完成すれば広島駅へのアクセスがスムーズになるという「広島高速5号線」。全長4㎞のうち、1.8㎞が山間部を貫く「二葉山トンネル」になるが、掘削開始以降、地域住民は騒音や振動に悩まされ、民家の壁や道路などには無数の亀裂が走っているという。
思い出すのは2020年、同様の工事によって起こった東京都調布市の住宅街の道路陥没事故だ。二葉山トンネルでも陥没の恐れはないのか?
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■パチンコ店内並みの騒音が......
7月21日、広島県広島市東区牛田東1丁目と3丁目で筆者が目にしたのは、家屋の壁や塀、そして路面に走る無数の亀裂だ。ある家では障子が閉まらなくなっていた。
原因は、住宅地の地下30m前後でトンネル掘削をする直径14mの巨大掘削機、シールドマシンだ。円筒形の本体の先端に設けられた、数百個のカッターを装備した円盤が回転しながら掘削する。これが硬い岩盤を削ることで、騒音と振動が発生したのだ。
広島市では、県と市が出資する「広島高速道路公社」(以下、公社)が計画する「広島高速5号線」(以下、5号線。長さ4㎞)が建設中だ。JR広島駅北口と広島都市高速の温品(ぬくしな)ジャンクションを結ぶ計画だが、この一部が長さ1.8㎞の「二葉山トンネル」だ。
うち1.4㎞区間をシールドマシンで掘削開始したのは2018年9月。初めは無人区間だったが、21年10月、マシンが牛田東地区に入ると住民は被害に悩まされた。
住民は10年以上も前から計画への不安を訴えていた。以前、公社の「高速1号線」の「福木トンネル」建設(06年完成)でも多数の被害があったからだ。
地下水位が30mも下がり、01年5月に田んぼの用水路に水が流れなくなり、周辺では最大約18㎝の地盤沈下が発生。06年には、住宅の壁やブロック塀、水路への亀裂や、住宅の傾きなどの苦情が140軒以上から上がった。
こうした前例から市は、二葉山周辺に暮らす住民の安全性を確認するとの名目で、09年9月、学識経験者らからなる「広島高速5号線トンネル安全検討委員会」を設置。
16人の委員のうち、住民推薦の委員が5人入るも、報告書では「多数の委員が、地表の建物に被害が生じない状況で、安全なトンネル工事が可能であると評価した」(傍点筆者)と、住民推薦委員の意見は無視された。
二葉山トンネルは、「どんな工法でも安全な工事は可能」とし、地表面沈下の抑制に効果があるとされるシールド工法が採用されたのだ。
住民推薦委員のひとりで、現在は市民団体「二葉山トンネルを考える市民の会」の越智秀二代表はこう反論する。「シールドマシンが牛田東1丁目に地下30mで入ると(先述の)被害が発生しました。どこが『安全な工事が可能』なんですか!」
牛田東1丁目町内会の竹村文昭元会長はこう振り返る。
「実はルート直上の家々は被害を怖れて着工前には立ち退いたので被害を免れていますが、それでも周辺の家々ではドアの開閉ができなくなったり、振動も覚え、家の壁面に亀裂が走りました」
1丁目の掘削を終えるとシールドマシンは3丁目に入る。住民団体「二葉山トンネル建設に反対する牛田東三丁目の会」の棚谷 彰代表はこう語る。
「とにかく振動や騒音がすさまじかった。Sさん宅では台所がガタガタ音を立てました。私は市から騒音測定器を借り、公社立ち会いでTさん宅の騒音を計測したら、75から80デシベル(パチンコ店内並みの騒音)もあったんですよ」
その上で、特に印象深い事例としてAさんの被害を訴えた。Aさん宅ではあまりにも騒音と振動が激しく、これを公社に訴えると、工事との因果関係は認定しないものの、Aさんが夫を介護している状況を鑑み、公社は夫妻のために仮住まいのマンションを提供した。
ところがAさんが久しぶりに家の様子を見に戻ると、水道代の請求額に驚いた。2ヵ月で約4万5000円。原因は水漏れだった。
