2023年8月に沖縄県糸満市のガマの中から収集された戦没者の遺骨の一部 2023年8月に沖縄県糸満市のガマの中から収集された戦没者の遺骨の一部
近年、ミクロネシア連邦の海底に眠る旧日本兵のものとみられる遺骨の画像や映像が世界中に拡散し、遺族らに衝撃を与えている。サンゴ礁が広がる海を目当てにやってくる海外のダイバーらによって撮影された、遺骨を含む写真や動画がSNSにアップされ、"バズる"ケースが多発しているのだ。

厚労省は、こうした事例が相次いでいることについて「遺骨の尊厳が損なわれる」として問題視する構えを示したが、これまで遺骨収集に積極的に取り組んでこなかった国の姿勢に疑問を投げかける声も上がっている。 

■遺骨収集にようやく本腰も課題山積

「国の責務としてご遺骨の収集を集中的に実施し、一日も早くふるさとにお迎えできるよう全力を尽くす」

8月15日。日本が78回目の「終戦の日」を迎えたこの日、岸田文雄首相は政府主催の全国戦没者追悼式での式辞でこう述べた。

式典には毎年、その時々の首相が出席する。戦後もかつての戦地に眠ったままの旧日本兵ら戦没者の遺骨の収集事業については、前任の菅義偉、安倍晋三両氏も言及している。しかし今年の式辞にはそれまでの式辞にはない、ある重要な一節が入っていた。

それが、「集中的に」という部分である。

「首相の式辞の表現が変化したのは、6月の通常国会で成立したある改正法の存在が背景にあります。それが『改正戦没者遺骨収集推進法』。2016年に超党派の議員立法で成立した『戦没者遺骨収集推進法』が大元の法律で、改正法では『国の責務』と位置づけた遺骨の収集事業の集中実施期間を2029年度までに延長しました。岸田首相は、式辞でその点を踏まえて遺骨収集事業に取り組む政府の姿勢を示した形です」(全国紙の厚労省担当記者)

政府は、遺骨収集事業に関する改正法の成立を受け、事業についての新たな「基本計画」を閣議決定。ここには、国内外の埋葬地約3300カ所で現地調査を実施する方針が示されている。ただ、厚生労働省の試算では、先の大戦で海外で命を落とした戦没者は約240万人に達し、いまだ故郷への帰還を果たせていない未回収の遺骨は112万柱にのぼるともされ、事業の完遂に向けた課題も山積している。

「特に手つかずになっているケースが多いのが、戦時に海の上で命を落とし、艦船などと共に海に沈んでしまった『海没遺骨』です。厚労省の試算では、いまだに30万柱が収容されずに海に眠ったままになっています。かつて『トラック諸島』と呼ばれた、太平洋上の離島である『ミクロネシア連邦チューク州』には、とりわけ多くの海底遺骨が残されている。戦争時の米軍の大規模空襲で艦船とともに海底に沈みました」(同前)

■未回収の戦没者遺骨は国内にも

こうした戦没者遺骨の問題は、先の大戦で戦場となった各地で放置されたままとなっているが、国内でもそうした戦争の「負の遺産」をとどめる場所がある。太平洋戦争末期に「県民の4人に1人が命を落とした」といわれるほどの苛烈な地上戦が繰り広げられた沖縄である。

沖縄といえば、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を巡り、埋め立て予定地の海底にある軟弱地盤の工事に関する設計変更申請を県が不承認した問題で、国が県を相手取った代執行訴訟を提起している。沖縄でくすぶる戦没者遺骨の問題は、この「辺野古問題」とも連動したものでもある。

「普天間飛行場の辺野古移設工事では、2022年度末時点で、埋め立ての進捗率は事業全体の14%にとどまっています。ただ、政府は工事推進の立場を堅持しており、今後事業は加速度的に進んでいく見込みです。防衛省は、埋め立てに必要な土量を『2020万立方メートル』と試算しており、今後は土砂の調達先をどうするかが焦点となっていくと思われます」

こう明かすのは、沖縄の地元紙「琉球新報」東京支社報道グループの斎藤学部長だ。

防衛省は、2013年に示した当初計画で土砂を、鹿児島県の奄美大島や香川県の小豆島など県外からも調達するとしていたが、沖縄県が外来種の混入を規制する条例を施行してからは、土砂を県内でまかなう方針に転換していた。

1952年にサンフランシスコ講和条約が発効して以降、毎年続けられている遺骨収集事業。だが、これまでに収容された遺骨は全体の半数程度 1952年にサンフランシスコ講和条約が発効して以降、毎年続けられている遺骨収集事業。だが、これまでに収容された遺骨は全体の半数程度

そんななか、県内での土砂の調達先として急浮上したのが、糸満市や八重瀬町などの本島南部地区だった。

「本島南部は、沖縄戦で『第32軍』と呼ばれた日本軍の部隊の敗走ルートとなった場所。沖縄師範学校女子部、県立第一高等女学校の教師や女生徒らで結成され、その多くが犠牲となった『ひめゆり学徒隊』の悲劇を伝える『ひめゆり平和祈念資料館』があるのも、南部の糸満市です。

沖縄戦の激戦地であるのとともに、鉱山も点在しており、防衛省が行った辺野古工事での土砂の調達可能性を探る調査では、南部の業者が土砂の提供が可能であると回答しました」(前出・斎藤氏)

辺野古事業への本島南部の土砂使用の可能性が取り沙汰されるなか、糸満市のある鉱山で、沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー(沖縄方言で『ガマを掘る人』の意)」代表の具志堅隆松氏が沖縄戦の戦没者とみられる遺骨を発見。「新基地建設に遺骨が混じった土を使うことは許されない」などとして、沖縄県に業者の開発計画を中止させるよう求めたのである。

具志堅氏の訴えは県内外にも広がりを見せたが、県は「法制度上の限界がある」などとして、業者への中止命令を出して採掘を禁じるまでの措置を講じることを見送った。これを受け、業者側は鉱山から採取した琉球石灰岩を搬出するための道路整備を名目とした農地転用の許可を県に申請。県側が9月、この申請を許可したことで事態は新たな局面を迎えている。

「いわゆる『南部土砂問題』は、戦没者遺骨を含む土砂が、よりにもよって県民に反対意見が多い辺野古新基地の工事に使われる可能性があるということで、県内で大きな議論が起こり、メディアも大きく取り上げました。

辺野古移設を推進する保守系からは、2020年に供用が開始された那覇空港第2滑走路の事業でも『南部からの土砂が使われた』との主張も出ていますが、そもそも事態をややこしくしているのは、土砂の調達について防衛省が態度をはっきりさせていないこと。防衛省は、本島南部からの調達の可能性を否定はしていませんが、明言もしていない。

そもそも事業は地盤の問題が発覚してから、工期が伸びに伸びて基地として使えるようになるまでに12年を要するとされている。米軍幹部が報道機関向けの説明会で、『完成は早くて2037年』と発言したことも物議をかもした。南部土砂問題の背景にも、事業全体の不透明な実態が絡んでいると思えてなりません」(同前)

長くおざなりにされてきた遺骨収集事業と、先行き不透明な国策事業が抱える闇。「南部土砂問題」は、日本社会が抱える二つの病巣を浮き彫りにしている。

安藤海南男

安藤海南男あんどう・かなお

ジャーナリスト。大手新聞社に入社後、地方支局での勤務を経て、在京社会部記者として活躍。退社後は警察組織の裏側を精力的に取材している。沖縄復帰前後の「コザ」の売春地帯で生きた5人の女性の生き様を描いた電子書籍「パラダイス」(ミリオン出版/大洋図書)も発売中

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