実に122件もの不適切な行為が指摘されている「ビッグモーター多摩店」(東京都多摩市)。「国土交通省関東運輸局指定工場」の文字が目を引く実に122件もの不適切な行為が指摘されている「ビッグモーター多摩店」(東京都多摩市)。「国土交通省関東運輸局指定工場」の文字が目を引く
混迷を深めている中古車販売大手「ビッグモーター」(東京都港区)の保険金不正請求問題。監督官庁である国交省に続き、ついに金融庁も徹底調査に乗り出した。それにしても、なぜこの不正請求は成り立ったのか。自動車専門誌編集長のキャリアを持つ、カーライフジャーナリストの渡辺陽一郎氏がズバリ斬る。

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■「アジャスター」が機能しなかったワケ

ビッグモーターによる自動車保険金の不正請求問題は、自動車業界にとどまらず、日本中を震撼させる大問題に発展した。国土交通省に続いて、金融庁も徹底調査に乗り出し、損害保険ジャパンなど、損保会社7社に対して、保険業法に基づく報告を行なうように命じた。

最も不可解なのは、なぜ不正請求が通用して過剰な保険金が支払われたかだ。保険を使って自分の車両を修理する場合、誰でもコストの高い入念な作業を希望する。工場も入念に修理できれば利益が高まり、顧客との信頼関係でもプラスになるから、ユーザーと同じく入念に修理したいと考える。そうなると自ずと保険金の請求額も増える。

一方、損保会社は、多額の保険金請求に応じていたら儲けが減る。そこで損保会社は、アジャスターと呼ばれる専門スタッフを修理工場に派遣して、事故車両の損害状況を確認する。必要に応じて交通事故が発生した現場にも出向き、交通事故の発生状況も把握する。相手方の車両がある場合は、過失割合の判断も行なう。

このように交通事故と損害の状況、過失割合を精査することで、支払うべき保険金が自ずとあきらかになり、その上でアジャスターは、修理工場と協議して、最終的な保険金額が算出される。

以上のようにユーザーと修理工場はなるべく多額の保険金を使って修理したい。逆に損保会社は保険金額をなるべく少額に抑えたい。そのため、時々問題になるのは、特約も含めた保険金の出し渋りだ。過剰請求に基づく保険金の過払いなど、表にほとんど出てこない。

ちなみにビッグモーター多摩店の店舗前にある街路樹には伐採された痕跡があり、木の根元近くは砂漠化していたちなみにビッグモーター多摩店の店舗前にある街路樹には伐採された痕跡があり、木の根元近くは砂漠化していた
そうであるなら、なぜ今回、保険金の不正な過払いが生じたのか。この背景には、ビッグモーターと損保会社の"関係"があった。まずビッグモーターは、以前から損保会社数社の「提携(あるいは指定)修理工場」になっていた。これは損保会社が「設備の整った優良な提携修理工場」として、顧客に入庫を促すものだが、この点について新車販売店の修理担当者は以下のように説明した。

「提携修理工場には、相応の規模を持った修理業者が多い。そこに事故車両を優先して入庫させる代わりに、損保会社は、支払う保険金額の低減を求める。つまり損保会社と修理業者の間に、一種の主従関係が成り立つ。修理業者は仕事を豊富に紹介してもらう代わりに、損保会社の意向に沿った修理をするようになる」

ビッグモーターが車両に傷を付けて多額の保険金を請求するのは、ユーザーへの裏切りであると同時に、前述の主従関係にも背く行為だ。これを長年にわたって続けながら、いわゆる"プロ"の損保会社が見抜けなかったとは考えにくい。

つまりビッグモーターは、たとえ保険金の請求に不正があっても、それを上回る経済的なメリットを損保会社に与えてきたと考えるのが妥当だ。

ビッグモーターは中古車販売店だから、保険代理店業務も行なっており、顧客も募っている。報道では、修理入庫1件について、ビッグモーター側が5件の自賠責保険をその損保会社と契約する報道もあった。

ちなみに加入が義務付けられた自賠責保険は、任意保険とは本質が異なり、「ノーロス・ノープロフィットの原則」、つまり得も損もしないことが条件だ。しかし損保会社は手数料を得られる。修理の入庫1件をビッグモーターに与えることで、自賠責保険の契約が5件得られると、損保会社の受け取る手数料も少なくない。

7月31日、金融庁は損保ジャパンを含む損害保険7社、さらに保険代理店としてのビッグモーターに対し、保険業法に基づく報告徴求命令を出した7月31日、金融庁は損保ジャパンを含む損害保険7社、さらに保険代理店としてのビッグモーターに対し、保険業法に基づく報告徴求命令を出した
このようにビッグモーターと損保会社には、相互に依存する関係が成り立ち、損保会社は昨今の不正をあえて見逃していたことになる。単純にその方が儲かるからだ。

それなら誰が一番損をする被害者かといえば、最も尊重されるべきユーザーだ。たとえ保険で修理するとしても、愛車を故意に傷付けられたら悲しい。等級にも影響を与えて、翌年からの保険料が不当に増える可能性もある。

さらにいえば、ビッグモーターの社員にも、心を痛めた人がいるのではないか。クルマを扱う仕事をする人には、当然だがクルマ好きが多い。理由はどうあれ、他人の所有であっても、クルマを傷付ける行動は取りたくない。会社から命令されて、辛い気持ちで作業をした人もおられたと思う。

■ビッグモーターの「今後」

今後のビッグモーターの発展には「クルマ屋がクルマを故意に傷付ける」「クルマ屋がクルマを犯罪の道具に使う」という、あってはならない事態を絶対に繰り返さない対策が求められる。

それでも「ビッグモーター」の社名を使いながら、同社が生まれ変わるのは難しい。なぜならクルマは、ひとつ間違うと、交通事故を発生させて尊い人命に甚大な影響を与えてしまう商品であるからだ。昨今は何よりも安全が優先され、その結果として、例えば衝突被害軽減ブレーキの装着比率が大幅に高まってきた。

それなのにビッグモーターでは、クルマのボディを故意に傷付ける、タイヤにわざと穴を空ける行為があった。これは修理を前提にしても、安全性の向上に逆行する行為だ。

ビッグモーターに37人の出向者を送るなど、蜜月関係が囁かれる損害保険ジャパン。鈴木俊一金融担当大臣は、「ビッグモーター社への出向者に係る事実関係、1社だけ顧客紹介を再開した経緯などについても確認を行なう」としているビッグモーターに37人の出向者を送るなど、蜜月関係が囁かれる損害保険ジャパン。鈴木俊一金融担当大臣は、「ビッグモーター社への出向者に係る事実関係、1社だけ顧客紹介を再開した経緯などについても確認を行なう」としている
それでもなお会社を存続させるのなら、前社長の兼重宏行氏と前副社長の兼重宏一氏は、完全に離れる必要がある。現在報道されているビッグモーターの100%持株会社、ビッグアセットに残るようではダメだ。話にならない。

上層部もすべて人員を刷新する。影響力を完全に消し去らないと、再生は難しい。ビッグモーターでしか販売していない魅力的な車種、あるいは独自のサービスがあるなら話も変わるが、現状で見られる魅力は大規模ネットワークだけだ。

ビッグモーターの看板を掲げ続けても、もはやユーザーは寄り付かない。社名の変更と上層部の入れ替えは最低限度の条件だ。これを行なっても立ち直れるとは限らない。そこまで今回の一件は、悪意に満ちた愚行であった。

●渡辺陽一郎(わたなべ・よういちろう) 
カーライフジャーナリスト。自動車専門誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長を10年務めた"クルマ購入の神様"。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員