秋頃から流行が始まったインフルエンザ。しかし、医療機関や薬局では今、「薬不足」が深刻な問題になっている。しかも感染がさらに広がる冬にはますます不足が加速するようだ。果たして、解決策はあるのか? 医療関係者に聞きまくった!
■せき止め薬と痰切り薬が足りない!
例年、1、2月に流行するインフルエンザだが、今年は9月末から感染者数が急増、季節外れの流行が全国各地で発生している。
医療ジャーナリストの村上和巳氏がこう話す。
「コロナ禍で感染症対策が徹底された影響で、この3年間、インフル流行は最小限に抑えられた結果、社会全体として免疫力が失われていました。そこに今年5月の新型コロナの5類移行によって入国者数が急増し、日本各地にウイルスが流入しました。この流れを踏まえると、インフルエンザの早期流行は必然といえます」
だが、今薬局に"薬がない"。ナビタスクリニック立川の久住(くすみ)英二医師によると、インフル患者に処方する風邪薬は品薄で、特に「鎮咳(ちんがい)剤(せき止め薬)と去痰(きょたん)薬(痰切り薬)が欠品する状況が続いている」という。
「近隣の薬局から、『メジコン』『アスベリン』『アストミン』『フスコデ』『レスプレン』など、医療機関で扱うほぼ全種のせき止め薬が調達できず、入荷のめどもナシとの連絡が最近入ったばかり。
薬が欠品している場合は代替薬を用いますが、せき止め薬に関しては『コデインリン酸塩』という医療用の麻薬しか在庫がない状況です」
都内の調剤薬局に勤める薬剤師の女性もこう話す。
「卸会社から頻繁に限定出荷や出荷停止の連絡が入ります。せき止め薬、去痰薬の多くが欠品しているのは近隣のどの薬局も同じなので、ほかの薬局に患者さんを紹介することもできません。『ゴホゴホ、ゼエゼエ』と苦しむ患者さんを前に、『在庫がないため調剤できません』と謝ることしかできないのが心苦しい」
久住氏がこう続ける。
「インフルエンザが重症化すれば、肺炎を併発します。そのときに用いるのが抗菌薬ですが、今やこれも入手困難。今後、冬にインフルエンザの流行のピークを迎えたとき、肺炎の治療に必要な抗菌薬がない、という事態にならないかと不安になります」
日本製薬団体連合会によると、厚生労働省が製造・販売を承認したすべての医薬品のうち、約23%に当たる4058品目が「供給停止」か「限定出荷」の状況にある(9月末時点)。せき止め薬や去痰薬、抗菌薬以外にも血圧を下げる降圧薬や向精神薬など、供給不安に陥る薬品は多岐にわたる。
神奈川県立保健福祉大学院の坂巻弘之教授は、「現在、米国でも出荷調整する製品はあるが、年間で数十品目程度。何千品目にも及ぶ日本の供給不安は国際的にも異常な状況」と話す。
医療の根幹を揺るがす薬不足はなぜ起きたか――。
■業界に衝撃を与えた沢井製薬の不正発覚
今、製薬会社が出荷停止か限定出荷の措置を取っている医薬品のうち、約73%は後発薬(ジェネリック薬)だ。
「製薬会社が新薬(先発薬)の特許期間(およそ20~25年間)を終えると、ほかの製薬会社もその薬と同じ有効成分を使った医薬品を製造・販売できるようになる。これが後発薬です。研究開発費がかからない分、後発薬の薬価は低く、先発薬の半額程度というのが一般的です」(前出・村上氏)
後発薬の市場シェアは先発薬を大きく上回り、全体の80%超を占めるが、「後発薬メーカーの数々の製造不正が薬不足の諸悪の根源」(前出・坂巻教授)だという。
きっかけは3年前、2020年12月に発覚した後発薬メーカー・小林化工(福井)の不正だった。水虫などの皮膚病用の飲み薬に睡眠導入剤を混入した影響で、服用した小児が「気が狂ったように頭を壁に打ち付けたりしている」(同事件・調査結果報告書に記載)など、240人以上に健康被害が発生、うち2人が死亡した。
ブログ『チクチクのお薬手帳』で製薬業界の内情を発信する先発薬メーカーのMR(営業担当者)がこう話す。
