明知真理子あけち・まりこ
洋楽ロック雑誌出身のエディトリアルライター。ビジネスからカルチャーまで幅広く取材・執筆に携わる。旅と本とルチャリブレ好き。バイクのスタントもこなす。
X(旧Twitter)【@marippejapan】
日本の食卓に危機が訪れている。特に『魚食』は海に囲まれた日本ならではの文化だが、水産物の消費量は年々減少。水産庁は11月3~7日を「いいさかなの日」に制定し、さかなクンをアンバサダーに消費拡大に取り組んでいる。そのさかなクンが魚を仕入れる際、絶大な信頼を寄せる人物がいる――。
それが"フィッシュロック"バンド『漁港』のヴォーカルであり、浦安の魚屋『泉銀』の三代目店主・森田釣竿(もりた・つりざお)氏だ。
そこで「いいさかなの日」に合わせ、森田氏に取材を敢行。魚屋らしい威勢のよさに、パンクロック魂が融合した独特の語り口で、日本の魚食文化への愛を語ってもらった。
* * *
――森田さんが感じる、日本の食卓の変化は何でしょうか?
森田 結局、世の中が人任せになっちゃって、自分で何もできない人がすごく増えちゃった。食べることもそう。みんな時間がなさすぎて、ゆっくり食と向き合う時間さえ削がれている。
――『泉銀』のある浦安でも変化が?
森田 浦安ってもともと漁師町で、うちの爺さんも漁師だし、海と密接に暮らしてきた。でも、俺が小学校低学年の頃から町の様子が変わってきて、まず近所にファストフード店ができた。でっかい『M』の看板、何だあれは! フライドチキンが売っている、あの白髪の爺さんは一体何者なんだ!?と。
じわじわとコンビニもできて、自分で握っていたはずのおにぎりまで売っている。その新しさに、今までもっと美味しいモノを食べていたはずの大人たちが飛びついちゃった。そうなると漁師町といえども、やっぱり変わっちゃいますよね。
――その漁師町で「魚さばけ! コノヤロー!!!」と発信するのは、自分でやることの大切さを?
森田 俺は10代の頃から聞いている、パンクロックにすごく感謝してるんだけど、そこから教わった言葉で「DIY」っていうのがあって、「人に任せるんじゃなくて、自分でやる」という意味。
いわゆるレベルミュージックの精神って、誰でも自分に革命を起こせるわけですよ! 自宅で魚と向き合うことも、ひとつの革命だと思うんです。
感謝して命をいただこうって時、牛や豚だと非現実的だけど、魚は一尾(いちび)持って帰って見つめ合えますからね。自分でさばくとケガもするし、動かなくても人間のことを攻撃してくるわけですよ。そういう魚のことを思うとね......、すごいなと!
――魚を自分でさばくことで、食と向き合える。
森田 さばいた時、胃袋からいろんな魚が出てくると「海って弱肉強食の世界だな」と気づく。それを今度は自分が食べて、明日へと命をつなぐわけです。魚には、命をいただくリアリティが詰まってるんですよ。
みんな忙しくて時間がないから、米を炊いて鰹節(かつおぶし)を削って......なんて時間はないかもしれない。そういうふうに、人に任せないといけない世の中に変わっちゃったって、やっぱり国にも問題があるのかなと。
――魚を食べることの魅力は何でしょう?
森田 ずばり、ハードルが高いということですかね。小骨が多いとか、食べるのが難しいのが面白い。箸で取ればいいだけの問題じゃない? それが面白さでもあるんだから。箸使いも上達するし、集中することで頭もスッキリする。余すことなくいただけば、魚は喜ぶ。
俺ね、別に神様とか不思議な力とか信じてないけど、死んでいても魚は喜ぶと思う。もし俺が魚だったら、きれいに食べてもらいたいもんね。
――確かにきれいに食べることは、マナーとしても当たり前ですね。
森田 そう、当たり前のことですよ。子供の頃、親から「テメェ、残すなコノヤロー!」って"食べ物のバチ"の怖さを教えられましたけど、確かに肉食に偏ると、病気につながったり、廃棄が当たり前の世の中にやってくる、食糧危機に陥ったりとかね。バチっていうか、問題は出てきてますよね。今、水産業界も大変な時ですよ。
――テレビでも、秋の風物詩・サンマが不漁だとしきりに流れます。
森田 天然の魚が少し並んでるだけでも、幸せなことじゃねえかなって。旬の魚はサンマだけじゃない。江戸前のカマスなんて今(取材時、9月下旬)、むちゃくちゃ美味いし、そこにある魚が旬なんだから、その命をありがたくいただかないと、生き物として恥ずかしい。
鰻(うなぎ)だって、夏に売れないから平賀源内が「丑の日」を作ったって話もあるし、そんな200年も前の話がまだ続いているんですよ。
"そういうもの"って鵜呑みにするんじゃなく、自分の足と味覚で情報を集めて、上書きしてってもいいんじゃないのかな。各土地には、旬で手ごろで美味しい魚がいっぱいあるからね。
――食べ物の廃棄も問題で、『SDGs』という言葉で社会を見直す動きもあります。
森田 海に関して「SDGs、どうですか?」ってよく聞かれるけど、何がSDGsだと(笑)。普通に生きている人間なら、前々からとっくにやってるって。
だって、魚って捨てる所がほとんどないんだよ。わざわざSDGsってしなくても、普段の生活からできることはある。こんな基本を言わなきゃならないなんて、世界はどこまで幼稚になっちゃったんだよ!
