9月4日、担当者(手前)に反対の署名を手渡す「インボイス制度を考えるフリーランスの会」のメンバー9月4日、担当者(手前)に反対の署名を手渡す「インボイス制度を考えるフリーランスの会」のメンバー

反対意見がくすぶる中、10月1日からスタートした消費税の新しい仕組み「インボイス制度」。今回、この制度の中身をイチからわかりやすく解説。そして会社の経理部から個人事業主までさまざまな現場で発生しているインボイス対応の混乱、その模様をじっくりお伝えしたい!

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■「インボイス制度」とは?

10月1日から、「インボイス制度」が始まったが、「複雑でよくわからん!」との声は多い。この制度をきちんと理解するには「消費税の基本」を押さえておく必要がある。

ざっくりと言えば、消費税はメーカーから卸、卸から小売りへとモノが売り買いされる取引のすべてに課税されるもの。消費税を税務署に納めるのは一般消費者ではなく事業者だ。

税務署に納める税金は、売り上げにかかる消費税から、仕入れにかかる消費税を差し引いて計算する。

例えば、ある事業者が税込1100円で仕入れたモノを、税込2200円で売ったら、売り上げにかかる消費税は200円、仕入れにかかる消費税(10%)は100円。この事業者はその差額となる100円を税務署に納めることになる。この仕組みを、「仕入れ税額控除」と呼ぶ。

ただ、税務署から仕入れ税額控除を受けるには、消費税込みの仕入れ値を取引先に支払ったという証拠がいる。その証拠となるのが、取引先の事業者から受け取る請求書だ。そして今年9月末までは、どんな請求書でも仕入れ税額控除が認められていた。

「しかし、10月1日以降は、国が認めた請求書しか控除が認められなくなりました。その請求書のことを『インボイス』、法令では『適格請求書』と呼びます。

従来の請求書には請求書の受領者の名称、発行者の名称、取引年月日、取引内容などが記載されていましたが、インボイスでは新たに、取引合計額の消費税額と、『T』で始まる13ケタの登録番号を記すことが義務づけられました」(税理士・霞 晴久氏)

登録番号とは、マイナンバーのように国から付与されるものだが、「消費税を納めている課税事業者」しか取得できないのがルールだ。

「年間の売上額が1000万円以下の事業者は『免税事業者』とされ、消費税を納める必要がありません。これは、個人事業主や零細事業者の税負担や事務負担を軽減するために、消費税導入時から設けられている優遇措置で、現在も認められています」(霞氏)

だが、課税事業者からすると、取引先が免税事業者だった場合、インボイスを取得できず、仕入れ税額控除を受けられなくなるため、消費税の負担が増え、利益が減る。

一方の免税事業者は、免税扱いのままでいることもできるが、その場合は取引先によけいな税負担を強いる格好となる。逆に課税事業者になれば、インボイスを発行でき、相手先企業との円滑な取引が可能になるが、これまで免除されていた消費税負担が発生する。

つまり、インボイス制度とは「課税事業者か免税事業者のどちらかに、新たな税負担を迫る制度」(霞氏)というわけだ。

各事業者がインボイスを交付するためには税務署に登録申請をする必要があるが(登録完了後に登録番号が付与される)、国税庁によると今年8月末時点での登録件数は356万件。

そのうち、もともと課税事業者だった法人が登録した件数は265万件で、これは国内の課税事業者の総数(約294万社)の89%を占める。一方、免税事業者が登録した件数は92万件で、全体の2割弱にとどまっている。

■「今ほど経理をやめたいと思ったことはない」

このことを踏まえて10月以降にインボイスを扱う現場ではどんな混乱が起きているかを見ていきたい。今、営業マンを悩ませているのが〝コインパーキング問題〟だ。

外出先で営業車をコインパーキングに駐車する際、精算機でレシートを発行する。10月以降は、領収書やレシートもインボイスとなり、紙面に登録番号が印字されていなければ仕入れ税額控除の対象にならなくなった。そのため「経費で車を駐車する際はインボイス対応のコインパーキングで」と経理部から指示される会社が増えている。

コインパーキングの管理会社も課税事業者か免税事業者に分かれるのだが、管理会社がインボイス登録を済ませていても、コインパーキングの精算機が対応しておらず、登録番号が印字されないということもある。

