野村、田上両被告が収監されている福岡拘置所。オウム真理教事件の早川紀代秀元受刑者の死刑が執行された場所でもある野村、田上両被告が収監されている福岡拘置所。オウム真理教事件の早川紀代秀元受刑者の死刑が執行された場所でもある
工藤会による一連の市民襲撃事件を巡り、組織のトップとナンバー2の刑事責任を問う裁判が揺れている。審理を福岡高裁に移した2審の初公判で、これまで関与を否認していたナンバー2が一転、一部の事件について指示を認めたのだ。大きく潮目が変わった背景を探る。

市民襲撃を繰り返したとして幹部が軒並み逮捕、重罪判決を受けている工藤会。21年8月には殺人や殺人未遂の罪で、トップで総裁の野村悟被告(76)に死刑、ナンバー2の会長の田上不美夫被告(67)に無期懲役の判決が言い渡された。

そして、9月13日に迎えた両被告に対する第二審初公判で、田上被告がこれまでの無罪主張を翻(ひるがえ)し、起訴されている4つの事件のうち2つについて「トップに連絡や相談もしないまま指示をして実行させた」と主張を一変させた。

野村、田上両被告の第二審が行なわれている福岡高裁野村、田上両被告の第二審が行なわれている福岡高裁
「両被告は一審判決後に弁護士を解任し、死刑求刑事件の経験が豊富な安田好弘弁護士らを新たに選任しました。そして、一審で事件の死刑判決が下された野村被告の逆転無罪を獲得するため、腹心の田上被告が腹をくくり、事件への関与を認めたという構図です。田上被告側は、関与を認めていない他の事件については、自らの配下の関与や、既に死亡した幹部の指示を示唆しています」(現地記者)

当然、こうした主張に検察側は反発。「野村被告の刑事責任を免れさせようとする動機がある」と主張した。

■翻された主張の真意とは

2014年の逮捕以降、一貫して関与を否定してきた田上被告が主張を変遷した理由について、ある暴力団関係者が解説する。

「今回の初公判では『無関係な野村総裁を巻き込み、有罪とされる事態に直面し、不徳を恥じた』と説明していました。確かに、自らの親分を絞首刑にさせてしまってはヤクザとしてのメンツが立たない。ならば、自ら罪を認めて野村総裁の死刑を食い止めたいという気持ちの表れでしょう。そもそも、一審判決について検察は控訴していないので、田上会長は高裁で無期懲役よりも厳しい死刑判決が下ることはない。だったら、親分のためにひと肌脱ぎましょうということでは」(暴力団関係者)

主人(あるじ)を失った後に更地での売却が決まり、解体される工藤会の本部事務所主人(あるじ)を失った後に更地での売却が決まり、解体される工藤会の本部事務所
一方、捜査関係者は次のように語る。

「今回、田上被告が認めた事件のうち看護師襲撃事件を選んだのは意義深い。野村被告が受けた亀頭増大手術や陰毛脱毛の術後の経過が芳しくなく、看護師に不満を述べたところ、『入れ墨に比べたら痛くないでしょ』と返され、怒りを募らせて田上被告に指示して襲撃させたと1審は認定している。

1審判決ではこの事実をもとに、工藤会とは野村被告の一存で組織の利益の有無に関わらずに凶悪事件を起こす組織として位置づけ、他の襲撃事件も野村被告の指示を推認していく論理展開となっています。つまり、看護師襲撃を田上被告が主張する通り、『限りなく尊敬する野村総裁を侮辱された』と2審の裁判官に認めさせることができれば、野村被告がすべて指示したとする1審判決の土台が崩れるわけです」(捜査関係者)

■信憑性に乏しい証人

野村被告の死刑回避のため、ウルトラC作戦に打って出た田上被告と弁護団。しかし、その足元は覚束ないのが実情のようだ。前出の地元記者が呆れながら語る。

「2審初公判では、両被告が関与を問われている1998年の漁協元組合長射殺事件の実行犯として有罪が確定している元組員が証人として出廷し、『事件と関係ない野村総裁や田上会長が、自分のために主犯のように言われている』と証言しました。

ただ公判の中で、両被告が提出した控訴趣意書では、この元組員が当初、『自分は拳銃を用意しただけで、実行犯は別の男だ』と主張していたものの、その別の男は事件当時に競馬法違反罪などで収監中だったことを検察側が指摘。弁護人が驚いて確認すると、元組員は『実行犯は自分だ』と認めたことが明らかになりました。

つまり、2審に向けて両被告と弁護側は論理構成を練り直してみたものの、その証言や内容はお粗末極まりないものだということです。この元組員は、事件の指示は死んだ幹部だと主張していますが、このように証言を二転三転させる人物の言説を裁判所が採用するとは思いにくい。

この他にも、田上被告も、1審では関与を認めなかった理由について『家族や組員が女、子どもには絶対手を出さないと信じてくれていた』と、意味が良く分からない説明をしていました」(地元記者)

男に二言はないはずのヤクザが、親分の死刑判決という現実に向き合い、なりふり構わずに主張を変遷させて助命に打って出た驚きの法廷作戦。彼らの二言の行方が注目される。

●大木健一 
全国紙記者、ネットメディア編集者を経て独立。「事件は1課より2課」が口癖で、経済事件や金融ネタに強い