高齢化が進むヤクザ社会では、威光の衰えた親分に対する子分の反逆が今後も起きそうだ 高齢化が進むヤクザ社会では、威光の衰えた親分に対する子分の反逆が今後も起きそうだ
厳格さが行き過ぎて時に理不尽な上下関係が強いられるヤクザの世界において、公衆の面前で子分が親分に手をかけるという異例の事態が起きた。渡世の世界において、鉄の掟のタガが緩んでいるのか。はたまた、疑似血縁関係というフィクションがそもそも破綻しているのか......。

■駅前で殴られて、ひとり佇む親分

風変わりなこの事件は7月14日に起きた。全国紙社会部デスクが振り返る。

「愛知県常滑市の名鉄常滑駅の駅前で、六代目山口組の有力団体・弘道会系列の常滑一家の十代目総長(73)が、ナンバー2の若頭である中沢秀也容疑者(53)に、『お前また下手打ちやがって、馬鹿野郎』と怒鳴られていた。

中沢容疑者は、総長は頭を平手で殴ったり足を蹴り飛ばすほか、総長が被っていた帽子を叩き落とすなどしたとして暴行の疑いで逮捕されました。現場は駅前ロータリーで人手も多く、目撃者の通報で警察が到着した際に、総長は寂しく一人で佇んでいたと言います」(社会部デスク)

親分の盃を飲む際は、「親が黒だといえば、たとえ白でも黒だと従わなければならない」との口上で上役への服従を叩き込まれるヤクザの世界。今回の異色の事件の背景を、関西在住の暴力団関係者のA氏が語る。

「常滑一家の総長は認知症を抱えていて、その世話を中沢若頭が看ていたらしい。それで、普段の介護疲れが出たんじゃないのか。『お前また下手打ちやがって』というセリフから、こういうケースが他でも起きていたことを伺わせるよな。しかも、中沢若頭は弘道会の直参にも名を連ねていて、常滑一家を実質取り仕切っていたそうだ。総長はなにもものを言える関係じゃなかったんだろう」(A氏)

■組織分裂の多発が背景か!?

今回のような事件が起きる時代的背景について、関東地方の暴力団事情に詳しいB氏が語る。

「子分が親分を殴るというケースは珍しくない。ヤクザだから口より先に手が出るもんなんだから。ただ、ふたりきりの場面でこっそりとやって、互いに表沙汰にしないというのが慣例だった。まぁ、この十年で、六代目側から神戸山口組が飛び出したり、他の組でも親子喧嘩や跡目争いが頻発している。盃の重みがどんどんと軽くなっているのが、今回の事件でも現れている」(B氏)

現役の組長でも子分に殴られるのであれば、引退すればなおさらだ。A氏が振り返る。

「ある全国組織のトップが引退した際は、元の子分から金をタカられたと言われています。挙げ句の果てには、スリッパで頭を叩かれたとも。それはさすがに誇張されていると思いますが、そんな噂が立つぐらいに、子分が親にヤマを返す(仕返しをする)のはあり得る話だという共通認識があるんですよ」(A氏)

死ぬまで子分たちとは「義理と人情」で結ばれていたという清水の次郎長だが、現代の任侠道ではなかなかそうはいかないようだ 死ぬまで子分たちとは「義理と人情」で結ばれていたという清水の次郎長だが、現代の任侠道ではなかなかそうはいかないようだ
また、中部地方の組織関係者のC氏は、常滑一家の特性も背景にあるとみる。

「あそこの9代目総長も身内に殺されている。常滑一家は弘道会に加入する前は、山田組という直系団体に属していた。山田組は、80年代の山一抗争の際には、一和会に流れようとした当時の親分に逆らって山口組に残り、直系団体に昇格した歴史もある。そういう伝統って受け継がれるもんなんだよ。もともと初代は清水の次郎長とも覇権争いしたほどの名門組織なんだけど......」(C氏)

気になるのは、鉄の規律を誇るとされる弘道会からのふたりについての処分。C氏は「殴られた総長はカラダも悪いし、子分に殴られたことが世間に知られて格好もつかない。引導を渡されるのではないか。殴った若頭も跡目は認められず、常滑一家は解散となり、他の組織に転籍させられるのではないか」と推測。出会い頭の親子喧嘩は大きな波紋を呼んでいる。

●大木健一 
全国紙記者、ネットメディア編集者を経て独立。「事件は1課より2課」が口癖で、経済事件や金融ネタに強い