9月19日、金融庁はビッグモーターと損保ジャパンへの立ち入り検査を開始した。ビッグモーターによる保険の大規模な水増し請求を、損保ジャパンが黙認していた疑いについて、洗い出し、再発防止に繋げることが目的と見られる。
「年間1万件以上の不正請求を会社ぐるみで続けていたとすれば、保険会社としてはすぐにわかるはずです。ビッグモーターへの保険料支払いの平均額を見れば、全体平均と比べても頭ひとつ高くなっていることは一目瞭然だからです」
そう話すのは、損保ジャパンとは別の損害保険会社に勤めるN氏だ。しかし、不正請求が増えれば懐が痛むのは、保険金を支払う保険会社だ。にもかかわらず、損保ジャパンはなぜ見過ごしたのか。
■保険金支払いを厭(いと)わない損保業界
「それはビッグモーターが代理店として取ってくれる契約が美味しかったからですよ。ビッグモーターを経由して損保ジャパンが得ていた保険料収入は昨年度だけでも約120億円。利益率10%としても、12億円の収益をもたらしてくれていたんです。一方で、ビッグモーターが、同社に対して5万円の不正請求を2万件行っていたとしても10億円。であれば不正に目をつぶってビッグモーターとの付き合いを続けていたほうが得策ということになります」(N氏)
また、保険金支払い額の上昇は、保険会社にとって必ずしも悪いことではないとN氏は付け加える。
「保険金の支払いは、保険会社にとってコストではなく投資なんです。というのは、高額な保険金支払いを受けた人ほど、その後に保険を継続してくれたり、より手厚くて高額なプランに切り替えてくれたりしてくれるケースが多いから。また、保険金支払いが増えて赤字が嵩(かさ)んだとしても、既存顧客の契約更新時に保険料を数%も引き上げれば挽回できる。そのていどの値上げで保険をすぐに乗り換えるという人は少ないものです」(N氏)
■「人手不足」というもう一つの温床
一方、自動車整備の現場からは、不正請求の背景として別の因子を指摘する声も聞こえてくる。
「ビッグモーターの水増し請求に手を染めた背景には、自動車整備業界の人手不足もあります。それが解消されない限り、同様の事件は繰り替えされるでしょう」
そう指摘するのは、中古車販売チェーン大手の整備部門に勤務するA氏だ。長らく自動車整備士は慢性的な人手不足に陥っており、2021年の有効求人倍率は4.65倍となっている。つまり、求人の5分の1ほどしかなり手がいないということになる。さらにA氏が続ける。
「一方で、修理一件にかかる時間は増えている。最近の車は、流線型的なデザインが主流になってきているので、平面的なデザインの車なら1時間で直せる程度のドアの軽微なヘコミも、1日以上かかることも多い。技術的な問題で社内の整備士だけでは直せず、外部の鈑金塗装工場に修理を委託することも増えているが、職人さんの高齢化もあって修繕開始まで数週間待ちということも多い」(A氏)
しかし、それと水増し請求とどういう関係があるというのか。
「そんな時に頭によぎるのが、『もう少し傷が大きければ、ドアごと交換修理になって早くお客にお渡しできたのに』ということ。
例えば、自損事故でドア部分に5センチ四方の傷ができた国産車が保険修理で入庫したとします。そのままの状態で見積もりを立てると、板金や塗装で10万円だとする。しかし、例えばこの傷が横にあと3センチ伸びていると工賃見積もりは15万円になる。だったらドアごと交換したほうが安いよねということになり、板金塗装ではなくドアごとの交換修理ということになる。
そうすれば、お客も修理完了まで長く待たなくて済むし、こちらとしてもほぼ何もしなくても売上になる。取り寄せる部品の金額にも30%前後の利幅を乗せられるので、交換修理のほうが収益率も高くなるんです」(A氏)
自身やその勤務先では、「一線を超えたことはない」と話すA氏だが、保険の不正請求に加担したビッグモーターの現場スタッフの気持ちは理解できると話す。
「ビッグモーターの水増し請求の手口として話題となったドライバーやゴルフボールによる損壊行為について、一般的には『損傷の範囲や程度を大きくする事で、保険適用での修理の範囲を広げ、修理工場の売上向上に繋げていた』と理解されていると思います。
しかし、闇雲に壊していたわけではない。というのも、修理の工数が増えれば工賃収入のアップにつながるのは確かなのですが、結局、稼働量も増えるので収益率はたいして上がらないからです。
ビッグモーターでは、現場に過大な『修理ノルマ』が課せられていたことが、不正の一員と指摘されていますが、限られた人員で大量の修理件数を捌(さば)くために、交換修理扱いにすることを目指して行われた損壊も少なくなかったはず」
今回の大規模不正に繋がる根っこの一端は、想像以上に深いところにあるようだ。
●吉井透
フリーライター。中国で10年、米国で3年活動したのちに帰国。テキストメディア以外にも、テレビやYoutubeチャンネルなど、映像分野のコーディネーターとしても活動中。