埼玉県川口市で立て続けに騒動が起きている。その主犯は現地に住むクルド人だ。
殺人未遂や病院前に約100人が詰めかけた騒動について、日本人住民と在日外国人の対立を煽る報道もあったが、果たして現場はそんなにピリピリしているのか? 双方に話を聞きまくって、国際都市・川口市の解像度をグッと高くしてみた!
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埼玉県川口市は、人口の7%近い約4万人が外国人住民という多国籍都市だ。おかげで少し歩くだけでさまざまな国の料理を楽しめる町なのだが、問題もある。特に最近は、クルド人(国籍はトルコ)の迷惑行為が多く報告されているという。
今年6月には自民党川口市議団が「一部外国人による犯罪の取り締まり強化を求める意見書」を市議会に提出し、賛成多数で可決された。
その矢先に、事件は起きた。7月4日夜、クルド人男性同士の争いから、ひとりが相手を刃物で刺傷。被害者が運ばれた病院(川口市立医療センター)付近で、加害者・被害者双方の仲間が路上で争う騒動に発展したのだ。
100人とも言われる人々の小競り合いは深夜まで続き、入り口をふさがれた病院では救急搬送をストップした(なお、この事件では8月22日時点で7人の逮捕者が出ている)。
この騒動の原因はなんなのか。そして「地域住民の生活は恐怖のレベルに達して」(前掲意見書)いるという川口市の実態はいかに。現地を訪れた。
■事件の原因は「女」か「金」か
店内に一歩入ると甘い香りと肉料理の香りが両サイドから鼻を刺激する。客席にはメロンフレーバーの水たばこを泡立てながらLINE通話をする、ラガーマンのような体格の若いクルド人男性・Aさんがひとりいるのみ。カウンターの向こうでは人の良さそうな中年の料理人が片言の日本語で迎えてくれた。
JR西川口駅と隣の蕨(わらび)駅の近辺にはクルド人が経営するトルコ料理店が数軒ある。そのうちの一軒の様子だ。店の奥には「祝一周年」の花環(はなわ)が置かれ、日本人との付き合いをうかがわせる。
通話を終えたAさんに話を聞いた。彼は来日12年目。日本語は十分に話せる。先日の病院前での騒ぎについて聞くと、さびしそうに首を振る。
「ああそれねえ。3、4人でケンカになって、刺されたひとりを病院に運ぶ途中、連絡もらった知り合いが集まって、それでああなっちゃった。みんな仲間を心配して行ったんだと思うけど、よくないです」
「ケンカの原因は?」
「女がらみだったみたい」
確かに、女性を巡るトラブルだったという報道はあった。ところが、まったく別の原因を教えてくれた人もいた。
「お金の問題だったみたい。ひとりが貸したお金を、もうひとりが返さなかった。それで追いかけていって、刺した。金額は、4万円でした」
やけに話が具体的だ。真相は不明だが、クルド人の間でも情報が錯綜(さくそう)しているのだろう。
■医療センターの近隣住民は語る
日本社会に与えたインパクトは、殺人未遂事件よりその後の医療センター前での騒動のほうが大きい。
同センターの近所に住む男性に当時の状況を訊きいた。
「あんまりにうるさいから外に出てみたけど、クルド人なのかな? そういう人たちが大勢言い合ってました。話の内容は、近寄るのもいやだから聞いてません。警察の対応がヘタクソだからなめられるんです」
なお、この男性は、普段は近所でクルド人を見かけることはないと話す。川口市とひと口に言っても広く、自然観察公園「グリーンセンター」に近いこのあたりはだいぶ郊外になる。夜が早そうな住宅地だ。
2階の窓から騒ぎが見えたという別の男性は言う。
「ケンカかと思って見てたら、そのうち互いの仲間が50人ぐらい集まって言い合ってる。お巡りさんに『機動隊でもなんでも呼んでおとなしくさせてくれ!』って言いました」
ちなみに、この方はクルド人の呼称がうろ覚えで、初めは「プリゴジン」と言っていた。プリゴジンが何十人も集まったら怖すぎる。
「そのあと機動隊の車が2台くらい来たのかな。何人か車に入れて、そしたら20、30分で他の仲間たちもいなくなりました。ここには20年以上暮らしてるけど、こんなことは初めてだね」
だが恐怖や嫌悪感を持つといったことはないようだ。
「向こうの人同士の争いだからなあ。なんとも言えないね。これが日本人との争いってんだったらね、また違ってくるんだろうけど」
