4月に広島県、5月に兵庫県、先月は埼玉県でと、最近は毎月のように起きているベトナム人による乳児遺棄事件。中でも4、5月の2件は技能実習生による犯行で共通点が多い。今、政府は外国人技能実習制度の廃止を検討しているが、地方では何が起きているのか? ルポライターの安田峰俊(やすだ・みねとし)氏が現地取材を敢行し、その"やるせない構図"を暴いた。
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■遺棄の動機は「怖くなった」から
職業選択の自由が実質的に存在しない環境の下、〝外国人労働者に低賃金労働を押しつけるシステム〟として批判されている外国人技能実習制度。今年は政府会議で「制度廃止」の検討が始まり岐路に立たされているが、逃亡した実習生が犯罪に走るなど、今も多くのトラブルが発生している。
その中で今年、目につくのが女性の実習生が周囲に明かせないまま妊娠・出産し、赤ちゃんを死なせたり遺体を遺棄したりする痛ましい事件だ。複数の事件現場を歩き、背景をたどった――。
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今年5月25日、兵庫県の山間部にある丹波篠山市内を走る国道372号線の道路脇で、下水道業者が定期点検作業のためにマンホールの蓋(ふた)を開いたところ、赤ちゃんの遺体が水に浮いているのを発見した。遺体は男児で衣服はなく、やや腐敗していたが、目立った外傷はなかった。
「発見現場は、付近の集落から排出された生活用水が、いったん地下のプールにためられる場所でした。深さ3m程度の槽内には網が設置され、大きなゴミや油カスなどがとどまる仕組みです」
篠山警察署の担当者はこう話す。すなわち、遺体はゴミと一緒に浮いていた。マンホールは専門の工具がないと開かない仕組みで、遺体は外部からこの場所に投棄されたのではなく、どこかから流れ着いたとみられた。
数日後、篠山署の捜査員が付近の集落で一軒一軒聞き込みを行なったところ、ベトナム人技能実習生のチャン・トゥ・フォン容疑者(21歳)が犯行を認めた。
「捜査員と顔を合わせた時点で『赤ちゃんのことですね』とその場で犯行を認めました。取り調べにも素直に応じています。遺棄された男児は、司法解剖の結果、呼吸の形跡が認められず死産だったとみられています」(篠山署)
遺棄の時期は5月18日午前から翌日朝までとみられ、動機は「怖くなった」ためだという。容疑者の職場は、遺体発見現場に隣接する大規模な印刷工場だった。
「国内各地のほか、ベトナムにも支社がある大きな会社です。何人かベトナム人実習生が働いていますが、過去にトラブルはなかったですね」
こう近隣住民は話す。篠山署によると、同社は過去、妊娠した実習生の産休取得や一時帰国を認めた実績もあり、事件と直接の関係はないという。出産が可能な環境だったのに、容疑者は妊娠・出産を周囲に隠し、死産児を遺棄したことになる。
遺体は身長が約25㎝、体重は約240gで、妊娠5ヵ月(16~19週)程度とみられた。通常、妊娠22週未満の胎児は、母体外に出た場合に生存の見込みがない。
在日ベトナム人のコミュニティでは、SNSを通じて中絶薬がヤミで簡単に手に入る。事情はまだ明らかではないが、容疑者は望まぬ妊娠を自分で処理した結果、死産児の姿に気が動転し、遺体をトイレに流したのかもしれない。
フォン容疑者は昨年10月に来日し、事件当時で日本滞在歴は7ヵ月にも満たなかった。週数から逆算すると、来日から程ない時期に妊娠したと考えられた。死産児の父親は不明である。
ただ、日本語能力が不十分で、日本の生活にも慣れない21歳の女性が、山奥の工場で短期間のうちに恋人をつくることは少し考えにくい。同僚のベトナム人実習生もすべて女性だった。
篠山署の情報では職場の日本人男性と関係があった可能性も低いという。妊娠の経緯と父親については大きな謎が残っている。
6月2日、筆者は遺体発見現場を見に行ってみた。工場の前の殺風景な場所で、近隣集落の住民が供えたと思われる花束が、梅雨の陰気な雨に濡れていた――。
■もうひとつの事件