パーキング事業を営む穴吹ハウジングサービスの担当者がこう話す。

「精算機のレシートの印字をインボイス対応にするためには、機内の部品の取り換えや、古い機種なら精算機自体の入れ替えが必要ですが、機種を入れ替える場合、100万円以上のコストがかかります」

その投資を渋って精算機がインボイス未対応のままになっているケースが多いのだ。

この担当者の話では、「精算方法が紙幣と硬貨しかない機種は、精算機の見た目が古いと感じたらインボイス未対応の可能性が高い」とのことだが、当然、ハズレの恐れもある。

「登録番号入りのレシートがないと、会社の経費として認めてもらえない。なぜ駐車ひとつでこんなリスクを負わないといけないのか......」(前出・営業社員)

一方、都内の電子部品を扱う中小商社の経理部からは、こんな苦労話が聞こえてくる。

「弊社の経理は私ひとり。今夏からインボイス制度の勉強を本格的に開始しました。国税庁の『インボイス制度に関するQ&A』が教科書で、社長からは『全部覚えてね』と言われていますが、163ページもあって大変です」

それと同時に、月に百数十枚にもなるというインボイスの確認作業を強いられる。

「インボイスとインボイスじゃない請求書・領収書に仕分けし、税率ごとの税額に誤りがないかをチェック。面倒くさいのが登録番号で、記載位置がレシートの上とか下とかバラバラだから見つけ出すのも簡単ではありません。

見つけたら国税庁の『インボイス公表サイト』を開き、13ケタの番号を打ち込み、きちんと登録があるか、番号に誤りがないかどうかを確認する作業が必須です。

これを毎月100枚ほど、ひとりで全部処理ですから、今ほど『経理をやめたい』と思ったことはありません」

■免税事業者と課税事業者の力関係

全国に配送網を持つ運送会社の営業所長がこう話す。

「運送会社は免税事業者との取引比率が高い。末端の個人ドライバーとの委託契約のほか、トラックの保有台数が多い場合は営業所の敷地に収まらないので近隣の駐車場を借りる。

その際に賃貸借契約を結ぶ地主の多くも免税事業者です。インボイス制度が始まる前、そのまま免税事業者と契約し続けた場合にどの程度の損失(税負担増)となるかを算出すると、数千万という規模でした」

運送業界は今、ドライバーの労働時間に上限が課される「2024年問題」への対応で、人材確保が急務となっており、人件費増が経営を圧迫している状況にある。

「その渦中で数千万円の〝増税〟は無視できません。当社では『取引先を免税事業者から課税事業者に切り替えろ』との指示が出ました」

この運送会社の場合、営業所ごとに個人ドライバーや地主を説得し、課税事業者に転換してもらうための交渉チームを発足。今年の夏以降、交渉に奔走してきた。

「でも、うまくいっていません。交渉の席で、どんなに遠回しに説明しても、要は『消費税を納めて』『増税負担をのんで』ということだから、相手がうなずくはずもない。

特に難航しているのが駐車場のほうで、運送会社の間では今年に入ってインボイス対応の駐車場の争奪戦が起きていますが、今や空きがない状況です。地主を納得させられなければ、〝増税〟をのむしかないです」

インボイス制度開始以降、課税事業者と免税事業者の取引関係の間で、立場の弱いほうが税負担増を強いられる、という構図が生まれている。

次の事例も、運送会社の話と同じく、免税事業者のほうが立場の強いケースだ。

顧問先にキャバクラ店や性風俗店を数多く抱える税理士法人松本の代表で税理士の松本崇宏氏がこう話す。

「キャバクラやスナック、性風俗店の場合、女性キャストの多くは免税事業者です。税負担の増加を免れたい店側としてはインボイス登録をさせたいところでしょうが、女性側はそれを嫌う。消費税の納税義務が発生することに加え、身バレのリスクが出てくるからです。

インボイス登録をした場合の身バレのパターンはいくつかありますが、(先述の)国税庁の公表サイトで氏名や登録番号を入力すると、その女性の本名が閲覧される可能性がある、というのがそのひとつ。

なので、店側がインボイスの登録を女性キャストに迫ると『インボイス不要の他店に移る』と言われる。こうして店側が〝増税〟をのまざるをえないケースが多いんです」(松本氏)

ほかにも、全国各地にある「道の駅」の一部の農産物売り場では、仕入れ先の農家(免税事業者)がインボイス登録に応じてくれず、農産品の値上げに踏み切る動きが出てきている。

