夜逃げの現場。夜逃げといえども、実際は昼に行なうのも普通夜逃げの現場。夜逃げといえども、実際は昼に行なうのも普通
人生をやり直したい......一度はそう思ったことがある人は少なくないのかもしれない。そんな人の手助けをするのが、「夜逃げ屋」だ。かつて『夜逃げ屋本舗』というドラマがあったが、夜逃げ屋は実在する。コミックエッセイ『夜逃げ屋日記』では、そんな彼らと依頼者の現実描いているのだ。

作者の宮野シンイチさんはマンガ原作者を目指していたが、長年、連載に至らず夜逃げ屋に取材することに。今では夜逃げ屋として働きながら、『夜逃げ屋日記』をSNSで連載し、今年6月に単行本を発売した。マンガ原作者志望になった理由や夜逃げ屋として働くことになった経緯を聞いた。

*  *  *

――マンガ家でなく、マンガ原作者を目指すというのは珍しいと思いますが、そのきっかけは?

宮野 中学生の時に『週刊少年ジャンプ』で『アイシールド21』(原作:稲垣理一郎 作画:村田雄介)というアメリカンフットボールをテーマにした作品があって、コンビニで立ち読みしていたんです。その回で、落ちこぼれだけど努力家だったゆきみつが、初めてタッチダウンを決めて。その瞬間、うれしすぎて、コンビニで叫びそうになりました。

――それがきっかけでよりマンガが好きになったと。

宮野 それから高校生になって、周りが進路を考え始めた時に「僕は何になれるんだろう」ってすごい悩んだんです。僕は何の才能もなくて、スポーツも顔もスタイルも、全部中途半端。『アイシールド21』のゆきみつと重なる部分が多かったんです。

だけど、将来に悩んだ時に『クローズ』の高橋ヒロシ先生が、単行本でマンガ家になったときの話を描いていたんです。それをマネして自分もマンガ家を目指したのが16歳の冬。ただ絵がうまくないからどうしようと思っていたところで、今度は『バクマン。』(原作・大場つぐみ 作画・小畑健)で原作という道を知って、それを目指すことにしたんです。

単行本の刊行にあたりサイン色紙を描く宮野さん。単行本は現在発売中単行本の刊行にあたりサイン色紙を描く宮野さん。単行本は現在発売中
――その頃からエッセイマンガを意識していたんですか?

宮野 まったく考えてなかったです。最初はジャンプに持ち込みしていて、ファンタジーとかスポ根とか、いわゆる王道な感じ。それから他のマンガ誌にも持ち込みしていたけど、全部フィクションでした。

でも何年も鳴かず飛ばずで、何を描きたいか自分でもわからない状態になっていましたね。そんな状況で、新しいネームを持っていくたびに編集さんから「レベル下がった」とか言われたり......。

――自覚しているだけあって、キツイですね。

宮野 そんな時にたまたまテレビの夜逃げ屋の特集を見て、社長が女性っていうのに強烈な興味が湧いて取材させてもらい、夜逃げのマンガを描き始めたんです。

――最初に社長に連絡して会うところから作品は始まりますけど、一睡もできないほど緊張していたそうですね。

宮野 ずっとファンタジーとか描いていたので、取材経験がなく未知の領域でしたらかね。ましてや"裏稼業"みたいな特殊な世界。テレビに出ているとはいえ、怖い人やヤバい人だったらどうしようとかいろいろ考えましたね。

――実際には社長に気に入られて、取材名目で働くことが叶いましたが、やはり危険なこともありますか?

宮野 夜逃げって聞くとほとんどの人は、借金を想像すると思うんです。でも借金は5%にも満たないくらい。7割が虐待やDV、2割がストーカーです。基本的にはDV加害者がいないうちに逃げるんですが、同席していたり、急に帰ってくることはザラにあります。

向こうからしたら、依頼者が目の前で逃げようとしてるんだから、物を投げてきたり、包丁を持って暴れたり、殺してでも止めようとしますよね。それでも僕らがビビっていると依頼者さんももっと恐怖を感じるから、毅然とした態度をとるしかないですよね。危険だと判断したら、すぐ警察に通報しますけどね。何かあったときに動いてもらえるように、あらかじめ警察には夜逃げすることを伝えていますから。

夜逃げの現場。ぬいぐるみも多く、小さい子供を連れて逃げたことが伺える夜逃げの現場。ぬいぐるみも多く、小さい子供を連れて逃げたことが伺える
――とはいえ、警察が来るまでは夜逃げ屋の皆さんが対応せざるを得ないわけですよね。

宮野 そうです。もう体を張るしかないですよね。あとはとにかく刺激しないように。僕も本当にヤバいヤツらが2~3人で来るかもしれない状況で、ひとりで対応したこともあります。結局来なかったんですけど、社長からはとにかくもし来たら「バイトで何も知りません」「上に電話してもつながりません」と知らないフリでシラを切り通せ、と念を押されていました。

――宮野さん自身、暴れる人相手に腕っぷしで勝てるようには見えないですからね。

宮野 まあ無理ですね。夜逃げの仕事自体も波はあって、1週間何もないこともあれば1日に2~3件まわることもあります。でも、明らかに危険を伴う現場やスピード勝負の仕事はたぶん呼ばれてないんだと思います。あとから知る現場や話を聞くと「僕がいたら邪魔だったな」と思う現場もあるので。やっぱり一番下っ端で、まだ社長からは「全然使い物になんねーなお前」って言われますから(笑)。

――夜逃げ屋としては、経験は少ないのかもしれませんが、それでも8年以上働いていてるわけですよね。まだ評価してもらえないんですか?

宮野 そうみたいです(笑)。でも、お子さんがいる現場で、プラモデルをきっかけに仲良くなって「お前を連れて来てよかった」と言われたことはあります。その子供は中学生で、お母さんがDVされていたため一緒に夜逃げするんですけど、やはり不安。戦車のプラモデルが部屋にあったので、その話題をふったら心を開いてくれたんです。その時に初めて社長から褒められました。

あと夜逃げ先にマンガを持っていきたいという依頼者はすごく多くて、8割くらいいるんです。特に小中学生はそういう要望があります。でもほとんどのスタッフはマンガに興味ないので、マンガをきっかけに依頼者とコミュニケーションとれることもあるので、そういう点では役立っているとは思います。

●宮野シンイチ
マンガ家。もともとはマンガ原作者を目指していたが、「夜逃げ屋」で働くことになり、その体験を自身でマンガに。X(旧Twitterr)でマンガ配信を行ない、注目されたことで今年6月に『夜逃げ屋日記』を刊行した。現在はXなどでマンガを配信し続けている。
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