7月最終週(24~30日)には全国で1万1765人(速報値)が熱中症で救急搬送。高齢者だけでなく若い世代も増えている7月最終週(24~30日)には全国で1万1765人(速報値)が熱中症で救急搬送。高齢者だけでなく若い世代も増えている

「尋常ではない暑さ」「出歩くのが危険なレベル」「40℃に達する可能性」......ニュース番組でそんなワードが連日飛び交う今夏の日本列島。医療や労働の現場から自然界の生き物まで、もはや従来の常識は通用しない。「猛暑で日常崩壊」の最前線を緊急取材!

■脇の下よりも手のひらを冷やす

連日の雨だった梅雨の序盤から一転して、うだる暑さが長く続く日本列島。

7月31日、埼玉県熊谷市では最高気温39.2℃を観測し、東京都心でも7月末は8日連続の猛暑日(35℃以上)となった。

南米ペルー沖の海水温が上昇するエルニーニョ現象の影響もあって、気象庁は今後も「極端に高温になる日が出てくる」と警戒を呼びかけており、昨年に続いて"40℃超え"が記録される可能性は高そうだ。

また、環境省の資料によれば、日なたのアスファルトの路上では、気温30℃程度でも体感温度は40℃に達することがあるという。つまり、これだけの猛暑が続くこの夏、すでにわれわれは体温よりも気温が高い「40℃時代」を生きているということだ。

新潟県の魚沼基幹病院・救命救急センターの山口征吾センター長はこう話す。

「体温を超える40℃の暑さというのは、人体にとって想定を超える危険な領域です。汗が蒸発する際の気化熱で体温を下げるという人体の冷却機能が働きづらくなるおそれがありますし、成人の体の約60%を占める水分が"蒸発するように"減り、脱水症状にもなりやすいのです。

そうなると血液中の水分量も減り、"煮詰まる"ような形で熱を放散させる機能も落ちる。健康な人でも熱中症になりますし、重症化リスクも高まります」

山口氏によれば、熱中症の初期症状は「発汗が多くなったり、めまいを起こしたり」することがある。先日、高校野球神奈川大会決勝で球審が足をつって試合を中断したが、「筋肉のつり、こむら返り」も典型的な症状だ。

しかも厄介なことに、初期症状では軽症で済むのか、悪化するのかが現場レベルでは医師でも判断しづらいという。中等症になると「頭痛や吐き気」などが現れ、重症化すると「体温が41℃程度に達して意識を失う」。さらに「痙攣(けいれん)を起こす」と赤信号で、医療処置が遅れれば死に至ることもある。

7月末時点で今年の全国最高気温は埼玉県熊谷市の39.2℃。お盆前後には今年も40℃超えを記録する可能性大(写真は昨年)7月末時点で今年の全国最高気温は埼玉県熊谷市の39.2℃。お盆前後には今年も40℃超えを記録する可能性大(写真は昨年)

まさに今、熱中症の危険に直面しているのが建設作業員。特に左官現場の窮状は深刻だ。愛知県名古屋市の現場にいる左官職人がこう明かす。

「左官の仕事がきついのは、暑ければ暑いほど休めなくなること。高気温下では床面や壁面に塗ったセメントがすぐに固まってしまうのですが、そうなると仕上げの成型作業ができないので、ノンストップで作業を完了させるしかない。

人員が豊富で2班体制を組めれば休めるけど、どこも慢性的な人手不足なので、炎天下で朝から夕方までぶっ続けで働かざるをえません」

実際に今年7月、彼は熱中症を発症したという。

「直射日光の下でほぼ休みなく8時間作業を続けた後、疲れた体でクルマを運転していたら突然、両腕と足がつりました。激痛をこらえてブレーキを踏み、なんとか路肩に停車しましたが、もう少しで追突事故に......。

左官の人員を2倍にするか、高温下でも乾かないセメントを発明するか、どちらかが実現しないと左官現場は猛暑地獄から抜け出せないと思います」

一方、医療現場では近年、熱中症患者に対する処置の方法が見直され始めている。前出の山口氏が解説する。

「体温40℃を超える重症患者は極めて急速に冷却しないと死に至る危険な状態。従来は霧吹きで体を湿らせ、扇風機の風を当てるのがスタンダードでしたが、これでは効果が弱いのです。

そこで当院を含め、一部の救命センターで採用され始めているのが、10℃以下の氷水で満たした『アイスバス』に患者をジャボーン!と漬からせる治療法。私の経験則では、この処置をとらなければ患者の意識が戻らなかったのではないかと思える事案もあり、もっと医療現場に普及させる必要性を感じています」

