日本で生きるなら、誰しも逃れることのできない地震。普段はなかなか意識しづらいものだが、災害は忘れた頃にやって来る。
今年は1923年に発生した関東大震災から100年の節目。この機会に、いま警戒すべき巨大地震の基礎知識と防災の心構えを身につけよう。京都大学名誉教授の鎌田浩毅氏にレクチャーしてもらった。
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■関東大震災から100年、地震大国の現在
――関東大震災とは、どんな地震だったのでしょうか?
「首都直下地震のひとつです。首都直下地震には3種類あります。ひとつ目は東京の直下の活断層が動く地震。関東の地下には北米、フィリピン海、太平洋プレートと3つのプレート境界があると考えられていますが、そのプレート境界が動くことによる地震がふたつ目。
3つ目が関東大震災型の地震です。関東大震災の震源は神奈川県でした。しかし関東地方に大きな被害を与えたので首都直下地震としてチェックすべきものと考えられているのです。
関東大震災では日本の自然災害史上最悪である10万5000人の死者が出ています。しかも、そのうち9万人くらいが火災で亡くなった特異な災害でした」
――この100年間で日本の地球科学的な状況はどのように変わったのでしょうか?
「東日本大震災で1000年ぶりの地殻の変動期が始まりました。日本列島全体が不安定になったのです。震災前に比べて内陸地震の発生数は約3倍です。東北や関東だけではなく、能登半島をはじめとして日本海側まで含む各地で直下型地震が起きています。
東日本大震災では、マグニチュード9.0の巨大地震によって牡鹿半島が東南東方向に約5.3m移動しました。つまり陸側が引き伸ばされたのです。それを解消するために、その後ずっと地殻変動が起きているのです。
この1000年ぶりの大地の変動は今後20~30年は続くと考えています。しかも、この変動期は100年ほどの間隔で起こる南海トラフ巨大地震のタイミングとも重なっています。
南海トラフとは静岡県駿河湾から九州の日向灘沖までの海底のくぼみです。そのくぼみが巨大な震源域なのです。90年から150年の周期で大きな地震が起きていて、前回は1946年の昭和南海地震でした。
南海トラフ地震の震源域は東海、東南海、南海と3つありますが、3回に1回は3つの震源域が連動して動く、より巨大な地震となっています。次の南海トラフ巨大地震は、この3連動の巨大地震になる可能性が高いと考えています」
■東日本大震災の10倍!? 不可避の大地震
――今後、どのような大地震が予測されるでしょうか?
「まずは首都直下地震を警戒してください。政府の中央防災会議は首都直下地震を断層、発生場所、地震発生メカニズムで19パターンに分類し、どこにどのくらいの被害が起こるのか想定しています。
19パターンのどれがいつ動くかは予知できないので、いつ起きてもいいように準備しなければなりません。東京圏には3500万人が住んでいるので、最大の問題です。
もうひとつはやはり南海トラフ巨大地震です。ほとんどの直下型地震はいつ起きるか予知ができません。ですが南海トラフ巨大地震だけは、次がいつ頃起こるのかわかっているのです。私はこれを『虎の子の情報』と言っています。ですから日本全体でリスクヘッジするべきです。
南海トラフ巨大地震が起こると、ライフラインが切断されてさまざまな物資が届かない状態が1週間以上続きます。1ヵ月、3ヵ月と続くかもしれません。そこが決定的に12年前の東日本大震災と違うのです。ですがいまから日本全体で準備すれば間に合うのです。
次に警戒するべきは富士山の噴火です。次の南海トラフ巨大地震が富士山の噴火を誘発すると考えています」
――先生は南海トラフ巨大地震は約10年後に必ずやって来る、被害は東日本大震災の10倍だと言っています。
「そうです。約10年後に必ず襲ってきます。これまで起きた規則性を考えても、パスはありえない。太平洋ベルト地帯に住む静岡から宮崎まで、全人口の半数以上の6800万人が被災します。『西日本大震災』と言ってもいいでしょう。