今年の春、実はほかにも同様の事件が起きている。広島県東広島市安芸津町風早に住む、70代の男性はこう話す。
「4月18日の朝、隣の畑にボランティアで除草剤を撒(ま)いているとき、土の上にある小さな遺体を見つけた。横向きで黒ずんでいて、人か動物かわからなかったが、手先や足先の様子が見て取れた。もしやと思って通報したんだ」
遺体は男児だった。身長50㎝ほどで、出生からすぐに死亡したとみられた。衣服はなく、腐敗がかなり進んでいた。
程なく、畑の隣にある水産会社に勤務する19歳のベトナム人技能実習生の女性(名前非公表)が逮捕された。
後の公判で判明したところでは、容疑者は出国前から妊娠の可能性を認識していたものの、渡航のために父親が負った借金が返済不能になることを恐れ、昨年10月に妊娠を隠して来日したという。
今年1月20日頃に実習生寮で男児を出産したが、男児が間もなく死亡したので自分のベッドに遺体を隠して生活。2月1日頃に隣の畑に穴を掘って埋めたという。なんらかの理由で遺体が地上に露出したことで、4月に発見されたのだろう。男児の父親は不明である。
筆者が取材したところ、実習生寮は職場と同じ建物の2階で、数人のベトナム人女性が共同生活を送っていた。容疑者がおそらく初産の10代の女性だったことや、生ガキを扱う工場で勤務中に大きなエプロンを着用することから、会社側は妊娠に気づかなかったもようだ。
会社側は事件直後、複数の取材に「(妊娠を)相談していてくれれば」と話している。仮に容疑者が打ち明けていれば、安全な出産は可能な環境だったように思われた。
周囲には似たような水産会社が複数あり、ベトナム人の姿が目立った。何人かに話を聞いたところ、やはりそろって昨年10月に来日したばかりで、容疑者との接点は薄い実習生ばかりだった。
■「勤務先はまとも」という違和感
2ヵ月連続で起きたこれらの事件には共通点が多い。
容疑者はいずれも昨年10月に来日した20歳前後の女性で、日本で医療機関を受診した形跡が確認できず、父親についても口が重い。
一方、勤務先はいずれも、実習生の扱いが比較的評判が良い会社で、同僚の実習生も女性のみ。容疑者が妊娠の事実を会社や周囲に告げていれば、悲劇が防げた可能性は高かった。
以前の似たような事件であれば、会社や監理団体(日本側で技能実習生の受け入れを行なう組織)側が〝まとも〟な対応ができていなかったことで悲劇が起きていた。
妊娠・出産を理由に技能実習が継続できなくなる事例は、2017年11月から20年末までだけでも637件もある。多額の借金を背負って来日する実習生にとって、妊娠を理由に実習(=出稼ぎ)が打ち切られることは大きなリスクだ。
ゆえに新生児の死亡・遺棄事件も、数年前までさかのぼればほかにも起きている。
例えば20年11月、熊本県芦北町で当時21歳の女性が双子を死産。自宅の部屋の段ボール箱に遺体を入れた行為が死体遺棄容疑に問われた(今年3月に最高裁で無罪判決)。同年11月、広島県東広島市志和町でも、当時26歳の女性が出産した乳児の遺体を遺棄した。
ただ、過去のこれらの事件の場合、容疑者らは妊娠の発覚後に自分で病院に行くなど、安全な解決方法を考えようとした形跡がある(結果的には言葉の問題などから、解決できなかったのだが)。
また、職場はいずれも保守的な農家で、特に熊本県の事件では雇用者側から妊娠を禁じる強い圧力があったため、孤独出産に踏み切らざるをえなかったもようだ。どちらの事件も、付近で働く別の技能実習生が父親だった。
対して今年の2事件は、職場環境が比較的良好だったにもかかわらず、より短絡的に遺棄が行なわれている。
■謎を解くカギはコロナ禍にあり
今年の2事件を読み解くカギは、両容疑者が「昨年10月に来日」したことだ。実習生との接点が多い、20代半ばの在日ベトナム人男性は話す。
「コロナ禍の際に、実習生の帰国が困難になり、各社で人員が交代できず残留し続けた。その人たちが、コロナが一段落した昨年秋頃から一斉に帰国し、新規の来日者と交代したんです」
通常、各社の実習生は毎年数人ずつ入れ替わるが、コロナの影響で人材の新陳代謝に狂いが生まれた。結果、多くの職場で「新人」しかいない状況が生まれてしまった。
