政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会会長の尾身茂氏は6月26日に「第9波が始まった可能性がある」と発言した政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会会長の尾身茂氏は6月26日に「第9波が始まった可能性がある」と発言した

3年以上、われわれの生活を縛ってきた新型コロナ。今年5月8日に5類に移行したあたりからは日常の風景がなんとなく戻りつつあったが、ここに第9波が来るってぇ!? ......ホント? 第8波の集団免疫は? 重症化はしないんでしょ? 意識に幅がある今、知っておきたいこと全部。

■勘違い①コロナ禍は終わった。第9波はもう来ない

新型コロナが季節性インフルエンザなどと同じ感染症法上の5類に移行してから1ヵ月余り。夏本番を直前に控えて「コロナ第9波」の足音が聞こえ始めている。

政府の新型インフルエンザ等対策推進会議で議長を務める尾身茂氏も6月26日に行なわれた岸田首相との面会後に「第9波が始まった可能性がある。日本は高齢化が進んでおり、高齢者をどう守るかが大切だ」と発言。

5類移行で感染者数の「全数把握」が廃止され、全国の感染者数の実数がわからないため、感染状況は厚生労働省が指定した全国約5000の医療機関による、週1回の「定点把握」のデータから推測するしかない。

それによると、6月12~18日の1医療機関当たりの新規コロナ患者数が全国平均で5.6人と、5類移行直後だった5月8~14日の平均2.63人からほぼ倍増。新規患者数は11週連続で増加傾向が続いているという。

だが、コロナの5類移行で、ようやく日本にも以前のような日常が戻ってきたばかり。感染対策も少し緩み、街中でマスクを外す人も増えているが、それでも大きな問題は起きているようには見えないし、WHO(世界保健機関)も5月に「緊急事態宣言の終了」を発表したのではなかったか?

新規患者が倍増したといわれても、あまりピンとこない。本当にコロナ第9波が来ているの?

「全数把握が行なわれていた第8波のときのように『今日の新規感染者数が○万人』という形で連日、メディアが報じるわけでもないので、一般の人たちが感染状況を実感しにくいと思いますが、残念ながら、この夏、日本がコロナ第9波に直面するのは避けられません。一部ではすでに始まっています」

そう語るのは、東北大学大学院教授で東京都新型コロナ対策アドバイザリーボードのメンバーを務める小坂健氏だ。

「もちろん、小児科が多い定点把握のデータが感染の実態を正しく反映できていないという可能性はありますが、このデータの推移を見る限り、全国的に感染者が増加傾向にあるのは間違いないですし、一部の自治体が行なっている『下水中のウイルス量』による疫学調査や、民間の企業による感染者数の推計でも感染の拡大が示唆されています。

実際に、沖縄県ではすでに定点把握の対象となった1医療機関当たりの新規コロナ患者が28.74人/週と、全国平均の5倍に上り、一部の医療機関で救急搬送や一般診療の制限を迫られる、事実上の医療崩壊が起きています。

直近のデータでは、本州に位置する千葉、愛知、埼玉などでも定点把握で全国平均を超える新規患者数が報告されています」

沖縄県では、6月12~18日の定点把握の対象となった1医療機関当たりの新規コロナ患者が28.74人と、全国平均の5倍に。すでに医療機関は逼迫しているという。ワクチンや感染によってできた免疫を突破するほどの強い感染力を持つオミクロンXBB系統が主流になったことも感染拡大の要因のひとつ沖縄県では、6月12~18日の定点把握の対象となった1医療機関当たりの新規コロナ患者が28.74人と、全国平均の5倍に。すでに医療機関は逼迫しているという。ワクチンや感染によってできた免疫を突破するほどの強い感染力を持つオミクロンXBB系統が主流になったことも感染拡大の要因のひとつ

福岡県の福岡大学付属大濠中学校・高等学校で、体育祭に参加した全校生徒2340人の約2割にあたる460人近くが発熱などの症状を訴えて欠席したり、埼玉県の春日部高校で文化祭後に116人が集団感染して学校閉鎖になったりするなど、6月に入って学校を舞台にした大規模クラスターの発生も相次いでいる。

「このまま夏休みに突入すれば、新たな感染の波が全国に広がる可能性は高いと思います」

■勘違い②第8波の大流行で集団免疫ができた

しかし、第9波が来ているとはいっても、そもそも日本が5類移行でいわゆる"ウィズコロナ"の道を選んだのは、ワクチン接種や実際にコロナ感染を経験した人が増えたことで、日本社会に「集団免疫」ができて、コロナ禍を乗り越えたからではなかったの?

