スーパーで販売されている「国産うなぎかば焼き」は3000円台が普通。サイズなどによっては4000円を超えることも(写真はイメージ)スーパーで販売されている「国産うなぎかば焼き」は3000円台が普通。サイズなどによっては4000円を超えることも(写真はイメージ)
土用の丑の日の今日は、飲食店やスーパーにはうなぎ料理が数多く並ぶ。しかし、二ホンウナギは2013年に絶滅危惧種に指定され、近年では不漁により高騰している。完全養殖はすでに成功しているが、いつか安く購入する時代は来るのか? 今年、完全養殖うなぎの試食会を行なった新日本科学の松本敏さんに、養殖を始めた経緯からその未来を聞いた。

■養殖なのに天然という矛盾

縄文時代にはすでに食べられ、江戸時代にかば焼きなど現在の調理法が確立、定着したうなぎ。江戸四大名物として当時から人気を博したが、近年は生息数が激減。国内の天然うなぎはたった0.1%(2021年)で、国内で消費されるほぼすべてのうなぎが養殖だ。ただ養殖と言っても、うなぎの稚魚であるシラスウナギを採取して養殖池で成魚まで育てている。その実態は、天然うなぎを消費しているのが現実だ。

当然、その養殖に必要なシラスウナギの漁獲量も減り続けている。1960年代までは100tを超えていたものが、2010年以降は20tを切り、19年にはわずか3.7tの過去最低記録となってしまった。

そうした中で、注目されているのが産卵から成魚に至るまでの成長を人工的に行なう「完全養殖」だ。1960年代にはうなぎの人工種苗生産に関する研究が始まり、ようやく2010年に水産総合研究センター(現水産研究・教育機構)が世界初の完全養殖に成功した。

うなぎの完全養殖を目指す新日本科学の研究所(青い建物)は、沖永良部島(鹿児島)の自然に囲まれているうなぎの完全養殖を目指す新日本科学の研究所(青い建物)は、沖永良部島(鹿児島)の自然に囲まれている
それを機に研究機関だけでなく、民間企業もうなぎの完全養殖へ参入するようになったが、そのうちのひとつが鹿児島に本社を置く新日本科学だ。

「シラスウナギの人工生産を始めたのは2014年でした。私どもは医薬品開発が主な事業なんですが、地元の貢献を考えて参入しました。というのも鹿児島は養鰻(ようまん)が盛んで、養殖うなぎの40%近いシェアを占めています。ライフサイエンスに関わる企業として、シラスウナギの大量生産を成功させることで地元の養鰻業に寄与しようというのが出発点でした」(松本さん)

■ようやく成功もたったの3匹

鹿児島では、1960年からうなぎの養殖が始まった。鹿児島は温暖な気候と水が養鰻に向いていただけでなく、シラスウナギが獲りやすい環境にあったことから養鰻が発展し、生産量日本一となった。

「正直なところ、ずっと医薬品開発に関わってきた会社ですので、それと比べたら案外簡単に出来るんじゃないかという甘い気持ちでした(笑)。だけど、ようやくシラスウナギまで生育できたのが2017年。それも数千匹から育て始めて、わずか3匹だったんです。本当に大変で、安易な気持ちで始めたことを反省しました」(松本さん)

新日本科学で育てているレプトセファルス。シラスウナギまで育てるだけでなく、ふ化してレプトセファルスになるまでも難しい新日本科学で育てているレプトセファルス。シラスウナギまで育てるだけでなく、ふ化してレプトセファルスになるまでも難しい
うなぎは次のような順番に生育していく。卵→プレレプトセファルス→レプトセファルス→シラスウナギ→クロコ→黄うなぎ→銀うなぎ。しかし、1960年から始まった研究の中で、卵からレプトセファルスまで生育に成功したのは2002年。うなぎはあまりにも謎が多く、国の研究機関をもってしても40年以上かかるほど、難しいのだ。

「シラスウナギになるのが、1%にも満たないような確率ですからね。飼育環境をひとつひとつ変えて、とにかく生存率を上げようと必死でした。特にエサの開発には苦労しました。先行研究があるとはいえ、きわめて数が少ないですから」(松本さん)

4年前はたった3匹しか育てられなかったシラスウナギが、一昨年には466匹まで生産できるように。生存率は各段に上がった。

レプトセファルスから変態したシラスウナギ。平べったい形だったが細長く成魚の形に変わっているレプトセファルスから変態したシラスウナギ。平べったい形だったが細長く成魚の形に変わっている

「もともと10%超えれば事業化して大量生産できる試算でした。いま育てているロットは途中段階ですが40%近くまで残っているので、少なくとも当初の目標である10%の生存率は超えると思います。

それに今年行なった2度の試食会で、天然のシラスウナギから育てたものと味が変わらないことも確認できましたので、我々のシラスウナギが商品として成立することが分かりました。もし、これでまずかったりしたら、出口を見失ってしまうことになりますから、安心しました。まだ生産量の課題などはありますが、研究に置いていた軸足を今年から徐々に生産へ切り替える予定です」(松本さん)

研究開始から9年。これまで8億円もの投資を行なった。研究や改善することはまだまだあるものの、ようやく大量生産する目途が立ち、完全養殖うなぎが市場に出回る未来が見えてきたのだ。

試食会では、うな重や肝吸い、う巻きなど「うなぎのフルコース」を提供した試食会では、うな重や肝吸い、う巻きなど「うなぎのフルコース」を提供した
■完全養殖の入り口に立つ日本

やはり、うなぎは高い。激減したことで天然シラスウナギの卸価格は「2014年あたりを境に1.5倍の値段」(松本さん)になった。

東京都中央卸市場のうなぎの平均取引価格を見ると、今年の6月の額は4565円。一方で20年前はなんと1512円! もちろん物価上昇などさまざまな要因があるため一概には言えないが、少なくとも完全養殖による大量生産ができれば、価格は下がるのでは?

人工ふ化から成魚になるまで、飼育されたうなぎ人工ふ化から成魚になるまで、飼育されたうなぎ
「我々の目標は2026年に10万匹のシラスウナギを生産すること。現状だと、1万匹生産しても1匹数千円するんですが、10万匹なら市場価格と変わらない価格になることも期待できます。商業ベースで現実的にビジネス化の可能性も大きくなります。

そうすると弊社だけでなく、参入企業が増えてくるはず。そして研究も一気に進んで、技術革新も起こりうる。ひょっとするとかなり安いコストになる可能性はあります。スーパーで売っている『国産うなぎのかば焼き』が1000円台で買えたりするかもしれないですね。天然もの100%ならあり得ないことです」(松本さん)

松本さんによれば、海外でうなぎの完全養殖を研究している機関はほとんどないそう。「日本以上にうなぎに思い入れのある国がない」のだ。新日本科学を含めて、その熱い思いで研究に打ち込んでいる人たちが道を切り開いてくれれば、うなぎを安く食べられる時が来るかもしれない。