「小林化工の事件では、その後の調査で『国が承認していない工程での製造』『虚偽の製造記録の作成』『行政検査時に虚偽の報告』といった数々の不正と、それらを長年にわたり組織的に隠蔽(いんぺい)した実態が判明しました。製薬業界史の中でも最大級に悪質性の高い事件となり、福井県は過去最長となる116日の業務停止命令を下しました」
不正を監視する立場にありながら、長年、同社の違反行為を発見できなかった行政側の課題は、製薬会社への査察を実施する際、当該企業に事前に通告してから行なう、あるいは製薬会社からの申請に基づいて査察を行なうという"生ぬるさ"があり、書類の偽造や不正の隠蔽を許す格好になっていた点にある。
そこで、小林化工の問題が発覚して以降、厚労省は通告ナシの"抜き打ち査察"を徹底するよう都道府県に指示。
その結果、全国各地の後発薬メーカーで続々と製造不正が発覚し、21年から現在までに十数社が業務停止などの行政処分を受けた。その中でも薬品供給に急ブレーキをかけたのが、後発薬大手・日医工(富山)の不正だった。
「日医工の場合、製造過程における廃棄ロスを防ぐために、品質試験で不適合となった錠剤を砕いて再加工するという違法な"リサイクル処理"を行なっていた上、再加工する品を『逸脱会議』と称される社内会議で絞り込むなど、組織ぐるみの不正が約10年前から常態化していました」(前出・先発薬メーカーMR)
前出の村上氏がこう続ける。
「弱小メーカーが多数を占める後発薬業界で、日本トップの製造能力を有していたのが日医工です。不正が発覚し、処分を受けたのは全国に6工場あるうちの1工場のみでしたが、その後、多額の債務超過に陥り、今年7月には経営再建のために計258品目の販売を中止すると発表。処分を受けた工場は、いまだフル稼働しておらず、薬不足が急速に進む形となりました」
では、今後はどうなるか? 大手医薬品卸の営業社員は、沈んだ声でこうつぶやいた。
「"沢井さん"に何かあったら終わりです」
沢井とは、業界最大手の後発薬メーカー・沢井製薬(大阪)のことで、10月23日、胃薬の品質試験で不正があったと発表した。不正は15年から約8年にわたり続いていた。
村上氏がこう話す。
「後発薬業界を引っ張る同社が業務停止となれば、薬不足は危機的な状況となる。現在、問題が発覚した九州工場を管轄する福岡県などが不正の内容を精査していますが、おそらく結論が出るのは、インフル流行のハイシーズンとなる今年の年末頃。そのとき、どんな処分が下されるか......」
今、医療関係者と薬剤師は戦々恐々としたまなざしでその動向を注視している。
■不足中の後発薬は「ぜんぶ赤字品目」
それにしても、後発薬メーカーで、こうも立て続けに不正が発覚するのはなぜか。
先発薬メーカーの社員で品質管理を担当しているS氏がこう話す。
「処分を受けた後発薬メーカーの多くに共通する問題は、慢性的な人員不足です。水虫薬に睡眠導入剤を混入した小林化工の製造現場でも、本来ならふたりで行なうべき薬剤の取り出し作業をひとりで行ない、ダブルチェックが機能していませんでした。
実は私も、3年ほど前まで、ある大手後発薬メーカーに勤務していました。工場は24時間フル稼働ながら、従業員は2交代制。残業が法律の上限(月45時間)を大幅に超える80時間近くに及ぶことも少なくありませんでした。大手メーカーでさえ、十分な人員をそろえるほどの資金的な余裕がなかったということです」
後発薬メーカーの財力が乏しいのは、薬価が低いことが大きな要因という。
村上氏がこう解説する。
「医薬品は、国が定める全国均一の公定価格(薬価)が定められていますが、現行の制度では、後発薬を含め薬全体が薬価改定のたびに価格を引き下げられる仕組みです。
例えばせき止め薬は、同一成分でも異なるメーカーから複数種の後発薬が販売されていますが、効能も変わらず、差別化要素が価格しかないため、卸会社は薬価よりも低い値段で医療機関に売り込もうとします」
こうして後発薬の値下げ競争は熾烈(しれつ)になり、実勢価格はどんどん下がる。
