グローバル化と環境破壊という人間の社会活動がもたらしたといっても過言ではない、新型コロナウイルスのパンデミック(感染症の世界的な大流行)。人類の前に突如として現れ、最初の感染拡大から約3年半を経た今、われわれはこのウイルスから何を学ぶべきなのか?
また、終わりなき新興感染症との闘いに、今後どう立ち向かえばいいのか? 生物学者で国立環境研究所生物多様性領域(生態リスク評価・対策研究室)の五箇公一(ごか・こういち)室長と、ウイルス学者で東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤佳(さとう・けい)教授が語り合う。
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■新型コロナが来ると「予言」していた!
――新型コロナの感染拡大当初、五箇先生と佐藤先生はどんなことを思われていましたか?
五箇 実は、私は新型コロナ以前から、人間社会にダメージをもたらす、ヤバい感染症や外来生物が近いうちに来ると予測はしていたんです。
その理由は簡単で、この20年ほどでグローバル化が急速に進み、2019年頃は日本と中国との間の人や物の流れがピークに達していました。それ以前にも、02年にはコロナウイルスのSARS(重症急性呼吸器症候群)が中国南部から世界各地に広がりましたし、17年には強い毒を持つ南米中部原産のヒアリが中国から出航した貨物船内のコンテナで見つかり、日本で初めて確認されています。
つまり、新たな感染症や外来生物がいつ国内に入ってきても、おかしくない状況にあると常々思って、「予言」として警鐘を鳴らしていました。
ただ、新型コロナが20年に開催予定だった東京オリンピックの前に来るというのは予想外でした。
佐藤 僕の専門は、もともとHIV(ヒト免疫不全ウイルス)で、実を言うと新型コロナに関しては門外漢でした。ウイルス学者を志したのは、中高生の頃にアウトブレイク(感染症の集団発生)を描いた小説や漫画を読んだことがきっかけで、パンデミックが起きたときには、最前線で活躍できる人になりたいと空想していました。
新型コロナが現れて、「自分もやらなきゃ」と背中を押されたのは、流行最初期に"8割おじさん"と呼ばれた西浦博さん(現・京都大学教授)から来た、「みんながんばってるんだから、佳ちゃんも手伝ってよ」みたいなメッセージでした。その頃、日本ではコロナの感染者がちらほら確認されたばかりで、まだどうなるかわからなかった。
でも僕は、それまでのつながりから、西浦さんがどういう経緯で感染症研究の世界に入ったかを知っていたので、どんな気持ちで闘っているのかがわかりました。その西浦さんが、コロナにあれだけ警鐘を鳴らしているというのは、逆にこれは相当厄介なウイルスなんだなと痛感したんです。
――やはり新型コロナは、これまでにない厄介なウイルスなんですか?
佐藤 そうですね。よく、ウイルスの伝播力(でんぱりょく/注:広がりやすさ)と病原性は、トレードオフの関係で、伝播力が上がったら病原性は下がるし、だんだん弱毒化しながら進化していく、みたいなことを定説のように言う人がいるんですが、新型コロナに関してそれは当てはまりませんでした。
その実例が21年夏に国内で拡大したデルタ株で、伝播力を上げて強毒化していました。それが世界中に広がって終わると思ったら、今度は従来のワクチンがほとんど効かないオミクロン株が出てきて、さらにものすごい伝播力で一気に広がりました。ここまでダイナミックな進化をこの短期間に繰り返すなんて、想定していた人はほとんどいなかったと思います。
五箇 新型コロナが厄介なのは、社会的な要因も大きいと思います。おそらく、この病気が江戸時代に現れても、大した問題にならなかったはずです。江戸時代は、平均年齢が今より若いというのもあるし、ほかの疫病で亡くなる人も多くいた。人口密度や人流も今とは違いますから江戸の街で流行しても、外には広がらなかったかもしれません。
これが現代だと、人口密度や人流が違うのと同時に、医療の発達でどんな病気でも延命治療が大前提となっています。それが大きな負担となり、治療すべき患者が増えすぎることで医療体制の崩壊を招いてしまう。新型コロナは、現代社会の特に先進国に対して深刻なダメージを与えるウイルスなんだと思います。
佐藤 昨年秋に出張で訪れた南アフリカは、平均年齢が若く、ほとんどの人がコロナに感染しているのですが、HIV感染者が人口の20~25%、結核感染者が50~60%いるような国なので、誰ももうコロナのことなんて気にしていませんでした。
五箇 いずれにせよ、小松左京がウイルスによるパンデミックの恐怖を描いたSF小説『復活の日』でも、最後まで感染を免れた南極ですら新型コロナの場合は感染者が出たんだから、人間の想像を超えたウイルスなのは間違いない。
■新興感染症を生むホットスポット
――グローバル化や自然環境の開発が進む今、別のウイルスが"次のパンデミック"を引き起こすリスクは高まっているのでしょうか?