熱中症の「新常識」はこれだけではない。

「熱中症で具合が悪くなれば、脇の下、鼠蹊(そけい)部、首を冷やすことがこれまでは常識でした。しかし、『実は冷やすべきは手のひらだった』と結論づける論文が数年前に発表されています。

手のひらには温度調節機能を持つ『AVA血管』が走っていて、それを冷やすほうが迅速に熱を下げられるというのがその理由です。今ではスポーツメーカーが専用の冷却手袋を開発するなど、主にアスリートの世界で新常識になりつつあります」

■機械式駐車場ではクルマに熱が集中する

電子機器の取り扱いにも注意が必要だ。

昨年10月に兵庫県で起きた車両火災――その日は快晴、最高気温は30℃だった。午前11時頃に屋外駐車場に止められたクルマの車内に放置されたモバイルバッテリーが、午後1時頃に出火したのだ。

今年6月、製品評価技術基盤機構(NITE)はこの事故の再現実験を行なった。同機構の製品安全広報推進官、山崎卓矢氏がこう話す。

「炎天下に長時間駐車し、直射日光を浴び続けたダッシュボードの表面は約80℃に達します。鉄板のように熱されたボードの上にモバイルバッテリーを放置すると、内部のリチウムイオン電池が白いガスを噴き出しながら風船のように膨らみだし、やがて破裂して発火します。

劣化が進んでいるバッテリーほど発火リスクは高く、スマホを車内に放置した場合も同じ原理で発火する恐れがあります」

車両火災の再現実験。炎天下のダッシュボードに置いたモバイルバッテリーが煙を噴き、数分後に燃えた(提供/独立行政法人製品評価技術基盤機構)車両火災の再現実験。炎天下のダッシュボードに置いたモバイルバッテリーが煙を噴き、数分後に燃えた(提供/独立行政法人製品評価技術基盤機構)

さらに、酷暑下ではクルマ自体が"炎上"するリスクもある。自動車ジャーナリストの高根英幸氏がこう語る。

「各自動車メーカーは夏・冬の過酷な環境下を見据えた耐久試験を行ない、車内は室温75℃まで耐えられるように設計されています。ただ、40℃超の暑さが長期間続くことを想定しているかどうかは明確ではありません」

高根氏が特に懸念するのは電気自動車(EV)だ。

「EVは大電力を蓄えた"エネルギーの塊"で、高温にさらされると危険です。特にメーカーもオーナーも注意すべきは鉄骨製の機械式駐車場。防錆(ぼうせい)のため表面を亜鉛でコーティングしているケースが多いのですが、亜鉛の銀色は日光を反射しやすいのです。

さらに周辺のクルマのボディや建物のガラスからの反射光も含め、もし熱と光がEVの車両下部にあるバッテリーの一ヵ所に集中すると、熱されて高温になります。

これにより、バッテリー内部では"熱暴走"が起きる―簡単に言えば可燃性の電解質が徐々に気化してバッテリーが膨張し、内部でショートを起こしてやがて自然発火する。モバイルバッテリーと同じ原理で発火する恐れがあるということです」

屋外の鉄骨製機械式駐車場は特にクルマの温度が高くなるといわれており、車内の電子機器だけでなくEVのバッテリーの状態にも注意が必要だ(写真はイメージ)屋外の鉄骨製機械式駐車場は特にクルマの温度が高くなるといわれており、車内の電子機器だけでなくEVのバッテリーの状態にも注意が必要だ(写真はイメージ)

今年7月9日には、千葉市のディーラーでEVが炎上する火災事故が起きている。出火原因はまだ不明だが、当該車は屋外の機械式駐車場の2階に止めていたようだ。

「しかも、EVは一度燃えたらなかなか消せません。消火したと思っても、バッテリー内部でまた熱暴走が起き、数時間後に再発火するという厄介な性質があるからです。

アメリカでは巨大なビニールバッグに水を満たし、そこにジャブン!と燃えた車を入れる消火方法が普及し始めていますが、日本の消防署にはまだそのノウハウはありません」

■クマのエサは大凶作。サバは深く潜った

猛暑の影響は自然界にも及んでいる。

例えば、クマ。今年の春以降、北海道では街中に現れるヒグマ、通称"アーバンベア"が多数目撃されているが、これからの時期は本州にすむツキノワグマと人の遭遇が増える可能性が指摘されている。

東北エリアで活動するベテランの猟師はこう話す。

「猛暑の影響もあって、東北地方では今年の秋、ツキノワグマの主食であるブナの実やドングリが大凶作になることが確実視されている。

9月以降は冬眠期を生き抜くために必要なエネルギーを一気に蓄える時期で、ドングリなら一日に数千粒は食べるんだけど、山中にそのメシがないとなれば......。腹をすかせたクマが、エサを求めて人里に押し寄せてこないかと不安になるよ」