「国が定める薬価はその実勢価格を基に設定されるため、薬価改定を経るごとに値下げされてしまいます。しかも、2年に一度実施されていた薬価改定が、18年度以降は毎年実施される仕組みとなり、価格引き下げの速度が加速しました」(村上氏)
薬価が下がれば、必然的に原価率は上がる。これにより、「今や後発薬の3割超が赤字品目」(村上氏)。このいびつな状況が、後発薬メーカーの財務体質を悪化させる要因になっている。
ちなみに、「今、薬局で不足している薬の多くも赤字品目です」と、前出の大手医薬品卸の営業社員は言う。
「せき止め薬『アストミン』『メジコン』『フスコデ』は1錠5.7円、去痰薬の『アスベリン』は9.8円......いずれも国が定める最低薬価の水準で、売れば売るほど赤字になります」
実は、薬の供給不安がいっこうに解消されない理由も、この「低すぎる薬価」にある。
「行政処分を受けたメーカーの薬の供給量が減少した分、処分を受けてないメーカーに注文が殺到する状況にありますが、メーカー側は増産には及び腰。それは、『赤字品目をこれ以上増やしたくない』という本音があるからです。だから不足する薬の供給を、後発薬業界全体でカバーし合うという機能が働かない」
■風邪薬を保険適用外にするという荒療治
後発薬メーカーの不正や人員不足、そしてメーカー各社の儲けをすり減らす薬価制度など、複数の要因が絡み合って薬不足は起きていた。果たしてこの問題に、解決の道筋はあるのだろうか。
前出の先発薬メーカーの品質管理担当S氏がこう話す。
「日本の法制度では、国からお墨付きを得た製造承認書どおりに薬を作らなければなりません。承認書の記載事項はこの10年で見ても倍ほどに増え、それこそ薬を製造する際の温度から原薬を混ぜる手順や試験手順まで一言一句、承認書どおりに製造する必要があります。
そこから少しでも逸脱しようものなら『不正』と認定され、行政処分の対象に......。小林化工や日医工の不正は悪質でしたが、ほかのケースでは、製法上の軽微な齟齬(そご)が指摘され、業務停止処分を受けたメーカーもある。
その厳格な基準でいくと、抜き打ち査察で処分を受けるメーカーが今後も増えてしまうのでは?と思うことがあります」
前出の坂巻教授が続ける。
「欧米諸国では、製薬会社への査察によって問題が発覚しても、健康への影響を評価して、人体へのリスクが低いようなら業務停止にせず、出荷継続を許可する仕組みもある。当然、査察は厳格に行なうべきものですが、それと同時に、日本も安定供給を維持するための仕組み作りを考えていく必要があります」
より根本的な解決策として、後発薬メーカーの財力を底上げすべく、「薬価を引き上げるべき」との声も現場から数多く聞こえてきたが......。
「国民医療費の増大が国の財政を圧迫する今、後発薬の薬価を上げれば当然、医科(医師)の診療報酬の引き下げが検討されることになります。自民党政権との関係も深い日本医師会の猛反発を受けることが目に見えているので、それは無理筋でしょう」(村上氏)
だがその代案ともなる、こんな方策が政府や財務省界隈(かいわい)の水面下で議論されている。
「せき止め薬や去痰薬、解熱鎮痛剤のように、ドラッグストアなどで販売される市販薬と同じ効果がある代替可能な医薬品については、医療保険の対象から除外するという案です。こうすれば患者の負担が増すので薬の需要は抑えられ、供給不安が解消される。
後発薬メーカーにとっては、公定価格の縛りがなくなるので赤字品目の解消にもつながる。さらに国からすれば医療費を抑えられ、まさに"一石三鳥"というわけです」(医療関係者)
長期化する薬不足問題を受け、今後、風邪薬の"保険外し案"の検討は前のめりになることも予想されている。
ちなみにこの案、「実現すれば風邪症状の患者の間で市販薬を買いに行く流れが加速し、病院の患者数が減るため、やはり日本医師会が徹底的に抵抗している」(村上氏)のだが、それは同時に薬代の全額負担という形で国民にのしかかってくる問題でもある。
その覚悟はあるか? 薬不足が深刻化すればするほど、その問いは現実味を帯びてくるということかもしれない。