■個人タクシーの運転手が受けた〝圧力〟

個人タクシーも、インボイス制度下で苦境だ。

東京都個人タクシー協同組合に所属する個人タクシーの運転手5472人(8月末時点)は、今年10月の制度開始を前に、ほとんどの運転手が課税事業者(インボイス登録事業者)になった。

その理由について、東京個人タクシー労働組合の執行委員長・秋山芳晴氏がこう明かす。

「運転手が所属する個人タクシーの協同組合が、課税事業者への転換とインボイス登録を強制的に迫ったからです。

具体的には、インボイス登録しないと『電子マネーのキャッシュレス決済機を貸さない』『あんどん(車体の屋根に載せる表示灯)を取り上げる』などと圧力をかけてきました。

ある運転手からは、『インボイス非対応の個人タクシーは羽田空港から締め出す』と組合側から言われたという話も聞いている。

こうした扱いを恐れて多くの個人タクシー運転手が課税事業者になり、組合の要求を拒んだ数少ない運転手は、実際にあんどんを自腹で外さざるをえなくなるといった差別的な対応を受けています」

協同組合が、そうまでして個人タクシーのインボイス化に執着するのは、次のような理由があるためだ。

「個人タクシーの大半は年商1000万円未満の免税事業者で、放置すれば個人タクシーはインボイス非対応との認知が広がる。すると、会社の経費で利用するお客さまを、法人タクシーに奪われてしまうと恐れたんです」(秋山氏)

個人タクシーとは別の業界だが、すでにインボイスを口実に免税事業者である個人事業主が取引先企業から契約を打ち切られるケースもあるようだ。税理士の神田知宜氏がこう明かす。

「制度開始後、多くの免税事業者から相談を受けていますが、最も印象に残っているのが、建設業界で働く個人事業主から私のSNSに届いた、こんなメッセージでした。

『元請けの会社に免税事業者を続ける趣旨の話をしたところ、「今までどおりでいいよ」と言いながら、そこの仕事、見事にゼロになりました』。

独占禁止法(優越的地位の濫用)にも抵触しかねないこうした事案は、水面下で横行していると思われます」

■広がりを見せる〝インボイス値上げ〟

取引先の免税事業者が税負担を引き受けないなら、「消費者に転嫁を」とばかりに、ジワリと広がりを見せているのが〝インボイス値上げ〟だ。来春、値上がりする見込みなのが電気代である。

「電力会社は一般家庭の太陽光パネルなどで発電された電気を買い取っていますが、一般家庭は免税事業者に当たるため、制度の開始以降は仕入れ税額控除ができなくなりました。

経済産業省はそれによって発生する消費税の納税額を年58億円と算出、同省はその税負担を電気料金に転嫁する方針で、値上げ額は月に1~2円程度になる見込みです」

前出の松本氏はこう話す。

「当社の顧問先のキャバクラや風俗店でも、一部でサービス料を値上げする動きがあります。中でも、性風俗店では1000円以上を値上げするケースも出てきている。

仕入れ税額控除ができなくなることによる新たな税負担額を考慮すると、1000円の値上げは割高な設定なのですが、支払い時に小銭が発生することを避ける業界なので......」

■偽造インボイスが日本で横行する?

税理士の佐伯和雅氏が今後〝事件化〟する恐れがあると懸念するのが偽造インボイスだ。
 
現在、国税庁の公表サイトを使えば、インボイス登録事業者の登録番号、社名、所在地を把握できる。つまり、課税事業者のインボイスをいくらでも偽造することが可能になっているのだ。

「ずいぶん前からインボイス制度がある欧州では、偽造インボイスが裏で売買される事例が確認されています。

例えば、ある者が複数の事業者のインボイスを大量に偽造し、1枚500円程度で売る。これを購入した事業者は、その偽造インボイスを仕入れ税額控除に使い、消費税の納税額を減らす。こうした犯罪が日本でも横行する恐れがあります」(佐伯氏)

別のある税理士は、「日本は実調率が低く、偽造インボイスが横行するリスクが高い」と言う。

「実調率とはすべての納税者に対する税務調査件数の割合を示すもので、日本では所得税だけで見ても1~3%程度。これは税務署のマンパワーが圧倒的に足りていないことが原因です。

来年の2~3月には所得税に加え膨大な量の消費税の申告も重なるので、さらに人手が足りなくなり、監視が甘くなる。その状況で偽造インボイスをどう防ぐか? 解決策は何も示されていません」