「『死にたいなんて思わないでよ』と相手の気持ちを否定したり、問題の解決を急いだりするのではなく、まずは相手の話を共感を持ちながら聞くこと」と語る末木 新氏「『死にたいなんて思わないでよ』と相手の気持ちを否定したり、問題の解決を急いだりするのではなく、まずは相手の話を共感を持ちながら聞くこと」と語る末木 新氏

近年、SNSなどの影響もあり、著名人の自殺が話題になることも多い。また、日本は「自殺大国」と形容されるなど、自殺には高い関心が寄せられてきた。

日本の複数の調査によれば、これまでの人生で「死にたい」と考えた経験のある人は2~3割にも上るという。私たちはどのように「死にたい」気持ちに向き合えばいいのか?

『「死にたい」と言われたら 自殺の心理学』(ちくまプリマー新書)の著者で、自殺学の第一人者でもある末木新(すえき・はじめ)氏に、近年の自殺を巡る状況の変化と難しさ、そして「死にたい」気持ちとの向き合い方について聞いた。

* * *

――先生が自殺研究を始められたきっかけは?

末木 高校生のときに、祖父を自殺で亡くしたことです。同居していたわけではありませんでしたが、私の目からは祖父が自殺をするようにはまったく見えなかったので、それを聞いたときには心底驚きました。

それから、「なぜ祖父は自殺したのだろう?」という疑問で頭の中がいっぱいになり、自殺に関する本を読みあさるうちに、気づけば研究者になっていました。

――日本は「自殺大国」と呼ばれることもあります。

末木 今、日本の自殺者数は約2万人程度と報告されています。人口10万人当たりの自殺者数は、G7に含まれるいわゆる先進国と比べてもトップです。だから、確かに統計上の数字だけを見れば「自殺大国」と呼べるのかもしれません。

ただ、そもそも死因の分類は非常に難しい。当たり前のことですが、本人がすでに亡くなってしまっている以上、直接本人に自殺の意図があったのかを聞くことはできません。それに、自殺者数を数えるプロセスにはさまざまな要因が影響を与えるとも考えられます。

例えば、イスラム教圏の国々は自殺者数も自殺死亡率も基本的には低いです。ただし、「診断名不明確及び原因不明の死亡(以下、原因不明の死亡)」に分類される数を見てみると、すごく高い国もあったりする。

その中には、自殺に対する罰則規定などが残っている地域もあるわけですから、なるべく自殺に分類させないような圧力が働いている可能性も否定できません。つまり、死因の分類というのは、ある程度は恣意(しい)的なわけです。

――数字だけ見ていては実態をつかみ損ねる可能性がある、と。

末木 はい。例えば、日本では2003年に自殺者数が統計開始以来最多の3万4427人を記録しました。それから徐々に減少に転じ、2006年の自殺対策基本法の施行を経て、現在は2万人程度となっているわけですが、「原因不明の死亡」に目を向けてみると今や自殺者数よりも多い。これは2003年時点と比べると約10倍近い数字です。

もちろん、自殺者数の減少分がすべて原因不明の死亡に分類されているというつもりはありません。

ただ、先のイスラム教圏の事例のように、日本国内においても遺族の意向や保険会社との兼ね合いによって死因の分類が影響を受けることも考えられます。自殺者数や自殺死亡率などの数字だけを見て自殺を語ることには慎重になる必要があると思います。

――そもそも自殺の原因は、自殺学においてどのように考えられているのですか?

末木 心理学者のトマス・ジョイナーが提唱する自殺の対人関係理論によれば、主に自殺の危険因子は3つに分類されます。

ひとつ目は、身についた自殺潜在能力。これは、死にたいと思ったときに「死に切る力」といえます。例えば、過去の自殺企図歴や自傷経験のほか、不適切なメディア報道もここに含まれます。

ふたつ目は、所属感の減弱。つまり、人と人とのつながりが希薄になり、孤独感の高まっている状態です。

3つ目は、負担感の知覚。自分は社会のお荷物になっているとか、人に迷惑をかけているとか、自尊心が低くなっている状態を指します。この3つがそろっている状態が最も自殺の危険性が高いと考えられています。

――2022年には小中学生の自殺が過去最多になったというニュースもありました。

末木 子供の自殺というと、いじめなどの要因が注目されがちですが、二大要因は学業不振と家庭の不和です。自殺の対人関係理論に照らしてみると、前者は「勉強ができない自分なんてだめだ」という負担感の知覚、後者は家庭内においてつながりが希薄になり、孤独感を経験している所属感の減弱と説明することができます。

――子供からの相談を含め、友人や知人から「死にたい」と相談されたときにはどのように対応すればいいのでしょうか?

末木 孤立しているときに死にたくなると考えているなら、やはりその人とつながり続けることが最も重要だと思います。

だから、相談を受けたときに「死にたいなんて思わないでよ」と相手の気持ちを否定したり、問題の解決を急いだりするのではなく、まずは相手の話を共感を持ちながら聞くこと。話を聞くのが苦手な人は、ただ一緒にいるだけでも構いません。

ただ、相談を受ける立場の人がひとりで全部背負いすぎないことも重要です。ひとりですべて対応しようと思うと、相談を受ける側も疲弊し、自分のために関係を切るしかない、といった事態になりがちです。専門家を頼るなど、複数人での対応も心がける必要があると思います。

――逆に自分自身が「死にたい」という気持ちに襲われたときはどうすべきでしょう?

末木 死にたくなってから対応を考えるというよりも、その手前が重要です。自殺の危険因子が積み重なっている状態の反対は、「幸せな状態」ともいえます。日頃から人とのつながりをつくることを心がけ、自分が人の役に立っているとか、負担感とは逆の側面に目を向けることが大切だと思います。

――社会全体で「死にたくなりづらい世界」を目指すにはどうすればよいのでしょうか?

末木 自殺対策を考えるとき、当然ですが自殺は予防すべきものと考えられています。ただ、生まれたからには人間はいずれ死にますし、未来永劫(えいごう)死なないことが幸せかと考えると、それもつらいと感じる人が少なくないと思います。

つまり、自殺で死ぬのが悪いなら、どう死ぬのが望ましいのかも考えていくべきでしょう。単に自殺者数や自殺死亡率などの数字に目を向けるだけでなく、「どう死ぬのか」という議論も必要だと思います。

●末木 新(すえき・はじめ)
1983年生まれ。2012年東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース博士課程修了。博士(教育学)、公認心理師、臨床心理士。現在は和光大学現代人間学部教授。第17回日本心理学会国際賞(奨励賞)受賞。主な著書に『インターネットは自殺を防げるか――ウェブコミュニティの臨床心理学とその実践』(東京大学出版会)、『自殺学入門―幸せな生と死とは何か』(金剛出版)、『公認心理師をめざす人のための臨床心理学入門』(大修館書店)など

■『「死にたい」と言われたら 自殺の心理学』
ちくまプリマー新書 880円(税込)
「死にたい」と思ったことがある人は日本の人口の2~3割だという。そして、日本における全死因のうち2%弱を自殺が占めている。私たちはなぜ死にたくなるのか、「死にたい」と言われたらどうすべきか、自分が「死にたい」と思ってしまったらどうすべきか、果たして自殺は悪いことなのか、死にたくなりづらい世界とはどんなものか。臨床心理学者が豊富な統計データと最新の知見を基に展開する、自殺の心理学

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