員とみられる男性が5人がかりで、店舗の入り口に据えられたストレッチャーに男性を運ぶ様子が映されている。ストレッチャーに乗せられた男性は意識がないようだ。隊員が心臓マッサージをする様子から事態がかなり切迫していることが推察できる。

■組長射殺で危惧された血の応酬

「これは今年4月、店主の男性が射殺された兵庫県神戸市のラーメン店の入り口付近に設置された防犯カメラが、犯行前後にとらえていた映像としておもに暴力団関係者の間で出回っている動画です。

事件発生から1カ月以上が経ちますが、いまだ容疑者もあがってきていません。そんな状況下で突如、この動画が出回った。当局も把握済みで、ニット帽の男が何らかの事情を知っているとみて行方を追っています」

冒頭の動画についてこう説明するのは在阪紙の社会部記者である。

この事件では、被害者のラーメン店主の「もうひとつの顔」に注目が集まった。既報の通り、被害者には特定抗争指定暴力団「六代目山口組」の司忍組長の出身母体で、同組の中核組織である「弘道会」の直系組織の組長という別の顔もあったのである。

そのため、事件をきっかけに「血の応酬」が巻き起こる懸念も持ち上がっていた。

「六代目山口組は、2015年8月に分裂した神戸山口組との抗争状態が続いています。分裂抗争は、神戸山口組から分派した絆會、岡山市に本拠を置く池田組との対立にも発展しており、ラーメン店の事件が抗争の延長で発生したのでは、との憶測が広がり、抗争が激化することも心配されていました」(在阪紙の社会部記者)

冒頭に紹介した防犯カメラの映像は、現在はTwitterなどにもアップされているが、暴力団関係者らが参加するLINEコミュニティ内では、一足早く拡散していたようだ。ヤクザとその周辺者らが構築する独自のネットワーク内で事件に関する情報がやりとりされていることからも、事件の余波が暴力団社会全体に及ぼす影響について警戒感を抱く者が多いことがうかがえる。

■多少の揉め事では組は動かない

ただ、今のところそうした事態は発生していない。ある暴力団組幹部が指摘する。

「一昔前なら、こうした発砲事件から組同士の抗争に発展することも珍しくなかったが、今ではそうした展開になることはほとんどないと言っていい。たとえ事件にヤクザの関与があることがわかっても、組を上げて『返し(=報復)』をしようということにはならない」

一体なぜか。

「組同士の抗争になれば、警察当局の取締がさらに厳しくなるのが目に見えているからだ。山口組の分裂抗争が勃発してからすでに8年が経っているが、この間、取締の強化で組事務所も満足に使えなくなり、シノギも満足にできない状況が続いている。これ以上締め付けが強くならないよう、各組織の執行部は、多少の揉め事なら『当事者同士の問題』としてスルーするようになっている」(前出の組織幹部)

犯行直後に現場を立ち去る犯人と見られる男。すわ抗争激化かと思われたが、杞憂に終わった 犯行直後に現場を立ち去る犯人と見られる男。すわ抗争激化かと思われたが、杞憂に終わった
こうした組織方針がある一方で、ここ最近、各地で暴力団関係者が関わる凶悪事件が相次いでいる。

4月のラーメン店での銃撃をはじめとし、5月26日には東京都町田市のJR町田駅に隣接する複合施設の喫茶店で、六代目山口組傘下組織の幹部が射殺される事件が発生。引き金を引いたのも、在京組織に所属していたことがある元組員の男だった。

さらに、町田の事件から3日後の5月29日には、新宿・歌舞伎町のマンションの一室にある住吉会系組織の「関連施設」で、28歳の男性がめった刺しにされて殺害される事件が起きた。事件の容疑者として逮捕されたのは、54歳の元暴力団組員の男。被害者の男性も暴力団関係者とみられ、「暴力団関係者同士のトラブル」との警視庁の見立てが各報道機関によって報じられた。

■組織の弱体化で組員が暴走!?

いわゆる「ヤクザ絡み」の事件が頻発する背景に何があるのか。

「ヤクザが困窮してるってことも一因。暴力団排除条例の施行で加速した『反社排除』の流れは食えないヤクザを大量に生んだ。たとえヤクザを辞めても、警察内での『Gマーク』、いわゆる反社認定が完全になくなるまでには5年かかる。

幹部にでもなっていたら、その期間はさらに長期化するため、辞めるに辞めれないヤクザも大勢いる。Gマークの付いていない半グレ連中が、こっちの足下を見てちょっかいかけてくることもあるし、自暴自棄になってしまう人間は少なくない。

それに昔はちょっとした揉め事が抗争に発展することがあったので、慎重に行動していた面もあったが、最近は、組織が組員の個人的なトラブルに介入することはほとんどなくなっている。組織のガバナンスが効きにくくなっている気はする」(前出の組織幹部)

暴力団の退潮が、組員の暴発を招く一因になっているとはなんとも皮肉な話であるが、これ以上の暴力のエスカレーションは避けて欲しいところだ。

●安藤海南男(あんどう・かなお) 
ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している。沖縄復帰前後の「コザ」の売春地帯で生きた5人の女性の生き様を描いた電子書籍「パラダイス」(ミリオン出版/大洋図書)も発売中