「マシンの振動で水道管に亀裂が入ったと思う。より深刻な問題は、水が一日24時間流れれば、細かい土砂も流され、地下に空洞ができていないかです」(棚谷さん)
空洞の上には怖くて住めない。Aさんは公社に調査を要望しているが、いまだに実現しないという。
また、牛田東地区では道路の擁壁に大きな亀裂が入り、盤面が中から押されたかのように膨れ上がっていた。
「これ、人の頭上に落ちれば事故になります。公社に訴えていますが、何もしてくれません」(前出・竹村さん)
Nさん宅では障子が閉まらない。筆者も力任せに押したが、まったく動かなかった。Nさんは「マシンが直下を動いた去年からこうです」と諦めていた。棚谷さんによれば、町内ではこのような被害が、昨年65件も寄せられたという。
■「被害を与えたとの認識はしていない」
越智さんの説明で筆者が驚いたのは、二葉山トンネルでシールドマシンを使う1.4㎞区間はこれまで約900mが掘削されたが、実に5年弱もかかっていることだ。
「原因は、マシンのカッターの破損やカッターの摩耗検知器の故障などが60回以上も起きて、そのたびに工事中断するから。カッター交換だって40回以上ですよ」(越智さん)
これはシールド工事において尋常ならざる事態なのか? 筆者は、地盤の研究を進める「環境地盤研究所」の徳竹真人所長に見解を求めた。
徳竹所長は筆者が持ち帰ったデータを見るなり、即座に「異常です」と断言した。
「掘削にはシールドやNATM(ナトム)など複数の工法があり、地質に合わせてその都度変える必要がある。だから掘削前には約200mおきにボーリングをして、地質を把握する必要があります」
徳竹所長が着目したのは、二葉山の地盤が堅硬な花崗岩であることだ。
「シールドには硬すぎる。堅硬な花崗岩での直径14mというシールド掘削の例を私は知りません」
棚谷さんと町内を歩いていると公社の職員数人に会った。筆者は責任者に尋ねた。
――Aさんの調査要望には応えるのですか?
「やるつもりではいます」
――どういう方法で?
「複数の方法を検討中です。そういう『不具合』には早いうちに対処したい」(だが取材から1ヵ月がたつ今も、調査はされていないようだ)
――なぜ「被害」ではなく「不具合」という言葉を使う?
「トンネル掘削前にルート直上周辺では事前家屋調査を実施しました。そして、掘削終了後に1年をかけて事後調査を実施します。それで、ビフォーアフターが明らかになると初めて被害認定ができます」
――掘削はあと2年ほどかかる予定ですが、さらに事後調査に1年かかる、と。住民は最短でもあと3年は補償されないのですか?
「そうなりますが、因果関係が確認できない事案でも応急対処はします」
公社職員と別れた後、棚谷さんが言った。
「問題は、事後調査をやっても公社が『はい、確かに被害です』と認めるかですよ」
棚谷さんにそう言わしめる事実がある。
18年、公社は住民と、地表面の変位が2.4㎜を超えたらトンネル掘削をいったん停止するとの調停を結んだ。そして22年12月22日、公社は牛田東地区で地表面の2.5㎜の隆起を確認。工事は中断した。
だが、今年6月に入ると公社は突如「隆起を抑える対策が決まった」として工事再開を打ち出す。
6月16日、市内のホテルで「第5回広島高速5号線トンネル施工管理委員会」(以下、管理委員会)が開催された。管理委員会は、二葉山トンネルでのシールド工事に関する施工計画や管理について専門的見地からの助言を目的に、公社が16年に設置した組織だ。委員は8人。
この会合の開催前には地域住民の意見表明が認められている。棚谷さんはこう訴えた。
「騒音と振動がひどい。住民が自宅で日常生活を送れるような改善を強く要望する」
すると、公社の熊谷 銳(くまがい・さとし)理事長はこう回答した。
「被害を与えたとの認識はしておりません」
