『夜逃げ屋日記』を刊行した宮野さん 『夜逃げ屋日記』を刊行した宮野さん
人生をやり直したい......一度はそう思ったことがある人は少なくないのかもしれない。そんな人の手助けをするのが、「夜逃げ屋」だ。かつて『夜逃げ屋本舗』というドラマがあったが、夜逃げ屋は実在する。エッセイコミック『夜逃げ屋日記』では、そんな彼らと依頼者の現実描いているのだ。

作者の宮野シンイチさんはマンガ原作者を目指していたが、長年、連載に至らず夜逃げ屋に取材することに。今では夜逃げ屋として働きながら、『夜逃げ屋日記』をSNSで連載している。インタビューの前編では、マンガ原作者志望になったきっかけや夜逃げ屋として働くことになった経緯を聞いたが、今回の後編では夜逃げ屋で働いて知ったことやマンガにした反応など伺った。

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――夜逃げ屋をやってみて知った世界はありましたか?

宮野 まず男性のDV被害も少なくないことですね。4話目に登場する村田さんは家族から虐待されていましたけど、奥さんからDVを受けている男性は、奥さんが怒る度に包丁を振り回してくるとか。夜逃げの理由は100人いたら100通りあるんですけど、DVや虐待も、男性ならでは女性ならでは、相手が誰なのかで全然変わるんだと知りました。

村田さんのケースで言うと、夜逃げするのに"過去との距離の取り方"も人それぞれだと感じました。村田さんはクルマで20分の近場に引っ越したんですけど、県内どころか同じ市内というのもよくあるんです。離れるのが逆に恐怖みたいで少しずつ離れる方がいいって人もいれば、一方で楽しかった思い出のある旅先や、好きな小説の舞台とかプラスな環境に身を置く人もいるんです。

――過去の人生とのどう向き合うか、夜逃げ先に表れているんですね。

宮野 これは今後、マンガにする可能性もあるんですけど、夜逃げした人を15人くらい集めて、座談会を年に一度やっているんですよ。そういうところに来ることのできる人もいれば、逆に忘れたい、もう連絡取りたくないって人もいます。新しい人生を送っているのに過去を振り返ることになるのでツラいのもわかります。

僕もその後どうなったのか、気になっている人はいるんですけどね。ただ、こちらから会うことはない、それをやってしまったら夜逃げ屋失格だと思うので。

夜逃げの現場。短い時間で逃げる必要もあり、持っていく荷物は限られることも 夜逃げの現場。短い時間で逃げる必要もあり、持っていく荷物は限られることも
――DVにしろ、ストーカーにしろ、理不尽な恐怖を味わっているわけですからね。

宮野 やっぱり夜逃げをした人って心が傷ついたままの人も多いですから。夜逃げした後で、社長に話を聞いてほしくて電話してくることもよくあります。

――他に夜逃げ屋の仕事をしていて、気が付いたことはありましたか?

宮野 DVや虐待の被害者も加害者もその辺にいる普通の人だということです。なんなら世間的には評価の高い人もいっぱいいる。世間体だけで人を判断しちゃダメだし、世間体が悪くても実はいい人かもしれいない。自分が会った人しか評価してはいけないんだなって考えるようになりました。

――たしかにSNSが普及して、見ず知らずの人を評価する社会が露見しています。

宮野 ネットリンチとかすごいですよね。やっぱりスマホの普及と同時に、ネットで炎上したから夜逃げさせてくださいって依頼も増えてきてる感じはすると社長は言ってました。顔出しでSNSやっている学生さんとか、大丈夫かなど心配になります。。いつどう炎上して不特定多数の人間に攻撃されるかわからないですから、子供にネットリテラシーを学ばせることは大事だと思います。

夜逃げをする人には心に余裕がない人も多い。そのためか家が荒れていることも 夜逃げをする人には心に余裕がない人も多い。そのためか家が荒れていることも
――いつ加害者の標的になるかわかりませんからね。

宮野 ただ話をDVに戻すと、さっきの「自分が会った人しか評価してはいけない」という言葉と矛盾するんですけど、プライベートで仲良くしていた人がDVで離婚していたんですよ。......めちゃくちゃ浮気もしてたし、奥さんに暴力をふるってるなんて夢にも思わなくて......夜逃げ屋の仕事をしているくせにこんな身近な人のことがわかってなかったんだって二重でショックでしたし、悔しかったですね。

――11話~14話では依頼者に絶望する体験もありましたが、人間不信になりそうな経験ですね。

宮野 そうですね......色々あったから疑い深く生きるのは必要なことだなと思うようになりましたね。

――そうした経験も含めて夜逃げ屋での現実をマンガにしているわけですが、人の不幸や闇を描いて世に出していると言えなくもない。そこに意味や必要性はあると思いますか?