佐藤 そう思います。わかりやすい例を挙げると、ここ最近、WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言するケースが増えているんですね。
新型コロナ以外に、09年の新型インフルエンザ、未知のウイルスではありませんが14年と18年のアフリカでのエボラ出血熱、15年の南米でのジカ熱、そして、22年のサル痘(エムポックス)などが挙げられます。また、PHEICは発出されていませんが、12年以降、中東では、MERS(中東呼吸器症候群)の持続的な地域流行が起きています。これは15年に、韓国にも飛び火し、アウトブレイクを起こしたこともあります。この頻度からも、そうしたリスクが高まっているといえるのではないでしょうか。
五箇 今、最も現実的なリスクは、養鶏場などで頻繁に発生しているH5N1型の鳥インフルエンザです。このウイルスが変異して、人から人への感染が起きるようになるのは、時間の問題だといわれています。
また先日、日本で見つかり、世界初の死亡例が確認されたオズウイルスは、マダニという動物寄生の吸血性のダニが媒介するウイルスですが、鹿、イノシシなどの野生動物の分布拡大とともに、人への感染が広がるリスクが懸念されています。マダニは、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)など、多くの感染症を媒介することでも知られています。SFTSは、ペットの猫を経由して、飼い主に感染する例も多いのです。
佐藤 自然界にいる動物や昆虫などを宿主とするウイルスが、どのようにして人への感染能力を獲得し、病気を引き起こすのか? また、そのウイルスがどのように変異すると、人から人への感染能力を獲得するのか? 実は、現時点でまだわかっていないことが多いんです。
ちなみに、先ほど五箇先生が例に挙げた鳥インフルエンザですが、鳥の体温は40℃ぐらいあって哺乳類に比べて高く、この体温に適応したウイルスが増えている可能性が高いのですが、それがより低い哺乳類の体温に適応した形で変異すると、種を超えて感染しやすくなるのではないかといわれています。
また、中国南部に生息するキクガシラコウモリの一種が自然宿主だと考えられる新型コロナウイルスは、人だけでなく、ゴリラ、犬、猫、ミンクなどへの感染例も報告されていますし、カナダではすでに新型コロナに感染した野生の鹿の体内で変異したウイルスが、鹿から人間に感染した例も報告されています。
五箇 動物から人へ、人から動物へ、そしてまた動物から人へ......といった感染が繰り返される中で、偶然、ウイルスが感染に有利な変異を獲得したり、病原性を高めたりする可能性もあるわけです。
もともと自然界においては未知のウイルスが野生動物集団の中で温存されており、動物の体内で進化を繰り返すうちに、たまたまヒト型へと変異したものが出てくる。そして、そのウイルスを持つ動物にたまたま近づいた人間が感染し、人間社会に持ち込まれる。これがスピルオーバー(異種間伝播)のプロセスと考えられます。
人間がどんどん自然に入り込み、生態系を壊しながら開発を続けていれば、当然、そうした未知のウイルスと人が出合うチャンスもおのずと増えます。新型コロナがそうだったように、グローバル化が進んだ社会では、それはあっという間に世界中へと広がってしまう。新型コロナの次に、別の厄介なウイルスが出現する可能性はありますし、特に今後も開発が進む東南アジアや中国南部の自然林エリアは、新興感染症を生むホットスポットのひとつになると予測されています。
■人間、動物、自然の3つの健全性がカギ
――新型コロナの教訓を生かし、「パンデミックに強い社会」をつくるにはどうしたらいいのでしょう?