■日常のトラブル
日常生活における迷惑行為はどうなのだろう。
JR京浜東北線の蕨駅から駅東口を少し歩けばすぐ川口市になる。駅前は昼下がりになると目に見えてクルド人が増える。路傍に座り込み、缶ビールを片手におしゃべりしたり、散歩したり、自転車に乗っている姿もよく見られる。
近所の自転車店にクルド人のお客も来るか訊たずねた。
「年に1、2回ですかね。トラブル? ありますよ。自転車盗まれました。外に置いていたの(商品)が2回。お客さまが駐輪していたのを盗られたのが1回。その瞬間は僕も見ていて、走って飛び乗って逃げていきました。あとは空気入れが3回盗られてます。むちゃくちゃですよ」
一方、駅を利用する人々や近隣住民からは、直接の被害や不安の声は聞き出せなかった。犬の散歩をしていた中年の女性は言う。
「クルドの方でしょ? 特にトラブルはないですよ。ここは平和なの。よくコンビニのそばで座っているのを見かけるから、前通る時に声かけると『スミマセン』なんて言って、どいてくれますよ。みんな、悪い人じゃないと思う」
場所を変えて、クルド人が多く住む前川地区。ここで44年間営業を続けるスペイン料理店『ふぇるじなんど』の店主・白木晃(あきら)氏(76歳)に話を聞いた。
「10年くらい前からか、クルドが増えてきたな。中にはいい車乗って、でかい音立てて走り回ってるのもいて、マナーはよくないな」
自動車の危険運転は市議会でも取り上げられている迷惑行為の筆頭だが、多少改善が見られると言う。
「最初の頃とはだいぶ違ってきてるな。『危ない!』と思うことが減ったし、すれ違う時なんか向こうから減速して、頭を下げてきたり」(白木氏)
筆者も取材中(自転車だが)、運転席から笑顔で目礼してくるクルド人解体業者を見かけたものだ。
■「話はイラナイ」
クルド人の多くは解体業の仕事をしている。その事務所とヤード(資材置き場)が数多く集まる赤芝新田まで足を延ばした。外環・川口インターのすぐ近くで、関東各地の現場にアクセスしやすい。未舗装の道が多いヤード地帯には住宅地が隣接している。
庭いじりをしていた品のよい女性に、近所にクルド人が多くいて不安を感じたことがあるか、ストレートに訊いた。
「特にありません。音とか、何か燃やしたりするにおいがちょっと気になるくらいです」
解体業に従事するクルド人にも話を聞きに行った。
だが、どうにも反応が悪い。最初のふたりは、日本に来て4年目と5年目、ひとりは県外に住み、日本人の妻がいる。そこまでは話してくれた。
「先月病院のそばでケンカがあったそうですが......」と切り出すと、明らかに表情と態度が変わった。
「知らない。私住んでるところ違うし、話なにもないよ」
「そっちのあなたは?」と話をふろうとすると、前の人がさえぎって「彼は日本語わからない、聞いてもムダだよ!」。
それっきりで、あとは全身で「帰れ」と要求していた。
場所を変え、ヤード内で談笑する、5人に話を聞こうとした。雑誌の取材ですが、トルコの人ですか? と切り出すと、「トルコの人じゃないよ。ここにはいない。この先にたくさん会社あるからそっち行って」と返ってくる。
教えられた場所へ行くと、そこはヤードを仕切るアルミフェンスで囲まれたどん詰まりで、4、5軒の業者が集まっているようだった。女性ひとりと男性3人がおしゃべりしているヤードがあった。
「ザッシ? ああイラナイ」
女性が代表して答える。
「いいえ、雑誌売りに来たのではなく、お話を聞きたくて」
「お話イラナイ」
「クルドの方?」
「うん」
答えてくれたので、取材に持ち込む。
「日本に来て何年に?」
彼女は何か言いかけたが、半開きにした口をゆがめ、ため息をついた。
「話はイラナイ」
周りにいる3人の男性からは、敵意に近いオーラを感じる。来た道一本ふさがれたら逃げようがないぞ、と取材者の心境は「恐怖のレベル」に近づいたのだった。
■なんとなく"共生"している
それにしても「話はいらない」とは、拙(つたな)い日本語から生じた偶然にしても、なんと象徴的なフレーズだろうか。もっとも、いきなり拠点に乗り込んだ筆者にも非はある。もう少し腰を低くしていこう。
少し涼しくなった夕方の蕨駅前。路傍に座り込んで缶ビールを片手に休んでいるふたり組がいた。若いほうの目の動きは、明らかに道行く女性の品定めをするそれだ。
挨拶して、隣に座った。