「一度感染したり、ワクチン接種を受けたりすると、ほぼ一生にわたって免疫が続く『はしか』や『おたふく風邪』などと異なり、新型コロナに対する集団免疫は期待できないということが相変わらず理解されていません」

そう嘆くのは、免疫学者で大阪大学名誉教授の宮坂昌之氏だ。

「コロナ禍が始まった当初は、『新型コロナは、社会の中にある程度感染が広がれば集団免疫が形成されて、パンデミックはすぐに終わる』と信じていた専門家も多く、イギリスやスウェーデンなど、いくつかの国はそれを信じて、感染対策を十分に行ないませんでした。結果、多くの死者が出た。

もちろん、実際に感染することで一時的な免疫は獲得されますが、時間の経過とともにかなりの速度で失われていくということがすでにわかっています。

また、ひと言で免疫力と言っても、ウイルスの感染そのものを防ぐ効果と、感染後の重症化を予防する効果があります。それぞれ持続期間に違いがあるのですが、重症化予防効果が少なくとも1年程度長持ちするのに対して、感染防御効果は、最も強力かつ持続期間が長いといわれる『ワクチン+実際の感染』の"ハイブリッド免疫"でも、4~5ヵ月程度で効果が大きく下がるという報告もあります」

ちなみに、年末年始に巻き起こった第8波で日本は過去最多の感染者を出した。第8波が収束した時点で、日本の人口の約半数がコロナ感染を経験したと考えられるという。

「それに加えて、日本のワクチン接種率は比較的高いので、第8波の収束からこの春先までの期間は、日本人の多くがこのハイブリッド免疫の高い感染防御効果に守られていたから、感染者数も落ち着いていたのです」

5類に移行したのもちょうどその時期に該当する。

「ただし、先ほど言ったように、それは一時的な免疫によるものだったワケです。その防御力の"期限切れ"と、従来株よりもさらに免疫をすり抜ける力を高めたオミクロンXBB系統の広がりが重なったために感染が広がりつつある。

第9波の感染拡大が起きるのは、ある意味必然。『5類移行でコロナ禍は終わった』と思っている人がいれば、それは大きな勘違いなんです」

■勘違い③コロナは怖くない。かかっても大丈夫

何度、コロナの感染拡大を経験しても集団免疫が期待できないとすると、この先もこうした"波"を繰り返すということになる。

しかし、コロナが5類になったということは、感染症としてインフルエンザと同じ扱いになったということのはず。学級閉鎖や学校閉鎖なんて、インフルエンザの流行でも普通に起きているし、インフルエンザで高齢者や基礎疾患のある人が亡くなることも珍しくない。

従来のオミクロン対応のワクチンを打っていても、XBB系統の変異株による感染を防ぐことが難しいならば、重症化リスクの低い人は、いっそさっさと感染してハイブリッド免疫を獲得しちゃったほうがいいのでは?