東日本大震災と同じ規模(想定マグニチュード9.1)で起きても、南海トラフ巨大地震は震源がさらに居住地に近い。ですから被害は220兆円、死者は32万人と想定されます。死者、被害金額いずれも東日本大震災よりひと桁多いのです。つまり10倍大きいという認識が重要なのです。
首都直下地震はいつ起こるかわかりません。明日起こるかもしれない。一方、周期的に起きている南海トラフ巨大地震は、次の発生時期が2035年±5年と予想されています。つまり2030年から40年の間、約10年後に必ず大震災が起こるのです。
国は南海トラフ巨大地震の30年以内の発生確率は『70~80%』と言っています。学問的には正しい言い方です。ですが一般市民にはピンときませんし、『2割か3割の確率で起きないんだ』と思う方もいるでしょう。いつ、どのくらいの規模の地震があると言われないと、そもそも頭に入らないんです。
ですから私は時期(約10年後)と被害規模(東日本大震災の10倍)をはっきり言います。これでやっと人は動けるんです」
――最近は「半割れ」という言葉も聞きます。
「『半割れ』とは想定震源域のすべてが一度に割れるのではなく、時間をおいて部分的に割れることです。マグニチュード8以上の地震が片方で発生した後に時間を置いて、連動して同規模の地震が起こることです。
これまでに南海トラフ巨大地震は歴史上9回起きています。次はおそらく最初に名古屋沖で東南海地震が起き、次に静岡が割れ(東海地震)、最後に四国沖が割れて南海地震が起こると思っています。
ただし『半割れ』に着目することは、防災上はあまり意味がありません。どちらが先に割れるかわかりませんし、ほぼ同時に割れる可能性も高い。私は次の2035年には3回前の宝永地震(1707年)と同じくほぼ同時に割れると考えています。
ですから『半割れ』に着目するより、『東日本大震災と比べると震源域がずっと陸に近いので、最大34mの津波が最短3分でやって来る』ことをまず頭に入れてください。
地震の後で大津波、そして必ず火災が起きるでしょう。それらに対する基本的な防災が必要なのです」
――富士山をはじめ、日本の火山も危険なのでしょうか?
「日本には111個の活火山があります。東日本大震災の後、その2割に当たる20個のマグマが不安定になり『噴火スタンバイ状態』です。その中には富士山もあります。そして東日本大震災の4日後には富士山の直下で岩石が割れるような地震が起き、マグマだまりの天井にヒビが入ってしまいました。
富士山は平均すると30年に1回噴火していた火山ですが、すでに300年も噴火していません。つまりマグマだまりはパンパンの状態で、次の南海トラフ巨大地震で噴火が誘発される可能性があります。
前回の昭和南海地震(1946年)では、東海地域の地震が起きていません。そのエネルギーはため込まれているので、次は東海地震が南海トラフ巨大地震の一部として必ず起きるでしょう。つまり、南海トラフが駿河湾奥で上陸した富士川河口断層帯を通って、富士山のマグマだまりを大きく揺らすのです。
これは前回の富士山噴火とまったく同じ状況です。1707年の『宝永噴火』では江戸に5㎝、横浜で10㎝も火山灰が積もりました。前回は200年休んでの噴火でしたが、次は300年休んでいるので単純計算すると5割増のマグマがたまっていることになります。
もし江戸時代のような大噴火が起きれば、現代社会では通信や運輸機能に大きな被害が出ます。中央防災会議の被害想定では、噴火から約3時間で都心に火山灰が降り、15日目に新宿で10㎝も積もるとされています。そして火山灰の量は東日本大震災で生じた廃棄物の10倍です。
宝永噴火は南海トラフ巨大地震(宝永地震)の49日後に起きました。地球科学には『過去は未来を解く鍵』という言葉がありますが、巨大地震の後で富士山噴火が追い打ちをかける事態を非常に心配しています」
■私たちはいまからどう備えるべきか
――先生が提唱されている「減災」とは、どういった概念でしょうか?