日本語が上手で会社側に話を通せるような古参の先輩がおらず、近隣の実習生との仲間の輪もない。そのため、妊娠という個人的な問題を抱えた女性が、より孤立した環境に置かれてしまった。
一方、技能実習業界では、昨年以降に来日した「新人」の人材レベルの低下を指摘する声も聞かれる。コロナ禍で受け入れが停滞した期間に円安が進行し、良質な人材が日本に来なくなったことが理由だが、別の要因もある。
「出国前、彼らはベトナム側の送り出し機関で、日本語学習や日本社会に適応する研修を受けるのですが、それがコロナ禍で混乱。実質的にトレーニングをほぼ受けられていない人が増加したのです」
ホーチミン市を拠点に、ベトナムビジネスコンサルティングを展開している猪谷太栄氏はそう説明する。
コロナ禍の数年間、来日予定の実習生たちは渡航日程が後ろ倒しされ続け、日本についての知識も定着しなかった。
加えて、経営体力が低い一部の送り出し機関はコロナ禍による業務の停滞で、研修担当者を大量に解雇。結果、コロナ後に選ばれた実習生の研修水準も著しく落ちた。
「僕個人の見方ですが、もともと(ベトナムの地方出身の若い女性には)パニックになると、とっぴな行動に出てしまう印象があります。それらが複合して悲劇を招いたのではないでしょうか」(猪谷氏)
■明かされない父親側の事情
事件のもうひとつの謎が、なかなか明るみに出ない「父親」の正体だ。
ある監理団体関係者の山本氏(仮名)は、実習生の妊娠問題は同じベトナム人男性によるものが多いと話す。
「言葉の壁もあり、日本人男性は相手になりにくいです。仮にベトナム人実習生の女性を日本人男性が妊娠させた場合、男性が独身ならばそのまま結婚する例が多い。
また、中小企業の経営者が強引に実習生の女性と関係を持つ事例もゼロではありませんが、騒ぎになるのを避けるため、妊娠した場合は中絶させるのが普通です」
グロテスクな話だが、少なくとも日本人男性が相手では遺棄事件は起きにくい。
一方、ベトナム人男性が相手の場合、通常は同胞のコミュニティ経由での出会いが考えられる。だが、今年のふたつの事件は、来日前後に妊娠したとみられる。実習生本人が多忙な時期で、出会いの機会は少ないはずだ。
ゆえに関係者の間では、ベトナム側の送り出し機関や日本側の監理団体に勤務している、ベトナム人の男性職員の関与が囁(ささや)かれているという。
「田舎から出たばかりの若い実習生から見ると、彼らは給料も高く『上位』の存在。特に監理団体の職員は日本の在留資格があります。結婚すれば日本で暮らせると、女性側が打算的に近づくこともある。もっとも、そうした立場を利用して、既婚者であることを隠して男性が女性を騙(だま)す例も多いのです」(山本氏)
送り出し機関や監理団体の職員は、一定の語学力があれば転職が容易だ。同業者同士のヨコの繋(つな)がりは薄く、女性問題を起こしても〝逃げやすい〟環境である。
遺棄事件の容疑者たちは、動機について「妊娠を明かすと強制帰国させられると思った」と供述する例も多い。これについても山本氏は言う。
「近年は世間で問題視されたこともあり、妊娠を理由に帰国を強要する動きは減少している。むしろ男性側が、発覚を遅らせる目的で『会社に話すと強制帰国だ』と女性に吹き込んでいる可能性さえあります」
矛盾多き制度とコロナ禍の混乱の中、モラルのない男性の行動が引き起こす悲劇の構図は、今後も続くかもしれない。
●安田峰俊(やすだ・みねとし)
1982年生まれ、滋賀県出身。ルポライター。中国の闇から日本の外国人問題、恐竜まで幅広く取材・執筆。第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞した『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』、第5回及川眠子賞を受賞した『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』(KADOKAWA)など著書多数。新著は『北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪』(文藝春秋)