「残念ながら、必ずともそうとは言い切れません」と語るのは前出の小坂氏だ。

「日本でのワクチン接種の広がりや、実際に感染を経験した人が増えた今、ほとんどの人たちにとってコロナは、かかってもインフルエンザ並みの病気になったのは事実で、コロナ肺炎などの重症化を引き起こすケースはかなり少なくなっています。

ただし、コロナとしては軽症や中等症の扱いでも、実際に感染した人の話を聞くと『症状としては重いインフルに近くて、かなりしんどかった』という声も多い。もちろん症状には個人差がありますが、重症化しないならかかっちゃったほうがいいとは、さすがに言えません」

また、前出の宮坂氏によれば、仮にコロナそのものが重症化しなくても、コロナ感染から回復した後に、別の病気のリスクが高まるという報告もあるという。

「コロナ感染から44週間後までの脳卒中、心不全、狭心症といった脳や心臓の血管の障害の発症リスクについて調べたイギリスの調査によると、感染から約1ヵ月間は心不全のリスクが最大で約10倍、脳卒中に至っては30倍も発症リスクが高まっていて、その後も長期間にわたって、通常より発症リスクが高くなるという結果が出ています。

ただし、これはイギリスのデータなので、これをそのまま日本に当てはめることはできないという意見もあります。しかし、日本でもコロナが重症化していなくて、その後、PCR検査で陰性になった人が、オミクロン株感染の影響でほかの重篤な病気が引き起こされるケースがしばしば起きています。

実際、前回の第8波で死亡した高齢者や基礎疾患のある人の中には、コロナ肺炎のようなコロナそのものの重症化ではなく、感染後にこれらの病気で亡くなった方が少なくないのです」

もうひとつ、コロナがインフルエンザよりもはるかに厄介な点として忘れてはならないのは、感染者の約1割が経験している"コロナ後遺症"の深刻な影響だ。

「別名"ロング・コービッド"とも呼ばれるコロナ後遺症には多様な症状があります。味やにおいがわからなくなる味覚・嗅覚障害が有名ですが、中には、感染後、約1年たっても強烈な倦怠(けんたい)感で立っていられず寝たきりになるケースも。

お風呂に入るのもままならず、幼稚園児の子供に髪の毛を洗ってもらっているという方もいました。そういったことが感染者の約1割に起きているというのは、決して無視できません」(小坂氏)

■勘違い④まあ、ワクチンを打てば収まるんでしょ?

第8波の後に感染を収束させたハイブリッド免疫の感染防御効果はほぼ期限切れになり、過去最強の感染力を持った変異株のオミクロンXBB系が急速に拡大中。

一方で、コロナの5類移行で普通の日常に戻ろうとしている日本では、これまでのような感染対策は行なわれず、保健所による感染者の入院調整も行なわれず、マスク着用も含めた感染対策のほとんどが、基本的に個人の判断へと委ねられることになる。

インフル並みといっても、実際にかかればけっこうキツそうだし、約10人にひとりの割合で後遺症の心配もあるなら、正直感染したくないが、どうしたらいいのだろう?

「個人でやれることは、基本的にこれまでの感染対策と同じで、エアロゾル感染を防ぐための換気と、必要に応じてマスク、それから、ちょっと体調が良くないと思ったら迷わずに仕事や学校を休む、帰省の時期をずらす......といったことでいいと思います」(小坂氏、以下同)

あとは、ワクチンを打つこと?

「それが、現在は基本的に高齢者と基礎疾患のある人だけが接種対象になっている上に、管理が面倒なワクチンを扱う医療機関は5類移行後に著しく減っているので、高齢者や基礎疾患のある者以外は以前のように打ちたいときにパッと打てる状況ではないんです。

しかも、現行の2価ワクチンでもオミクロンXBB系に対する感染防御効果があまり期待できないかもしれません」

え、そうなの?

「そのため、ワクチンの追加接種をしても、重症化予防の効果はありますが、第9波の感染拡大を抑え込む効果は限定的でしょう。オミクロンXBB系対応のワクチンは9月以降に導入される予定なので、高齢者や基礎疾患のある方以外は、そのときに検討するのでもいいかもしれません」

最後に、今年の夏に重要なことは?

「第8波までとは違って感染対策は個人の判断なので、感染拡大してもブレーキが利かない状況なワケです。『マスクは外してもいい』『いや、つけるべき』といった単純な二項対立ではなく、もう少し柔軟に、例えば重症化リスクの高い高齢者などの前ではマスクをするといった心配りをする人が増えてほしい。ひとりひとりの思いやりが鍵だと思います」