佐藤 まず将来起こりうるかもしれないパンデミックを、幅広く想定することが大事だと思います。今まさに、次のパンデミックに備える研究が、世界中の研究者の間で進められています。ところが、それらをよく見ると「新型コロナのようなパンデミックがもう一度起きたときにどう備えるか?」ということばかりに目が向けられているように思います。
それに対して、「じゃあ新型コロナとはまったく違う流行・伝播様式や病原性を示す病原体によるアウトブレイク、パンデミックが起きたときは、どう対処するんですか?」と問うても、おそらく誰も答えられないと思います。すべてを場合分けして、すべてに準備しておくことは現実的にできないからです。それが心配な点です。
五箇 私は、国立環境研究所というところで気候変動や生物多様性保全など、地球規模の環境問題を専門に扱っています。そこで、少し巨視的な話をすると、先ほどから言っているように、新型コロナのような新興感染症は、常に人間と野生動物の関係性の攪乱(かくらん)が引き金となっており、それが引き起こすパンデミックには人間の経済活動が深く関係しています。
従って、人間と動物の健康は切り離して考えることはできませんし、それを取り巻く環境の問題も含める必要があります。つまり、人間と動物と自然の3つの健全性を総合的に考えることが、人間社会の安心安全と公衆衛生を保つ上で重要とされます。そうした考え方を「ワンヘルスアプローチ」と呼ぶのですが、これが次のパンデミックに備える上で、大切なカギになる。
佐藤 五箇先生と同感です。より現実的な話でいえば、行政の縦割りの仕組みが、ワンヘルスアプローチの障害になっていることも多いと思います。
例えば、僕らがやっている人のウイルス感染症の研究費は、主に厚生労働省の管轄ですが、これから将来、人獣共通感染症として人の感染症になる可能性のある動物の病原体に関する研究については、「今はまだ動物だけの感染症でしょ?」といった理由でほとんど認められないのが実情です。逆に、環境省や農林水産省は、動物の感染症は管轄しても、人間の病気はタッチしないので、人獣共通感染症という、人と動物の境目に焦点を当て、その研究をサポートするような体系的な支援体制がほとんどないんです。
五箇 人間の健康を管轄する厚労省と家畜動物の問題を管轄する農水省、さらには環境問題を管轄する環境省という人間の役所の区別は、自然界ではまったく意味を持たないんですけどね。
一方で、こうしてウイルスの専門家である佐藤先生と、生物や生態系を専門とする私が意見を交わすというふうに、異なる分野の専門家がそれぞれの知見を持ち寄る「総合知」が重要だということも、新型コロナで学んだ教訓でした。それこそ映画『シン・ゴジラ』に出てきた"巨災対"(巨大不明生物特設災害対策本部)のようなイメージですね。
佐藤 そうですね。手前味噌かもしれませんが、今回の新型コロナパンデミックでいえば、僕たちG2P-Japanの活動は、"巨災対"的なゲリラ活動だったのかな、とも思ったりします。そうした組織を常設でつくるのは難しいかもしれませんが、「ワンヘルス」の考え方を次のパンデミックに生かすためには、普段からこうした異分野の研究者同士の交流を広げて、いざというときに協力できるコネクションを作っておくことが大切だと、この対談を通じて、あらためて感じました。
●五箇公一(ごか・こういち)
国立環境研究所生物多様性領域(生態リスク評価・対策研究室)室長。国立環境研究所で生物多様性の保全プロジェクトに携わる。もともとはダニの専門家で、日本におけるアルゼンチンアリの根絶に成功。ヒアリ、スーパートコジラミとの闘いは継続中。フジテレビ系『全力!脱力タイムス』レギュラー
●佐藤 佳(さとう・けい)
東京大学医科学研究所システムウイルス学分野教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナ感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める