俺、ゼリー飲料の宣伝を初めて見た時、日本は終わったなと思いましたよ。噛むことさえもままならないのかと。せっかく歯があるんだから、しっかり噛もうよ!!(笑)。
――『泉銀』には全国から珍しい魚も届きます。
森田 浦安って県外から引っ越してくる人も多いんですよ。うちのお客さんもそう。9割のかたが県外の人だよ。日本は海洋国家だし、実はほとんどの人が「なんとなく浜育ち」なんです。
そういう人が量販店で魚を見ると、なんとなく寂しくなると。自分の故郷だったら、今頃あの魚が出てきてるなーって。魚って故郷と会える、ありがたい存在なんですよ。
――そんなお客さんの「さばきました」「こう料理しました」を、森田さんはSNSで拡散しています。
森田 これもひとつの革命で、「令和ならではの新しい日本の食文化」ってのを再構築してもいいんじゃねえのかなって。さらに、個人商店のこんな魚屋でも新しい魚食文化を発信できるっていう、ローカル発信の強さも示したい。
もちろん、俺だけじゃ無理なんですよ。バンドのメンバーじゃないけど1人、2人と増え、オーケストラ規模になり、見にくるお客さんも増えて......というのが同時多発でいろんな地域で勃発していけば、変わっていくんじゃないかな。
だから俺は、消費者を客だと思ってない。「魚食は面白い!」と一緒に発信してく同志であり仲間。ハッキリ言って"鮮友"ですよ。
――「自分でさばいて食う」というコンセプトは変えないのですか?
森田 そこはブレない。ほら、人の言うことを聞いちゃったからこういう社会になったと思ってるから、言うこと聞かないほうがいいよね(笑)。
魚をさばいて、余すところなくしっかり頂く。それが礼儀っていうか、食べる者の心構え。「魚を食べることって、こんなに大変なの!?」って、自分でさばくと根本から変わる。
魚を捕るなんて、もっと大変ですよ。以前、さかなクンの招待で館山の漁船に乗せてもらったんですが、全身が鱗(ウロコ)まみれになるし、手足にトゲは刺さるし、めちゃくちゃ寒し、本当に大変。頭では分かってたけど、体験してみないと分からなかった。漁師さんは大尊敬するヒーローです。
魚をさばくのも同じ。その大変さが分かれば、回転寿司で流れてくる魚を見ても、海や魚、現場に携わる人に思いを馳せられる人間になれますよ。
――最後に、さばきやすい魚を教えてください。
森田 強い言いかたになっちゃうけど、自分で選ぼうよ。鮮魚売り場をゆっくり見たら、「あっ!」と思う魚が必ずいるんですよ。一目惚れみたいに目が合っちゃう魚が。
魚をさばくことって、5枚おろしのヒラメだろうが大名おろしのイワシだろうが、何でも大変ですよ。五感の全てを使うから、初めてやる時は異常に疲れるし、お金も使う。そうすると、みんな元を取ろうと一生懸命にやるから、なんとなく綺麗にできるんですよ(笑)。
――自分の直感で選んだ魚なら意外とうまくいく?
森田 意外とさばけちゃう。実際、うちに初めて来た大学生にさばきやすい魚を聞かれて、たまたまハンマーヘッドシャークが入荷してたから「これしかないでしょ!」って(笑)。
そしたら時間はかかったけど、さばけたみたいなんですよ。そんなハードルを乗り越えちゃえば、あとは幸せな魚食生活しかありません。
若い頃って、危険なライブハウスにも行っちゃうじゃないですか。大丈夫かな、怖いかなって思っても、行くとどうにかなる。魚も一緒です。自分でやれる範囲のモノは、たぶん本能で選ぶから。「これだったらいける!」と思えたらできるんですよ。
――本能を取り戻せ、と!
森田 そう、人任せにしていた本能を、自分に取り戻すような買いかたっていうかね。やっぱり一尾一尾が生き物だから、魚と向き合うって、すごくいい時間だと思いますよ。信じられないほど無心になれますからね。
食べるってね、本当にすごいことですよ。だからこそ「魚さばけ! コノヤロー!!!」ですよ。
●森田釣竿(もりた・つりざお)
父親は魚屋、父方の祖父は漁師、母方の祖父も魚屋と生粋の漁業一家に生まれる。母方の祖父・泉澤銀蔵の名前から取った、千葉県浦安市で続く鮮魚店『泉銀』の三代目店主。「日本の食文化を魚に戻し鯛!」を合言葉に、世界で唯一のフィッシュロックバンド『漁港』のヴォーカルとしても活動。枕崎鰹節大使、水産庁お魚かたりべの肩書を持つ。
通販での魚の購入は鮮魚『泉銀』公式サイトより。
『漁港』の活動詳細は公式サイトにて。
公式X(旧Twitter)【@tsurizaomorita/】
公式Instagram【@tsurizaomorita3710/】
公式YouTubeチャンネル『森田釣竿の「魚食え!コノヤロー!!!」』
洋楽ロック雑誌出身のエディトリアルライター。ビジネスからカルチャーまで幅広く取材・執筆に携わる。旅と本とルチャリブレ好き。バイクのスタントもこなす。
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