若者の間で「OD遊び」という名の薬物汚染が広がっている新宿歌舞伎町のトー横。その一方では抗生物質の乱用も広がっていた若者の間で「OD遊び」という名の薬物汚染が広がっている新宿歌舞伎町のトー横。その一方では抗生物質の乱用も広がっていた
日本の若者たちの間でいま、多幸感や酩酊感を得るための向精神薬やせきどめ市販薬の濫用、いわゆる「OD(オーバードーズ)」が問題となっている。そして、薬物汚染の中心地の一つとして度々報じられてきたのが、新宿歌舞伎町の「トー横界隈」だ。しかしこの街では、ODとはまた別種の薬物乱用が現在、広がっているという。

「最初はODで使われる市販薬や睡眠薬を売っていたのですが、今は抗生物質が儲けの柱ですね」

そう話すのは、「ヤミ薬局」を自称する30代男性のX氏だ。彼は会社員のかたわら、SNS
を介して医薬品を販売することで副収入を得ている。彼は医師でも薬剤師でもないため、こうした行為は完全に違法ではあるが、都心であれば注文者の希望する場所で手渡しするサービスが受け、毎月の売り上げは30万円以上にのぼる。そこから医薬品の仕入れ原価を引くと6割程度が利益として彼の手元に残るという。

そんな彼が歌舞伎町周辺に届ける"商品"のうち、半数近くを占めるのが抗生物質だという。その理由についてX氏が明かす。

「購入者のほとんどは、交縁女子やパパ活をしている二十歳前後の子たち。彼女たちの職業病と言ってもいいクラミジアの治療に使われるアジスロマイシンという抗生物質はリピーターが多く、数ヶ月おきに注文してくれるお得意さんもいる」(X氏)

フリーの売春婦たちが街頭に立つ大久保公園周辺。こうした性の個人間取引も、近年の性感染症の増加の一因として指摘されているフリーの売春婦たちが街頭に立つ大久保公園周辺。こうした性の個人間取引も、近年の性感染症の増加の一因として指摘されている

しかしなぜ彼女たちは、正規の医療機関ではなく、ヤミ薬局を頼るのか。

「通常、抗生物質は医師の診察を受けて処方箋を出してもらわなければ入手できませんが、親と同居している場合、保険証を使うと年に一回受診履歴が家に送られるので親バレしてしまう。保険証を使わずに受診する方法もありますが、診察料や検査費用を含めると、ヤミ薬局から買った方が安いので。海外の医薬品個人輸入サイトから購入するという方法もありますが、国際郵便だから時間もかかるしコンビニ受け取りなどはできないので、やはり親バレのリスクがあります」(X氏)X(旧Twitter)には、医師の診察と処方が必要なはずの医薬品の販売を持ちかける投稿も目に付く。X(旧Twitter)には、医師の診察と処方が必要なはずの医薬品の販売を持ちかける投稿も目に付く。

そんな彼女たちに代わり、海外の個人輸入サイトから医薬品を仕入れて在庫として用意し、注文者に販売するというのが彼のビジネスモデルだ。抗生物質以外にも、モーニングアフターピルを含む経口避妊薬も、春を売る女性たちから需要が高いという。

「そのほか、経口中絶薬を仕入れてくれという依頼を受けることもありますが、さすがにヤバいのでそこには手を出してません」(X氏)

ちなみに、日本への持ち込み自体が禁止されているものを除き、自己使用目的に医薬品を個人輸入すること自体は基本的には違法ではない。ところが、それを他人に譲渡や販売することは、薬機法違反となる。

また、不正に流通する抗生物質で健康被害を受けたと証言するのは、ホストクラブに勤める20代の男性、N氏だ。

「ある日、尿道に痛みを感じるようになり、心当たりのある女の子を問い詰めたら、『これ飲んだらなんでも治るから』と言われ、複数の種類の錠剤をもらったんです。その場で酒で一気に流し込んだんですが、その後、1週間後くらいに身体中に発疹が現れ、高熱も出た。病院に行ったところ『薬疹』と診断され治療を受けましたが、3日間ほどは発心がおさまらなかった。こんなことなら最初から病院に行っておけばよかったと後悔しました」(N氏)

それどころか抗生物質の自己投薬は、当事者だけでなく社会全体に不利益を生じさせる危険性もある。年間1500人の下半身を診察するヴェアリークリニック院長の井上裕章氏が警告する。

「前提としてそれぞれの抗生物質には、効く菌と効かない菌があるため、投薬の前には検査や診断が必須です。さらに診断にしたがい、適切な抗生物質を適切な量と期間、方法で投与する必要がある。しかしこれらが守られない場合、意味がないどころか、その抗生物質に対して効かない菌、いわゆる耐性菌を生み出してしまいます。

そしてこれが他人に拡散していく形で、治療困難な感染症が日本中あるいは世界に蔓延してしまうリスクがあります。すでに、代表的な性感染症であるクラミジアや淋病、梅毒では、それぞれ耐性菌が増えていて世界的な問題になっています」(井上氏)

ODだけではなく抗生物質の濫用も、若者に広がる薬物汚染問題のひとつとして、注視が必要だ。

●吉井透
フリーライター。中国で10年、米国で3年活動したのちに帰国。テキストメディア以外にも、テレビやYoutubeチャンネルなど、映像分野のコーディネーターとしても活動中。