「南海トラフ巨大地震の被害は東日本大震災の10倍です。つまり10年間東日本大震災が毎年起きて、それがいっぺんに襲ってくるイメージです。こうした激甚災害には完璧主義ではなく『できるところからやる』ことが最も大事です。最終的には、個人でできることがとても重要です。
例えば、寝室の家具やテレビを壁に固定する、地震後に火事を起こさないなどです。減災の一番のポイントは『個人がどこまでできるか』なのです。備蓄についても水・食料・医薬品と簡易トイレから準備するべきです。生き延びたら、今度は人を助ける側にも回れます。
東京や大阪など大都市では交通手段がすべて止まったとき、無理に歩いて帰ろうとしないことも重要です。道路に人があふれて起きる『群集なだれ』の危険性があるからです。
地震直後に身の安全だけ確保したら、1週間いられるように会社や官庁に備蓄しておくのです。そうすればケガ人や旅行者を助けることもできます。見方を変えれば、都市は大勢の人が助け合って生き延びる巨大な防災力を持つともいえるのです。
まず自分が助かり、家族を助け、会社の同僚、地域のコミュニティへと助け合いの輪が順次広がるのです。どんな災害に遭遇しても『助け合えばなんとかなる』と思うことが最も重要なのです」
――国や公共事業はどうするべきでしょうか?
「国も自治体も必死で対策を遂行していますが、予算など大きな壁があるのも事実です。例えば大阪は統合型リゾート計画を進めていますが、一緒に防災拠点を造ってほしいと私は提言しています。
震度7の地震でもびくともしない建物の中に水、食料、医薬品を準備する。ホテルも避難所に転用できる仕様にする。屋上には大きなヘリポートを造る。防災と関係ない公共事業でも、南海トラフ巨大地震用の施設を造るため少しでも予算を割いてもらう。
大阪湾岸と上町台地に防災拠点を造れば、救われる人は大きく増えます。陸上運輸が壊滅状態になっても海上輸送できる利点を生かすべきです。
実は首都圏も同じで東京湾沿いにもっと防災拠点を造らないといけません。陸と海を上手につないで、できるところから減災するのです。
そのためには南海トラフ巨大地震の『10年後に規模10倍』という事実を自覚しなければなりません。自分たちでなんとかしなければ、誰も助けに来てくれないのです。
さらに研究者はもっと一般市民に寄り添うべきです。研究でわかったことと市民が期待する内容との間には大きなギャップがあります。だから『これを知っていれば助かる』最低限の知識を、まず伝えるべきです。
一般の方も被害を具体的にイメージしてください。高さ34mの津波が来るとはどういうことか。34mとは11階建てのビルくらいです。その高さの水の塊が数分で襲ってくる前に、12階まで階段を駆け上がらないと助からないのです。
基本的な事実を身近な感覚に落とし込んでおかないと、いざというときに動けません。多くの地域に津波タワーや地震動の体験施設が造られているので、ぜひ出かけてみてください。
いまから準備をすれば南海トラフ巨大地震で失われる人命の8割、経済被害の6割は減らせると試算されています。しかし何も準備しなければ、経済的に『日本沈没』します。ですが10年の時間的な余裕があり、今から準備すれば助かるのです。
その一方、『自分には関係ない』と思っていると32万人が死ぬ。そういう認識を持ってほしいのです。
『正しく怖がる』ことで人命と財産を救うことができます。よって、完璧主義と無関心主義をやめて、家具につっかえ棒をする、水の備蓄をすることから始めてください。
南海トラフ巨大地震には国と市町村から詳しいハザードマップが用意されていて、ネットから簡単にダウンロードできます。17世紀イギリスの哲学者フランシス・ベーコンは『知識は力なり』と言いました。今こそ自分の命を守る『知識』を学んでください」
●鎌田浩毅(かまた・ひろき)
京都大学名誉教授、京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授。1955年生まれ。筑波大学付属駒場高校卒業。東京大学理学部地学科卒業。1979年通産省(現・経済産業省)入省。通産省主任研究官を経て1997年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。理学博士(東京大学)。2021年4月より現職。『揺れる大地を賢く生きる』(角川新書)、『地震はなぜ起きる?』(岩波ジュニアスタートブックス)、『知っておきたい地球科学』『火山噴火』(共に岩波新書)など著書多数