振り込め詐欺の被害が止まらない。警察庁によると2022年の特殊詐欺の認知件数は1万7570件と前年比で2割以上増加し、被害額も約371億円と同3割以上の増加となっている。
その裏側ではある変化も起きている。かつて振り込め詐欺は半グレがその主役とみられていたが、暴力団の参入が進んでいるというのだ。そのことは、振り込み詐欺の増加の一因ともなっている一方、被害者救済に光明をもたらしているという。
9月27日、東京の繁華街・六本木のミッドタウンに向かい合う雑居ビルに、警視庁の捜査員が列をなして家宅捜索に入っていった。向かう先は、ビル6階の指定暴力団稲川会の本部だ。令状に記載された事件は昨年10月、傘下組員が練馬区の高齢女性(87)に息子を装って電話をかけ、1千万円をだまし取ったという振り込め詐欺だ。ある社会部記者が語る。
「今回のガサは、既に逮捕されている稲川会の組員(27)らによる振り込め詐欺の裏付け捜査の一環として行われました。組員は受け子を管理していて、このグループによる被害はおととしから今年5月にかけて、およそ1億2千万円にのぼるとみられています。
組員は年齢的に若手で組織内の"座布団"は高くないでしょうが、それでも本部にガサを掛けたのは"仕事をしている"というパフォーマンスの目的もあると思われます」(社会部記者)
■ヤクザのシノギ化する振り込め詐欺
そもそも振り込め詐欺といえば、暴力団の代紋や事務所といったヤクザ独特の脅し要素を必要とせず、電話と手駒さえあれば成り立つ犯罪であることから、組織に属さない半グレの格好のシノギだった。しかし、現在はその傾向が変わりつつある。
「半グレたちがヤクザにゲソをつけない(暴力団組織に入らない)大きな理由として、暴力団の組員になってしまうと堅気を装って表の仕事ができないというものがありました。しかし、関東連合や怒羅権(ドラゴン)のような半グレ組織に対する警察の取り締まりが厳しくなり、表の活動が制約されてきています。『だったら開き直ってヤクザをやる』というのが10年ぐらい前からトレンドとなっています。
もともとヤクザは、振り込め詐欺はケツ持ちとして売り上げの一部をせしめるという程度の関与でしたが、振り込め詐欺をやっていた半グレが暴力団組織に流れてきたことで、前のめりに犯行に関わるようになっています」(前出記者)
警察庁の2022年の統計では、特殊詐欺の検挙者のうち暴力団構成員の占める割合は15.4%。特殊詐欺に限らないすべての刑事事件を対象にした場合の4.4%と比較すると3.5倍に上る。また、受け子等の指示役では34.3%、リクルーターでは46.2%と上位層では格段に高い割合を占め、ヤクザが振り込め詐欺を主導している現状がうかがえる。
「10年前は振り込め詐欺に関わったら、ヤクザの間からでも"人でなし"といった見られ方をしたが、いまはどこの組織でもやっているし、黙認状態で野放しになっているね」(暴力団事情に詳しいA氏)
■組長に6億円超の賠償命令
犯罪のプロであるヤクザの進出によって、振り込め詐欺の巧妙化が懸念されるが、被害者救済につながる側面もあるという。捜査関係者が明かす。
「振り込め詐欺など暴力団から受けた被害の賠償をトップに求める場合、これまでは民法の使用者責任に基づいて請求していましたが、トップと実際に犯行に関わった末端組員との関係性をひもとくのが難しく、立証には大きな障壁が立ちはだかりました。
しかし、18年に暴対法が改正され、加害者が指定暴力団に所属していることなどを原告側が立証すれば、組織の代表者らに対し不法行為への加担がなくても賠償責任を負わせることができるという代表者責任の規定が設けられました。
このため、半グレと違って組織内の序列が明確に整備されている暴力団の場合、組長に対して被害者が訴えを起こし、弁済を求めることが容易になってきました。最近では、住吉会の当時の代表らに対して6億円以上もの賠償を命じる判決が下りています」(捜査関係者)
つまり、楽して儲かる"打ち出の小槌"として暴力団がこぞって参入した振り込め詐欺が、自身の首を絞める要因となりつつあるということだ。逆に言えば、振り込め詐欺にヤクザが関わりだしてきたことで、被害者救済の光が明るみを増してきたともいえる。ただ、それは詐欺グループの摘発・全容解明があってこそ。警察の捜査能力が問われている。
●大木健一
全国紙記者、ネットメディア編集者を経て独立。「事件は1課より2課」が口癖で、経済事件や金融ネタに強い