ツキノワグマが冬眠に向けて秋に荒食いするドングリが今年は激減する見込みツキノワグマが冬眠に向けて秋に荒食いするドングリが今年は激減する見込み

また、海の中でも各地で大きな異変が起きているという。

まず、長崎県壱岐島(いきのしま)のマグロ漁師がこう明かす。

「今年の夏は、グルクンやGT(ロウニンアジ)といった沖縄の魚がたくさん網にかかっています。今まではそんなことなかったんだけど......。南方の魚が、暖まりすぎた海域から逃れるように北へ上がってきているような印象を受けます」

次に、福井県若狭(わかさ)湾のサバの養殖会社・田烏(たがらす)水産の横山拓也社長の証言。

「若狭湾近海の海水温を毎日モニタリングしていますが、平均海水温は4、5年前と比べて1.5℃から2℃も上昇している。ひと昔前は学者の間で『海水温が30℃以上になることはない』と言われていましたが、今では夏場だと30℃を超えることがよくあります。

猛暑で初めて海水温31℃に達した2020年8月には、いけすで養殖する4000匹以上のサバが死にました。

また、最近は今まで水揚げされたことのないシイラ(ハワイではマヒマヒと呼ばれる暖水系の大型魚)が大量に定置網にかかる。市場のセリ場がシイラの銀色に染まる日もあったほどですが、この地域では食べる文化がなく、利益はあまり期待できません」

続いて、宮城県石巻(いしのまき)市の漁業関係者はこう語る。

「この辺りのサバ漁は巻き網が主力ですが、今は巻き網では届かない、水深200m以深の海底近くに群れが滞留している。サバは暑さに弱い魚だから、適水温を求めて下へ下へと潜ってしまったことが一因ともいわれています。

そこで最近は底引き漁に切り替える船が増えていますが、底引きだと網の中で魚体が傷ついて品質が落ちるので、水揚げしたサバの大半を東南アジアなどに出荷せざるをえなくなっている。

当然、国内向けに出荷できる良質なサバは激減し、スーパーでは値上げ続き......と、生産者と消費者の双方にとって苦しい状況が続いています」

漁獲状況を見ると、超高級魚ノドグロ(標準和名アカムツ)の生息域も北方へ広がっているようだ。宮城県沖では新たな漁獲ターゲットとして注目されているという漁獲状況を見ると、超高級魚ノドグロ(標準和名アカムツ)の生息域も北方へ広がっているようだ。宮城県沖では新たな漁獲ターゲットとして注目されているという

一方で、"うれしい異変"も起きているという。

「宮城県沖では、これまでほとんど取れなかったノドグロ(アカムツ)の漁獲量がこの1、2年で急増しています。九州南岸や山陰で生息数が多い暖水系の魚ですが、これも海水温上昇の影響でしょうか......。卸値で1㎏8000円がつく高級魚だから、ノドグロ狙いにシフトする漁業者がかなり増えています。

さらに、今年7月にはイセエビもまとまって網に入るようになりました。数年前から茨城県沖で本格的に水揚げされていると聞いていましたが、さらに北上してきたようです。

研究者の話では、イセエビは湾内に定住することが多いものの、海洋環境が変化すればそれに適応するように1世代、2世代かけてゆっくりと生息地を移動させるらしい。ノドグロのように定着してくれたらうれしいです」

海水温上昇のためか、イセエビが東北地方でも漁獲されるようになったという海水温上昇のためか、イセエビが東北地方でも漁獲されるようになったという

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最後に、猛暑下の数々の現場を取材した中で、記者が最も過酷だと感じた路上生活者の話をしよう。

支援団体「ひとさじの会」事務局長の吉水岳彦氏は、猛暑による健康被害を懸念し、4年前から東京の上野、隅田川河川敷、山谷(さんや)地域を中心に夜回り活動を継続。その際、路上生活者におにぎりやスポーツドリンクを手渡しながら、熱中症に関する聞き取りも行なっている。

ある日の熱帯夜、上野駅前の歩道で寝転んでいた生活者に健康状態を尋ねると、「もう暑さが厳しくて何も考えられないし、眠れない。毎日が生き地獄だ」と語ったという。スポーツドリンクを渡そうとしても、「もう何もいらない。お願いだから、このまま眠らせてほしい」。

吉水氏はこう話す。

「年々、熱中症で衰弱している路上生活者が増えている印象で、精神的にも身体的にも限界にきている方も多い。給水所でも救護テントでもなんでも、とにかく彼らが暑さから逃れられる場を用意しないと、本当にこの夏を乗り切れない人たちが出てきます」

想定を超える暑さで、さまざまな現場の「日常」が大きく変わっている。その対策は急務だ。