「え!(前出・Aさんの)水漏れは被害じゃないの?」
これでは不信感が生まれるはずである。
意見表明に続き開催された管理委員会の会議では、公社が地表面の隆起に対して示した「シールドマシンの推進圧力を下げる」との対策案は「妥当だ」との結論が出された。
この形だけの会議を経て、果たして6月29日、工事が再開。現時点では、大きな音や振動は感じられないという。
だが、竹村さんも棚谷さんも油断できないと構えている。町内では、昨年と比べ長くなったり広がったりしている亀裂が散見されるからだ。地盤はまだ動いているのか? この点について、前出・徳竹所長は「二葉山での地盤変状が落ち着くには5年はかかります」と同意する。
筆者は棚谷さんから「調布は今どうなっていますか?」と尋ねられた。20年10月18日、シールドマシンの工事で生活道路が陥没した東京都調布市東つつじヶ丘2丁目のことだ。棚谷さんは、振動と騒音の果てに陥没した調布がヒトゴトには思えないのだ。
そこで筆者が調布を訪れると、陥没から3年近くたつ今でも亀裂の〝成長〟を確認できた。
■調布の陥没現場の今
東つつじヶ丘2丁目では「東京外かく環状道路」(以下、外環)建設のため、地下46mで直径16mのシールドマシンが掘削をした。だが土砂の取り込みすぎで地盤が緩み、縦約5m、横約3mにわたる陥没を引き起こした。
住民はその1ヵ月も前から眠れないほどの振動や騒音に悩まされていたが、工事中断を訴えても、事業者であるネクスコ東日本と国土交通省は取り合わなかった。
陥没後には、トンネル直上に最大で長さ30mもの空洞が3ヵ所確認され、町中の壁面や路面には亀裂が走り、ドアや門扉が閉まらなくなった。
「もうここに住めない」との不安に襲われ、引っ越しを考える住民は少なくない。だが家を売ろうにも、地盤がグラグラになった土地と家屋に買い手がつくはずもない。
そこでネクスコが打ち出したのが「地盤改修工事」だ。陥没現場を含め、トンネルの幅16m×220mという長方形の区域だけが地盤が緩んでいるとして、トンネルがある地下40mまで凝固剤などを噴射しながら地面を掘り下げ、地盤を強固にするという工事だ。ネクスコが移転補償するため、長方形に住む約30世帯は今続々と立ち退いている。
不運なのは、この長方形からわずかに外れた住宅だ。Mさん宅はたった31㎝外れただけで補償対象外とされてしまった。Mさんがこう嘆く。
「一軒、また一軒とご近所さんがいなくなる。ネクスコはここをどんな街にしたいのか。私たちはどうなるのか。そのビジョンがまったく見えない」
8月2日から始まった、1年半にも及ぶ地盤改修工事の騒音や振動などが、地域住民の新たな悩みの種になった。
調布の住民を恐怖に陥れた道路陥没は、広島の二葉山でも起こりうるのか?
徳竹所長は、「その可能性はあまりない」と答えた。
「調布の場合はマシンが土砂を取り込みすぎて、かつ、液状化現象が起きたことで、掘削面から地表面の土砂までが連続的に下に落ちて陥没となりましたが、二葉山では花崗岩=硬い岩盤をマシンで掘削しても、その上部の硬い地盤が移動することもないので、地表面の土砂を引っ張り込むこともない。盛り土部分で陥没が起きたとしても、最大で直径1mほどと推測します」
日本地質学会の会員でもある前出の越智さんも、「調布とは基本的な地質構造が違うから、陥没の可能性はほとんどない」と口をそろえる。
ただし、牛田東3丁目の多くは大規模に盛り土をしての造成地なので、陥没ほどの重大事故は起こらないとしても、Aさんが怖れる空洞形成や地表面の沈下・隆起の懸念は残る。
8月8日、越智さんから連絡が入った。この前日、シールドマシンが、カッターを固定するナットの脱落で掘削を停止したという。工事は約2週間中断されることに。残る工事区間はあと約500m。これにいったい何年かかるのだろう。その間、住民は補償を受けることもなく、不安を抱えて生活することになる。