世界各国のウイルス研究者が注視しているコロナ変異株「BA.2.86」世界各国のウイルス研究者が注視しているコロナ変異株「BA.2.86」

「これはヤバいかも......」。世界各国のウイルス研究者がそう声を漏らすほど、注視している新型コロナの変異株がある。

「BA.2.86」と呼ばれるその変異株は、世界保健機関(WHO)が「監視下の変異株」に分類し、アメリカ疾病対策センター(CDC)も追跡することを明らかにするなど、日に日に注目度が増しているが、日本のメディアではほとんど報じられていない。

BA.2.86は、なぜ今これほどまでに騒がれているのか? 新型コロナ変異株の動向に詳しい、東京大学医科学研究所の佐藤佳(さとう・けい)教授に聞いた。

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■オミクロン株出現のときの空気感に近い

新型コロナの「5類移行」後、初めての夏を迎えている日本。8月も後半に入り、XBB系統の変異株によってもたらされた「第9波」も「そろそろピークアウトか......?」と思っていたら、海外から気がかりなニュースが飛び込んできた。

現在、世界各地で感染が広がっているXBB.1.6や、EG.5といったXBB系統とは異なる、まったく新しい変異株「BA.2.86」が出現。その感染例がイギリス、イスラエル、デンマーク、スイス、アメリカなどで相次いで確認され、WHOやCDCが急遽「監視対象ウイルス」のリストに加え、警戒しているという。

研究コンソーシアム「G2P-Japan」を率い、次々と出現する変異株の研究に取り組む東京大学医科学研究所の佐藤佳教授はこう話す。

「今回見つかったBA.2.86は、従来の株に対してものすごい数の変異があることが確認されていて、世界中のウイルス学者や専門家が最も注視している変異株だといっていいでしょう。今の空気感は、日本でも2022年初頭に『第6波』をもたらして大流行したオミクロン株出現のときに近い感じがします。

BA.2.86は、名前からも想像できるようにオミクロンBA.2の子孫なのですが、驚くべきはその変異の多さです。元になったBA.2に比べ、BA.2.86は、ヒトの細胞に侵入するために使う『鍵』の役割を果たすスパイクたんぱく質で33ヵ所、スパイクたんぱく質以外の部分で12ヵ所と、ゲノム配列全体で計45ヵ所もの遺伝子が変異しています。

これほど多くの変異を持つ変異株の出現は、2021年の11月に南アフリカで最初に確認されたオミクロン株以来のことです。変異の数が多ければ、伝播力、感染力、病原性など、ウイルスの性質が大きく変わっている可能性があります。

またBA.2.86に感染した人が、すでに複数の国で確認されたということは、もはやこのウイルスが世界各地へ広がっているのは間違いない。そのため、WHOを含め、多くの専門家がこの変異株を警戒しているのです」(佐藤教授)

■XBB対応ワクチンの効果にも影響

2019年の末に中国の武漢で最初の流行が始まって以来、3年半以上にわたり、何度も変異を繰り返してきた新型コロナウイルス。佐藤教授によると、新型コロナの変異は大きく分けてふたつ考えられている。

ひとつは、感染する過程でウイルスの遺伝子の「コピーミス」が蓄積し、連続的に小さな進化を繰り返す「抗原ドリフト」と呼ばれる現象と、もうひとつは、一気に大きく変異する「抗原シフト 」と呼ばれるものだ。

BA2.86の出現は、その変異の多さからも、オミクロン株登場以来の「大進化」といえる部類なのだという。

「現時点でBA2.86の性質についてはまだわかっていないのですが、これまで確認された感染者に限れば、従来の変異株に比べて症状が重いといった報告はないようです。ただその一方で、ウイルスにこれだけ多くの変異が入ると『免疫回避性』(免疫から逃れる性質)がさらに高まっている可能性があるというのは、多くのウイルス学者が懸念している点です。

オミクロン株が登場した時点で、新型コロナの免疫回避性は大きく高まり、ワクチンによる感染予防効果の低下を招いていました。そこで、今、世界的な流行の主流となっているXBB系に対応した新たなワクチンが開発され、9月20日から接種が始まる予定なのですが、仮にこの先、XBB系統とは大きく異なるBA.2.86の感染が広がれば、このXBB対応ワクチンの効果にも影響が出る可能性があります」(佐藤教授)

ちなみに、8月22日、アメリカで新たに確認されたBA.2.86の感染者は、「日本からの渡航者」だったという。しかも、アメリカへの入国直後、ダラス空港の検疫で感染が確認されたというから、今のところ感染者が確認されていない日本でも、すでにBA.2.86の感染が広がっていると考えたほうがよさそうだ。

「新型コロナウイルスの変異は絶え間なく続いていますが、いわゆる『5類移行』後、空港での検疫も含めて国内の監視体制も大幅に緩められ、今では変異株を特定するゲノム解析の件数もピーク時の20分の1以下に減っている。これでは新たな変異株の出現や流行を素早く察知することができません」(佐藤教授)

BA.2.86の登場が、2023年後半の新型コロナとの戦いにどんな影響を与えるのか......? 新型コロナ感染拡大以降、年末から年始にかけて繰り返されてきた感染の波が大きなものにならないことを祈るばかりだ。