宮野 それは最初にすごく考えました。SNS上に公開することで、アンチが出てくると思ったんです。「DV旦那をそのままにしとくのか」とか、「逃げる側にも問題がある」とか言われて炎上するんじゃないかなと。それに人の不幸をエンタメとして消費していることに不快に思う人がいるだろうと......そんなこと言ったら色んな漫画がそうなんですけど。

ただ、ファンタジーを描いていた時から、ずっと読者さんに「マンガを読んで何か感じて欲しい」という気持ちはあって、『夜逃げ屋日記』で描いたことでも、良くも悪くも何か心打つことや、考えるきっかけになるだろうと始めました。

そんな思いで描いているんですけど、一度、「虐待を昔から受けてて、マンガを読んで夜逃げをしたいと思ったんですけど、どこに問い合わせしたらいいですか」と連絡が来たんです。で、その方は社長に繋いで実際に夜逃げしたんですけど、「夜逃げして生活が変わった。本当に宮野さんのマンガに救われた」って言われて、その言葉で僕も救われた。この言葉で頑張って描き続けて行こうと思いました。

子供用のプールも持っての夜逃げ。子連れの夜逃げも少なくない 子供用のプールも持っての夜逃げ。子連れの夜逃げも少なくない
――宮野さんは、本来はマンガ原作者として、ファンタジーなどフィクションを作ろうと思っていたはずですけど、ノンフィクションを描くことに関して戸惑いはなかったんですか?

宮野 ジャンプに憧れて育った子供ってすごい多いですよね。公園で「ゴムゴムの~!」とか子供がやってたら作者としては絶対うれしいですもん。僕も羨望の眼差しをずっと向けていました。そういうヒット作を出したくてファンタジーを描いていたんです。

でも、やっぱり向いてなかったんでしょうね。描けるものと描きたいものは違う。当時はその現実に抗(あらが)いたかった。でも今は『夜逃げ屋日記』を描いてる自分を肯定してるし、描きたいものと描けるものが一致していると思っています。否定的な気持ちはないし、この作品を描けていることが誇りです。

――たまたまテレビで見かけた夜逃げ屋の存在が、宮野さん自身も生まれ変わらせたのかもしれないですね。

宮野 笑われるかもしれないけど、昔からネームを描いてる時に泣くことがあるんですよ。『夜逃げ屋日記』は実際にいた人たちでもあるから、なおさらその人たちの気持ちになってしまって、ポロッと来る。特に依頼者さんの感情が爆発するシーンなんて泣きながら描くこともあります。

それで、読者さんが僕のマンガを読んで「涙が溢れました」って言ってくれるとそれを見てまた泣く。この依頼者さんもちょっとは報われたかもなあって思って。僕、『夜逃げ屋日記』を描き始めて、ずっと泣きっぱなしですね(笑)。

――マンガ家として単行本も出したわけですけど、夜逃げ屋はいつまで続けるのか決めているんですか?

宮野 まず『夜逃げ屋日記』はいくらでも描きたいことはあるので、自分の中で描くことはもうこれ以上ないなって思うまでは描くつもり。それでもし描き終えたとしても、夜逃げ屋とはなんらかの形で関わり続けるんじゃないですかね。社長があと何年やるかもわからないけど、最後まで見届けたいなとは思っています。

それと同時にマンガ家としての僕は、『夜逃げ屋日記』を描いたことで、昔よりも描けることが増えた気がするんですよ。だからこれまでボツになった作品でも、今の自分なら形にできるかもなって。

やっぱり世に出せないのは生みの親としてはキツイ。だから、そのキャラクターたちを形に出来たら幸せだなってずっと思っていて、いつかそれにも挑戦したいとも思います。

●宮野シンイチ
マンガ家。もともとはマンガ原作者を目指していたが、「夜逃げ屋」で働くことになり、その体験を自身でマンガに。X(旧Twitterr)でマンガ配信を行ない、注目されたことで今年6月に『夜逃げ屋日記』を刊行した。現在はXなどでマンガを配信し続けている 
公式X(旧Twitterr)【@Chameleon_0219