「日本の女のコはかわいい。セクシーだ。なぜ?」
「知らないけど、あんまり女の人じろじろ見たり、いきなり声かけたりしたら怖がられるから気をつけてくださいね」
やんわり注意しておいた。クルド人によるナンパも、以前から迷惑行為のひとつに挙げられているのだ。
「わかってます。見てるだけ」
そんなやりとりからBさん(35歳)との会話が始まった。
来日4年目のBさんは、トルコ中南部のカフラマンマラシュ県出身。「2月にすごい地震(トルコ・シリア地震)あったでしょ? あれがいちばんすごかったところ」(Bさん)だ。
クルド人はトルコではテロリスト扱いされて敵視されるそうだ。スマホの翻訳アプリを操作し、こんな意見を聞かせてくれた。
「トルコでは政治家が人々を分断しようとします。日本が好きなのは、ここでは人種差別がないからです」
彼もやはり、仕事は解体業だ。朝は5時に家を出、帰りは夜7時頃になることもある。それで月給は14万円とのことだ。社長もクルド人で、日本人の友人はいないが、近所のお祭りに出かけるなど、完全に地域のコミュニティと没交渉というわけではない。
「日本の生活で困ることは?」
「ビザくれないことだけ」
彼らは母国で迫害を受けて住みやすい国を求めて来たのだが、日本の難民認定は狭き門。結果、大半が超過滞在という形で「違法に」暮らしているのだ。
Bさんは、日本を出なくちゃいけなくなるかも、とさびしそうに繰り返していた。
別日の午後4時。駅から徒歩7分ほどの公園に、20人近いクルド人が集まっていた。
日本語のレベルはピンキリだ。来日間もない人は、片言の会話さえおぼつかない。みな解体業で、この日は休みだった。社長が日本人、という人も。
「日本人との間でトラブルはありませんか?」
「帰れ、出ていけ、みたいに言われたことはあります。川崎で1回と横浜で1回、仕事で行った時です。でも、事情を話したら、わかってくれました」
日本の中学で学んだCさん(22歳)は言う。その他の悩みと言えば、やはり彼らも「ビザの問題」の一点だった。
好きな日本の食べ物を訊ねると「おにぎり」「お弁当」「ファミチキ」と庶民的な答えが口々に出てくる。
「食べられないものは?」
「豚肉だけは、ダメ」
世俗主義の進んだトルコではムスリムでも厳格に禁酒にこだわる人は少ないそうだが、食のタブーは守る。イスラム教の中でもアレヴィー派という少数派に属する人もいた。
「彼だけ、豚食べる!」
ひとりの、ぽっちゃりした青年がからかわれ出した。楽しそうにふざけ合っていた。
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3日間の短い期間で筆者が訪ね歩いた限りではあるが「地域住民の生活は恐怖のレベルに達して」というほどの実態は明確に見えてこなかった。
なお、外国人の迷惑行為に関する質問を受けた川口市の奥ノ木信夫市長(72歳)は、「警察や関係機関と連携をはかり、厳格に対応して参ります」と述べる一方、「事態の根源は、国の入国管理行政に起因する」「現実の地域社会における共生推進と、国がとっている制度が乖離(かいり)している」という認識を示している(6月19日の市議会)。
地元紙「埼玉新聞」のベテラン記者は川口市における日本人と外国人の共生模様についてこう話す。
「新たに選んで川口市民になった若い層は、どちらかといえば"国際都市・川口"のアイデンティティを前向きにとらえている方が多いように感じます。
一方、私の知っている昔からの川口市民は『生きている世界が違う』という受けとめ方で、同じ地域に暮らしても接する機会がなく、人ごとです。ただ、『出て行ってほしい』という排他的発言は聞いたことがありません」
日本人とクルド人が、なんとなく共に暮らしていけている――それが今の川口市における共生の現実のようだ。
●取材・文・撮影/前川仁之(まえかわ・さねゆき)
1982年生まれ、埼玉県立浦和高校卒業、東京大学理科Ⅰ類中退。人形劇団、施設警備など経て、立教大学異文化コミュニケーション学部に入学。在学中の2009年、スペインに留学。翌夏、スペイン横断自転車旅行。大学卒業後、福島県郡山市で働いていたときに書いた作品が第12回開高健ノンフィクション賞の最終候補に。近著は『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』(小学館)